(閑話) 自由時間~キーチロー、デボラ~
――うむ。なんとなく察してしまったが、二人きりにされてしまった。せっかくの社員旅行だというのにこれじゃいつもの感じじゃないか。まあ、それぞれ珍しい組み合わせで出て行ったみたいだしそちらの方に期待しておくか。
さて、みんなが出て行った部屋でなおも健気に正座をしているデボラになんと声をかけたものか。調べてみたところ近くの駅に動物園があるようなので後学のためにも見物しておきたいところだが。そんなところに連れて行って楽しいだろうか。ひとまず聞いてみる。
「せっかく時間もできたことだし動物園見に行きたいんだけど一緒に行く?」
「海の近くに来てまで動物園に行くのがキーチローらしいところだな。答えはもちろん、『行く!』だ」
という訳で、電車を乗り継ぎ(どうせ帰りは部屋まで転移すればいいや)、動物園までやってきた。大人料金になってからは初めてかもしれない。
「暇なときに地獄生物大全を眺めてるんだけど、不思議と人間界の生物と似てるんだよね」
「三つの世界はつながっているからな。魂の形が影響し合っているのかもしれん」
どうにも不思議なのは姿こそ似ているが、人間界の動物とは猫とすらお話しできないという事だ。地獄の生物とお話しできるのはデボラの血の影響という事だろうか。
けど、デボラ自身はお話しできないし……。
「見ろ! キーチロー! 人間界の動物はサイズが小さいな!」
俺が地獄で感じた感想と真逆の意味で同じだ。地獄の生物は大きすぎる。それとは別にこの動物園は規模が小さいので、サイズの大きい動物はあまり取り扱っていないみたいだが。
「象やキリンの姿をした生き物もいるのかな」
「人間界の進化の過程が地獄に引き継がれているのかその逆なのかはわからんがな。鼻の長い悪魔なら見たことあるぞ」
逆に天界のキリンと言えば麒麟だよな。全く別の生き物だが。もし天界と関わり合う事があったらそこに住んでいる動物とは話せたりするんだろうか。き、気になる……。
「ところで、キーチローさんや」
「なんだい? デボラさん」
「他の二人組は手をつないで歩いておられるようなのだが」
「ほう……!」
しらばっくれたが無駄だった。まあ、て、手をつないで歩くぐらい、な、慣れたもんですからね。は、恥ずかしいとかそういうのはぜ、ぜんぜん、ないです。
「キーチロー! 虎だ!」
ガラスの中の虎は檻を取り囲む客に一瞥もくれず耳をぴくぴくさせながら昼寝をしている。もはやただのサイズの大きな猫だ。
「うごけー! とらー!」
小学生の団体だろうか。密林や湿原を駆け回り、血気盛んに吠え立てるテレビの中の虎を想像してやってきた子供たちにはさぞかしつまらない生き物に映るのだろう。
「不憫なものだな」
「連れて帰れないからね」
「わ、わかっておる!」
地獄にも虎はいたはずだ。ただし、罪人の魂を食い破る凶悪な奴が。元はと言えばケルベロスもそんな役割だったはずだな。
「うちのような環境では飼育できないからね。そもそも言葉通じないし」
「そうだな。やはりそこが大きい」
ウーム。割と地味だが今の(ある意味)メリハリのある生活には必要な能力だったわけだ。そこはかとない運命の様なものを感じるなぁ。
「さて、後は恋人らしい行動と言えばあのどこにでも売っていそうなソフトクリームを二人で食べるぐらいか」
「金を出すのは俺だぞ。そういう事を言うんじゃありません」
あえて糞ダサいセリフを吐いてみたが、さあこのしょーもない男に対してデボラはどう出る!?
「キーチローが地獄に来た暁には胃袋が破れるまで地獄料理を堪能させてやろう」
「比喩じゃない地獄料理なんか食べれませーん。辛さレベル『地獄』とかならまだしも」
「当然全てのレベルが『地獄』だ。甘さ、辛さ、苦さ」
「うへぇ。何の肉かも分からない上にその味付け……」
「人間界の食材で再現してやってもいいぞ。ふふふ」
デボラは悪魔の笑みで俺を魅了した。ああ……。他愛もない会話。
こういうの憧れてたんだよねぇぇぇぇぇぇええええ!
実はぁぁぁぁぁぁぁあああああ!
相手、魔王なんですけどおおおおおっ!
世を忍ぶ仮の姿なんですけどおおおおおっ!
などと心に叫びながら浮かれた男はソフトクリーム屋さんに向かう。お調子者なのはご愛敬。
「ソフトクリーム買ってきました! デボラ様!」
「うむ! 褒めてつかわす!」
この関係の方が長いせいかむしろしっくりくるんだが。
「何か参考になることはあったか?」
「長い事動物園に来てなかったけど、大人になってから来るのも意外と楽しかった!」
「なんだその子供みたいな感想」
「さ、もう少し回ったら帰ろう」
「そうだな! 我も人間界の動物が見れて良かった!」
……女の子と来るのは別格だなんて恥ずかしい事言えるかい!
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