地獄の61丁目 凶と吉
「どうにか無事に研修は終わりましたね! キーチローさん!」
「ん? ……ああ。うん」
二日酔い、いや三日酔いである。初日の夜は多少手加減してもらったようだが、いよいよ最終日を残すのみとなった昨日。
「明日は君らは午前中だけこっちに出たらええわ。午後は観光でもして帰り! 気にせんでも元々そういう日程やし」
とのことだったのでさらに予定を変更し、デボラ達との観光は最終日に回すことにした。さすがにデボラも不満を垂れていたが、初日の会話を思い出してもらうことでどうにか納得してもらった。
二日目の夜は少し手加減を解除された。一次会を終えて女性組と別れた後、夜の街へ連れ出されたのだ。まあ、付き合いだからしょうがない。俺は別に興味ないがこんなに強く誘われては断れない。これが大人の付き合いという奴だ。
「うひょー!! 可愛いお姉さん来たー!!」
「おお、イケるクチやな! 安楽君は」
「昼のテンションと全然違うやん……」
……ふう。きらびやかな夜の蝶たちに囲まれて少し、ほんの少しだけ飲みすぎてしまったようだ。俺は、脳から遅れて動く体をどうにか制御しながらやっとのことで午前の業務を終え、どうにか三日間の研修を満了したのである。
「三日間、お世話になりました!」
「お世話になりました」
俺とベルは深々と頭を下げ、支店の皆さんに挨拶した。
「うん、安楽君もベルさんもまた来てや!」
「次はベルさんだけでええでー」
「また是非、宜しくお願いします!」
俺は改めて皆さんに頭を下げると、支店を後にした。さて、ここからはいつも通りデボラとベルの珍道中……だな。
「キーチロー! 遅いぞ!」
「早いな!」
支店を出て二歩目でデボラに声をかけられた。研修の間、よほど退屈だったのか人目も憚らずに抱き着こうとしてきたので、するりと身を躱して急いで支店から離れた。
「せめてもうちょっと仕事場から離れてから……」
「四の五の言っとらんで行くぞ!」
強引に腕を持っていかれたので少しよろめきながらデボラの後を追う。
「ベルも行こう!」
「はい! デボラ様!」
なんだかんだで一緒に行動できるのが嬉しいのか、ベルにも少し明るい表情が戻った。跳ねるようにデボラの後を追うベルと引きずられるように歩く俺。せめて、スーツに皺が残らないように祈るのみだ。
「で、どこへ行こうか?」
「おみくじとかいうものをを引いてみたいんだが!」
「神聖な場所って大丈夫なの? おみくじって寺とか神社のイメージだけど」
鳥居を抜ける悪魔……
「不愉快な場所だが別に鳥居をくぐったからと言って溶けて消えたりはせんぞ!」
「そうですわ! 少し気分が悪い場所ですが」
なんて罰当たりな……とは思うが魔族だからしょうがない。とはいえ、じゃあデボラ達以外の魔族に出会った場合どうやって追い払えばいいんだ。まずいことに気づいてしまったかもしれん。おふだでも投げればいいのか!?
