地獄の86丁目 開会宣言

 周りを見渡すと地獄にはこんなに色んな種族が住んでいたのかと驚く。事前に知識だけは【転送ダウンロード】していたが、実際に目の当たりにした光景は実にバリエーションに富んだ人間であった頃のだ。鬼に悪魔に妖怪? 何だかよくわからない怪物まで。和洋ありとあらゆる地獄の住人が一堂に会しているように思う。


「あんなアホみたいなチラシでも意外と集まったんだな」

「全員が参加者とは限らんぞ。とは言え我らのように魔力を隠しておるものもいるだろうし一概には言えんが」

「まあ、二枚目のチラシには屋台や出店も来るよ! って書いてあったからなぁ。大半は娯楽のつもりで来てるのかもね」


「キーチローさん! デボラ様!」


 声をかけてきたのはベルとローズだ。今回は故郷、地獄の命運が決まるかもしれない日、という事でヘルガーディアンズ全員が地獄に集結していた。とりあえず会場らしき地図は記されていたのでみんなでやってきたのだが、驚いたことにドラメレクは城から少し離れた平原に一つの街を作り上げてしまったようだ。街の入り口で全体の様子を探るべく別行動をとっていたのだが、俺達同様、一通りの散策は終えた模様だ。


「ローズさん、手に持っているものは何ですかな?」

「え? 黒蜥蜴の丸焼きにヘルボアのスパイシー焼きに邪心飴に……」

「いまいち締まらんな」

「だから言ったでしょう! 寄り道せずに帰るべきだと!」

「って言っても私も主食は邪心だからいらないって言ったけどベッピンだからサービスだって言われちゃあ……ねぇ?」

「ねぇ? と言われても。で、街の様子はどうだった?」

「結構広かったわよ! 端まで辿り着くのに結構時間かかったし。中心部には闘技場があったわ! あそこで闘わされるみたいね」


 そう、俺達はそこを中心に見てきたのだが、普通に東京ドームぐらいの収容は出来そうな建造物だった。外観はコロッセオに近いものだが、トーナメントでもやらされるのだろうか。


「私は一つ気になる情報を耳にしました」


 ベルが眼鏡をクイッと上げながら深刻な顔で話し始める。



「この街、禁忌キッズの二人と夥しい人数の奴隷によって作られたらしいのです。一週間前まではここに何もなかったはず、という話も聞きました。大半があの二人の魔力及び魔法だとしても相当の無理をさせたのは確実でしょう」


 相変わらずやることがえげつない。祭りの陰に闇ありと言ったところか。魔王を名乗っているからと言ってこんなやりたい放題は許されるのか。


「いやいや、思った以上に酷いですね」


 今度はキャラウェイさんとセージ、ステビアが戻ってきた。


「街の西側は歓楽街でした。危険な雰囲気でしたので足を踏み入れずに戻ってきましたよ」

「とてもじゃないけど女の子連れで歩く様な雰囲気ではなかったですね」

「あんなところの知識は……ちょっと……食べてみたくない……かな」


 おお、思ったより闇側が押し寄せてきてるな。なんて明るい闇なんだ。


「ふぅ、奴は何にも変わっとらん。このまま放っておけばいずれまた暇に飽かせて天界に喧嘩を売るだの人間界に侵攻するだの余計な事を画策するに決まっとる!」

「ここまでやってまだそんな!?」

「奴の異常な飽きっぽさを考えればすぐわかる! 大方、この街も完成した時から徐々に興味が失せ始めてるに違いない!」


「いやはや、ご明察」


 俺達は突然背後から声をかけてきた男に戦慄した。


「お久しぶりじゃないの、デボラ。それにバランさん」


 両手にローズ以上の屋台飯を抱え、腕には風船まで付いている一見ただの浮かれた兄ちゃんだが、どう見ても今回の標的、ドラメレクその人である。俺達はとっさに距離をとり、警戒態勢をとるが、ドラメレクは何の構いも無しに饅頭の様なものを頬張る。


あんふぃんひはっへあんしん しなってふぁいはいははひまうまえたいかいがはじまるまでてあひ手出し……ンんっ! しないから」

「口に物を入れながら喋るなと以前言わなかったか?」

「悪い悪い、肉まんが旨くてつい」

「どこまでもふざけた奴だ」

「ところで」


 ドラメレクの視線がゆっくりとこちらへ移る。


「こっちの人間は俺が殺したような記憶がかすかーにあるのだが、俺の勘違いか?」

「勘違いでは? 人間は死んだら地獄へ行く。これ常識ね」


 と、ドラメレクがノーモーションで心臓を貫きに来る。俺はとっさにそれを回避し、腕を掴んで止めた。


「うん、勘違いだな。アイツが生きてたとしてもただの人間には到底無理な芸当だ」

「ね? 後は本番で!」


 ヘルガーディアンズの面々は驚愕の表情で俺を見ているが、これぐらいの事はやるだろうという確信にも似た予感があった。なんとなくの気分で殺しに来るぐらいはやってくる男だ。伊達に一回殺されてるわけではない。


「デボラの連れて来た助っ人か何か? 全然魔力感じなかったけど驚いたよ」

「大会が始まるまで手出しはしないとか何とか言ってなかったか?」

「おお! そうだった! この肉まんあげるから許して! これ、ヘルボアの角煮が使われてるらしいぞ!」

「お前はやはり魔王の器ではないな。一生、コキュートスに封印されているのがお似合いだ」

「今回の大会でそんな器の奴が現れるといいな! じゃ、また後で!」


 そう告げると、ドラメレクはさわやかに去っていった。


「キーチロー! 驚いたぞ!」

「そうですわ! いつの間に!」

「ちょっとカッコイイじゃない!」


 口々に褒めてくれるのはありがたいが、自分でも少し冷や汗をかいた。一応、突発的に襲われないようにこちらから挑発めいた発言はしてみたが、それでもいきなりだもんな。


「良い動きでしたよ! キーチロー君。奴の恐ろしいところは、何を考えているか分からないところでもありますから」


 ほんと、アイツが魔王に君臨してるなんて悪い冗談だ。アイツじゃなければ誰でもいいが、できれば俺はデボラに復帰してもらいたい。という訳で絶対に負けられない俺の闘いがついに始まる。



  ☆☆☆



「――よくぞ集まった! 腰抜け共! だが、今から抜けるのはお前らの魂だ! 不正不堂! セコセコチマチマ戦って挙句の果てに死んでくれ! 優勝賞品は魔王の座と俺の命! 我こそはと思うものは闘え! 以上!」

「はい、只今我が主から開会の宣言がなされました。皆様、これより第1回 魔王の座争奪、なんでもバトルオリンピア ~あつまれ! 暴力の檻~を開催したいと思います!」


 聞いてて頭痛くなるなホント。これで魔王名乗ってるんだから地獄という場所は本当に恐ろしい場所だ。

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