地獄の81丁目 鬼人レンキと妖狐の妖子

「魔族めが、いつまでも調子に乗りおって」

「そうじゃ、あいつら地獄の為に働いたことなんぞないくせに! 何が魔王じゃ!」


 鬼人族の長老たちが口々に魔族への不満や文句を口にする。実際に魔族を目の前にして同じ言葉を吐けるのか甚だ疑問だが、それはこの際、置いておこう。問題は地獄中に撒かれたというこのふざけたチラシだ。天界に喧嘩を売って封印されていたとかいう魔族の王が復活したそうだが、どういう発想をしていたらそんな事やこんな事を思いつくのだろう。


「まあまあ、落ち着いてください。恐らく相手は異常者です。こんなもの本気にする奴が何人いるか……」

「馬鹿者!! 一人でも本気にする奴がおってみい! 参加しなかった種族は腰抜けの謗りを免れんぞ!」


 そうおっしゃるなら自分で行ってきてくださいよ……。俺は面倒事は嫌いなんだ。どうせ、年齢を理由に降りるのは分かってるけど。


「ワシが後200年若けりゃ、金棒持ってカチ込んでおったものを」

「そうじゃそうじゃ! オウキ殿の全盛期なんぞ魔族どもが小便ちびるレベルじゃわい!」


 出た出た。だったらなんでうちの種族からは魔王が出てないんですかねぇ……。


「とにかく、ここまでふざけた奴だったとは容赦ならん。鬼人族の代表はもちろんレンキ、お前じゃ!」

「あの……、こういう野蛮な争いは悪鬼とか妖怪さん達に任せて俺達は自分たちの仕事を……」

「ワシらが真面目に仕事をしてもこいつらにメチャクチャされたらどうにもならんわい!」


 ま、それは確かに。俺達は先代? 魔王のデボラが決めた範囲で狩りを行い、地獄の刑罰ではキチンと役割をこなしてきた。堕落と怠慢を貪る魔族なぞ、地獄におらんでいいというのもまた理解できる。


「でも、魔族には魔法がありますからね。単純な腕力で戦いになるかどうか」

「ワシらの武力は地獄随一じゃ! 魔法がどんなもんであれ物理で殴る! 力こそパワー! 力こそパワーじゃ!」


 ダメだ。脳筋な上にその脳まで衰え始めている。


「とにかく、お前の武力は歴代でもズバ抜けとる! この重さ2トンの金棒で魔族を蹂躙してこい!」


 長老たちが5人がかりで運んできた金棒を俺は片手で持ち上げると、のっそりと立ち上がり肩に担いだ。


「どうなっても知りませんよ、俺は」


 全く、この魔王ドラメレクとかいう奴のせいでまた面倒なことになった。第1回 魔王の座争奪、なんでもバトルオリンピア ~あつまれ! 暴力の檻~か。俺が優勝したらこれは第一回で終わりにしよう。こんなめんどくさい行事しょっちゅうやられちゃ適わん。長老達と同じことは言いたくないが、魔力がなんぼのもんじゃい。物理最強の恐ろしさ身を持ってわからせたるわい。



  ☆☆☆



 野蛮な文章。読むだけで吐き気がしてくる。知性のちの字も感じられない。私の尊敬するデボラ様から魔王を奪還したって? 勘違いも甚だしい。どうせ姑息な手を使って掠め取ったに決まってる。下衆め。デボラ様は今どうしているんだろう。失意の底に沈んでおられるんだろうか。私が癒して差し上げなくては。ま、まずはこんな痴れ者は放っておいてデボラ様、デボラ様、デボラ様! デボラ様!!!


 あ、私としたことが、興奮の余り人化が解けてしまった。それにしてもデボラ様、地獄の生物を集めていらっしゃるのに私を連れて行ってくれないなんてツレナイ御方。地獄でお会いした時に猛アピールしたのに「お前は妖怪だからちょっと……」なんて。妖怪と魔物にどんな差があるとおっしゃるのかしら。妖艶な妖怪の妖狐の妖子と言えば四美妖姿よんびょうし揃った妖界のアイドルですのに。


 はぁ……。自分で言うと何て空しいのかしら。そりゃそうよね。妖怪なんて半分ぐらい見た目がグロテスクな連中ですものね。その中のトップって言ったってね。

とは言えこの妖力を持ってすればデボラ様のお力になれるはず!


「お父様、お母様。私このふざけた大会に参加いたしますわ」

「さっきからブツブツ独り言を言ったり狐の姿に戻ってしまったり我が娘ながら不気味過ぎて引いているのだが」

「ええ、私達色んな意味で育て方を間違ったのかと心配しています」


 なんという事でしょう。心の声が漏れ出していたなんて。しかも大会の事は華麗にスルー。我が両親ながら侮れませんわ。


「デボラ様のお力になるために、そして妖怪の地位向上の為に! 妖狐の妖子、第1回 魔王の座争奪、なんでもバトルオリンピア ~あつまれ! 暴力の檻~に参加し! 優勝してまいります!」

「妖怪の地位向上はついでみたいな言い方だが」

「ええ、でも娘がこんな野蛮な大会に出ることを許可してよいのでしょうか」

「心配しないでください。お父様、お母様。私には長い妖怪の歴史の中でも随一の妖力と妖術があります」


 そう、魔力とはまた異なる妖力を魔族共に知らしめなくては。魔法などが至高の術だと勘違いされては困る。妖術こそがこの馬鹿げた大会を制するのです! 見ておいでなさい! そして晴れて魔王になった暁にはデボラ様と……ぎひひひ。


「おお、我が娘がよだれを垂らしながら笑っている」

「不気味だわ、不気味ですわ! あなた」

「独り言もいい感じに気持ち悪いぞ!」

「妖怪としては不気味さは大事な要素ですからね!」


 あ、イケナイ! また過ぎたる妄想が……。



  ☆☆☆



「ねぇ、デボラ。この大会参加者いるかな?」

「ウーム、地獄は広いしな。どんな戦いになるかも分からんからあわよくばを狙って参加してくるものもいるのではないか?」

「このチラシ、いつ・どこでが無いから参加するって言っても何をどうしたらいいのやら」

「た……確かに! 言われるまで気が付かなかった!」


 地獄の魔王はもう少しまともな人がなった方がいいな。うん。


「まぁ、最悪、デボラが逃げてきた時の魔法陣を追えばアイツらの城に辿り着けるだろうし俺達だけで乗り込んでおしまいにしたいとこだが」

「フフフ、頼もしいな。人間であった頃もそれはそれでよかったがこうも頼りがいが出てくるとさらに好いてしまうぞ」

「今までは守られてばかりだったからなぁ。力を過信するつもりはないけどそれでもデボラを危険から遠ざける力ってのはありがたいよ」

「キーチロー……」

「デボラ……」


「……あの、私たちの事見えてますか? キーチローさん」

「なんか魔族になって急に吹っ切れちゃったわね。イジイジモジモジの方が見てて楽しかったのに」

「いいじゃないですか。デボラさんは幸せそうだし、キーチロー君は非モテな人生とお別れ出来たんですから」


 っと、聞き捨てならないセリフが聞こえたがまあ、いいだろう。事実だしな。先々々代魔王には敬意を払わなくては。さて、俺は日課のエサやりとエサ取りに行くか。今日は竜王に挨拶しに行こう。うちのヘルワームがいつもお世話になってますって。

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