「おお、着いたみたいだぞ! なんだ? あの建物の先端にいる鳥は!」
「アレは確か鳳凰ですわ。地獄で言うところのフェニックスと似た生物でしょうか……」
「おお! フェニックスか! 我も実物は見たことないな。出会ったら文句なしに保護対象だが……。そもそも保護がいるのか知らんが」
「ケルベロスやフェンリルが居ながら言うのもなんだけどフェニックスまで出てくるのか……」
俺はどんどん広がっていくアルカディア・ボックスの壮大さに少し怖気づいた。フェニックスってそんなもん育てられるのか? 不死鳥だぞ……。何がエサかすら見当もつかない。
「さあ、おみくじを引くぞ! キーチローが先だ! 我らが引き終わるまで中身は見るなよ!」
それにしてもこの魔王、ノリノリである。
「はいはい、分かりましたよ……」
ここのおみくじは棒を引いてから紙と引き換えるタイプのようだ。俺は念入りに入れ物をガラガラとかき混ぜ、一本をつかみ取った。21番か……。
「よし、次! ベル!」
「はい! ……9番ですわ!」
「最後は我だな! ……4番か! いい数字だ!」
全員引き終わったので交換した紙をいっせいにめくってみた。
「吉……か」
待ち人……来る。近くにあり。
仕事……気を抜かねば良し。
争い事……こじれる事もある。注意すべし。
俺が気になるのはこの辺か。吉なのに争い事には注意って……。
「あ! 私、凶です!」
なぜか、ベルは嬉しそうだ。
「ふっ、ふっ、ふっ。甘いなベル。我の凶運をとくと見よ!」
デボラがめくったおみくじにははっきりと大凶の文字が記されていた。不思議な事にというかなんというか、魔族達はとても嬉しそうだ。
「デボラ様、さすがですわ! さすが神々の宿敵!」
「うむ。もはや上から見られている気さえするな!」
……楽しそうだからいいか。待ち人来たらずはいいのか?
「おや、デボラさん。こんなところで出会うとは奇遇でござい魔すね」
「ん? おお、コンフリーか。お前こそ何用でこんなところに」
ご近所さんのテンション!!!!!!
「だから日本は嫌だって言ったんだよ! どうするんだよ! コンフリー!」
「全く……これは神共の思し召しってやつですか」
近畿で禁忌!!!!!!!!!!!!
「ちょっとフェニックス探してるんですけどご存じあり魔せん?」
「聞いちゃうのかよ!!!!」
禁忌キッズの二人が声を合わせる。
「マンドラゴラは諦めたのか?」
「いーえ? ドラメレク様には復活していただきますよ?」
え? なんで普通に会話始めてるの? この人たち。ベルすらちょっと引いてるじゃん。最初に会った時のテンションとだいぶ違うじゃん。
「どうした、キーチロー何か言いたげだな」
言いたげも何も、何度か危険な目にも合ってるし、むしろその普通に接してるのが逆に不思議なんですが。
「ご心配なく、キーチローさん。我々とてケガはしたくないのです。人の恋路を邪魔する奴はじゃじゃ馬に蹴られ魔すからね」
「誰がじゃじゃ馬か。まあ、恐れる必要はないぞ。キーチロー。こいつらとはすでに格付けが済んでおる」
格付けとはいったい…… うごご……
「コンフリー……」
「坊ちゃま、ここはこの出会いを神か仏に感謝し魔しょう。プランBです。退散です! 情報も引き出せそうにあり魔せん!」
そう言い放つとコンフリーはスタコラと禁忌キッズの二人を連れて逃げていった。
「なんだったんだ一体……」
「奴らもフェニックスを探しておったようだし、大方コキュートスの氷を転生の炎で溶かそうとでもしておったのではないか?」
「なんか思ったよりバチバチしなくてびっくりした」
「キーチローに思いを告げてから日に日に魔力は増しておる。もう戦ったところでアイツらが我に及ぶことは無い」
突然出会っても平然としてたのはそういう訳か……。へぇー。俺ってばなんて恐ろしい人に火をつけてしまったんでしょうね。くわばらくわばら。
☆☆☆
「念のため、魔力を消して行動していて正解でしたね」
「正解って何も出来ずに逃げてきただけじゃないか!」
コンフリーの両脇に抱えられたリヒトとシュテルケが騒ぎ出す。さすがに出会ったのも驚きであったが、何もせずに逃げ出したのはさらに想定外だった様だ。
「魔力を隠せば気付かれないことが分かり魔した。後はハエにでも化けて後を追えばいいのです」
「……!!」
「ちょうど、アイツらの手元にはマンドラゴラもフェンリルも揃っており魔す」
「なるほどな! ……ていうか奴らに出会わなかったらどうするつもりだったんだ?」
「大丈夫ですよ! なんてったって私、大凶でしたから!」
リヒトとシュテルケは顔を見合わせると深くため息をついた。
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