地獄の60丁目 凶と散策

 初日の研修は無事に終わった。社長の南さんにもお礼を言って支店への帰路に就いたのである。我が社の製品があんな風に使われていたとは、数字だけ見ていても伝わってこないリアルに少々感動を覚えた。


「ありがとうございました、案内してもらって」

「かまへん、仕事やし。それより今晩どうする? 支店長が飲みにつれていくとか言うてたけど」


 困ったことになった。仕事で来ている以上、食事に誘われたら無下に出来ない。仕方がないのでデボラとのデート(デート!?)は最終日にしてもらおう。幸い最終日は金曜日だし、そのまま京都に一泊して帰るという手もある。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「おう」


 豊川さんは短く頷くとご機嫌そうに車のハンドルを指でノックした。


********************

【デボラ】


喜:ごめん、今日一緒にまわれなくなった。


デ:構わん、仕事なのであろう?


喜:一応は……。


デ:まあ、そんな気はしておった。一般常識を【転送ダウンロード】した時からな。キーチローの方が今や一般常識に疎いんじゃないか?


喜:え、なんか変な気分。


デ:ベルも誘われるだろうし、我は箱庭に顔を出すことにする! ベルにも伝えておいてくれ!

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 うーん、確かに魔法の力でグングン知識を吸収していく魔族二人の方がもはや立派に人間界になじんでいるような……。そして、なんだこのちょっぴり寂しい気持ちは。もしかしてこれって……みたいなしょうもないセリフは吐くつもりないが、一方で残念という感情も広がっていく。悩ましいところだ。


「今日はもう他にアポイント取ってないから支店で事務仕事やな」

「関西の人は会話が早いですね」

「挨拶代わりにボケるぐらいの気持ちでおらんと京都はまだしも大阪なんか生きていけへんな」


 恐るべし。俺はどちらかと言うと地獄のボケに対してツッコみのスタンスを取っているが、まだまだ修行不足という訳だ。これもまた生きた経験だな。素晴らしい研修だ。


 支店に戻ると一足先にベル組が帰って来ていた。すでに事務仕事を見せてもらっているらしく二人並んでパソコンの画面に見入っていた。


「戻りましたー!」

「おーう! お疲れさん! どうやった? 安楽君」

「南社長は森田支店長に空気読めぇてゆーてましたよ」

「なんやそれ」

「若い女性の方が良かったみたいで。ははは」

「そしたら安楽君で正解やんか。ベルちゃん行かしたら後二時間は帰って来れんかったで」


 森田支店長はがははと豪快に笑いながら缶コーヒーをくれた。


「好みとか知らんけど適当でええやろ?」

「あ、ありがとうございます!」


 実にいい雰囲気の支店だ。活気があっていい人ばかり。皆川さんの言う通り初心者向けの支店かもしれない。


「去年来た子もえらいべっぴんさんやったけど今回はまた違うタイプやし本社の連中がが羨ましいわ」

「支店長~それもうセクハラですよ~」

「難儀な世の中やでホンマ。褒めてもアカンて」


 奥で事務作業をしていた女性社員から抗議の声が上がったが、恐らく本気のやつではないだろう。関西のノリが解ってきたぞ!


 その後は事務方社員の受注、発注作業を横で見たり、割と忙しく時間が過ぎていて、時計を見るともう定時の5分前となっていた。


「ベルちゃん、安楽君。今日は飯行くやろ?」

「あ、はい」

「ご一緒させていただきます」


 ベルはデボラからの返信を見せた時に少し不機嫌そうな顔をしたが、もう割り切ったようだ。仕事で来ていると自分に言い聞かせて納得していた。魔族なんだから無理しなくてもいいのに。


「じゃあ、歩いていけるところにおいしい小料理屋があるから、今日の担当とみんなで行こうか。ホテルはとってあるやんな?」

「はい。近くのビジネスホテルです」

「そういう事なら安楽君は潰れても平気やな」


 森田支店長は大層満足げな笑みを浮かべていたが、俺には本社の営業と飲みに行った時の苦い思い出が蘇ってきた。会社にもよるだろうが、営業職はそれなりに酒が飲めないとやっていけない。そして、我が社はご多分に漏れず、ツワモノ揃いだったのだ。気が付いたら俺は店のトイレを抱きかかえて寝ていた。酔っ払っていてその他の記憶はないのに店員の冷めた目が今でも脳に焼き付いている。


「あ、明日も研修ですから!」

「冗談やがな、まあほどほどにしとこ」


 俺は森田支店長に一瞬舞い降りた寂しげな表情を見逃さなかった。



  ☆☆☆



「坊ちゃん、見てください! おみくじ! やり魔した!!!」


 コンフリーは『大凶』と書かれたおみくじを手にガッツポーズをとっていた。


「最悪ってことじゃん」

「“最も悪い”なんて照れ魔すよ! 凶悪、凶暴、凶気の凶! やはり凶都に来て良かった!」


 コンフリーは心の底から嬉しそうだ。一般人ならどこかに巻きつけて帰りそうなものを大事そうに上着のポケットに仕舞い込んだ。


「お守りにいたし魔しょう」

「で? いつまでも遊んでるとまたあのオバハンにグチグチ嫌味言われそうなんだけど?」

「そうですよ! 我々は人間界に遊びに来たわけじゃないんですよ!」


 リヒトとシュテルケが口々にコンフリーに対して文句を言う。しかし、コンフリーは意に介さず言い放った。


「え? 遊びに来てるんですよ? フェニックスはつ・い・で」


「は?」


 リヒトとシュテルケの口が揃う。


「人に言われて物を探すなんてまっぴら御免ですよ。やりたい時にやらせていただきます」

「そうは言ってもお父様の復活は……」

「焦ることはありません。このコンフリー、秘策有。でございます」


 コンフリーは屋台から魔法でたこ焼きを抜き取った。


「あっつい!!! 坊ちゃん、これ食べてみてください! あっつい!!!」


 リヒトとシュテルケは呆れながら顔を見合わせ、ため息をついた。


「こんなことではベラドンナに出し抜かれてしまうぞ」

「しかし、フェニックスもまた、伝説級の生物。一説には絶滅したとも言われています。不死鳥なのに絶滅とは不可解な話ですが、何かしら生まれてくるのに条件があるのかもしれなません。だとしたら存外、そのヒントが人間界に眠っていてもおかしくはない。たぶん」


 焦るのを止めた二人はコンフリーのたこ焼きに手を伸ばす。


「はぁ~あ。なんか毒気抜かれちゃったよ」

「まったく……」


 二人はたこ焼きを頬張り、そして同時に叫ぶ。


「あっっっつ!!!!」

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