地獄の49丁目 レベルアップの概念はありました

 フェンリル達を見送った後、辺りを見回した俺は憤りを感じた。自分は何もできないとわかっていても、それでも何かできたんじゃないかとファングウルフ達の遺体や焼き払われた木々を見て自責の念に駆られる。


「キーチロー。今回の事はローズやお前がモフモフ言い出さなかったらもっと悲惨なことになっていた。気に病むな」

「この子達の魂はこの後どうなる?」

「コイツらの罪を量りなおしてまた地獄の生物になるのか輪廻の輪に戻れるのか、だな」

「………せめて埋葬してやってもいいかな?」

「ああ、我も手伝おう。地獄で供養というのも変な話だがな」

「私も手伝いましょう。お気の毒なことです」

「私もお手伝いいたします」


 地獄で無為に失われた命はどこへ行くのか。詮ないことを考えながら今回犠牲になった生き物達の埋葬を進めていく。


「地獄の土に帰るのなら、全く意味の無いことでもないよな?」

「ああ……」


 実際、地獄の魔王として割り切っているのか、それともやりきれない思いを感じているのか。その表情からは何も読み取ることができなかった。


「キーチロー。お前はやはり変わっているな。それとも人間全てがこうなのか?」

「まあ、今まで生き物を飼った経験はなかったけどヘルワームを飼い始めてからなんとなく命について考えることも増えたよ。本当に命を生かすのなら、ヘルワームのエサにするのだってある意味合理的なのかもしれない。けど、今回のは何か違う気がするんだ」


 上手く言葉に出来なかったけど、言いたいことは言った。後は魔族との間にどれほどの隔たりがあるのか。それが今は少し知りたいと思った。


「キーチロー。命を重んじるのに魔族も人間も天界もありはしない。その場所にはその場所の生命があるのだ。多分、そういう事だ。うまく言えないが」


 お互い種族も年齢も性別さえも違うけど、今俺は地獄の魔王と分かり合えている。そんな気がする。気のせいかもしれないけど。今はそんな感じでいいと思う。


「さあ、我等も帰ろう。随分所帯が増えたからな。さぞかし、ローズ達も面食らっているだろう」

「帰ってからでいいんだけど、禁忌キッズの事、一度話し合っといた方が良いかもね」

「そうだな。今回はおとなしく引いたが、次にどこで遭遇するか分からん」


 俺はデボラの手を取り、アルカディア・ボックスへと帰った。すると、何やら様子がおかしい。ローズとステビアとセージがあちこちを走り回っている。


「何かあったのか? ローズ」

「で、デボラ様! 私達にも聞こえます!」

「? 何を言っておる?」

「声が! 文字じゃなく声が聞こえるんです!」

「なんか僕らの声が聞こえてるねんて」

「なんだ、カブタンの声が…………何っ!?」

「え? 今デボラにも聞こえてるって事?」

「今、私にも聞こえましたね」

「わ、私もですわ」


 ど、どうなってるんだ?


『いらっしゃいませー! あ、ようこそですかね!?』

「なんだこの声は!」


 どこからか響き渡る声が聞こえてくる。今まで聞いたどの生物の声でもない声が。


『ワタシ、アルカディア・ボックスでございますー!』

「な、なんだと!?」

『はいー。ワタシ、魔王様に魔力を注いでもらって、名前まで付けていただいて! その身の内に数々の魔物や魔族を宿すうちにですね、人格を成すまでに至ってしまいまして!』

「て事は今喋ってるのはアルカディア・ボックスそのもの!?」


 たまらず、声を張り上げる。


『という事になりますー。はいー』

「じゃあ、文字じゃなく声が聞こえるようになったのも!?」

『まあ、有り体に言いますと“レベルアップ”のおかげ、ということになりますかねー。はい。』


 最近、日常が俺を狂わせようと襲ってきている。まさか、名付けの効果がデボラの予想の範疇を越えてくるとは。


「では、なにか? この先、中が発展することでお前もレベルアップするという事か?」

『そういう事ですねー。魔王様には感謝しております、はい』

『あ、ステータス画面の様なものはありませんのでー。その代わり、自分のナニカが変わったなと思ったらすぐにご報告しますー』


 しゃべりだしたのはともかく、なんでこんな軽いのか。間延びした語尾は何なのか。


「キーチロー。今の我のワクワクが伝わるか!?」

「目から口から、十二分に伝わる」


 緋色の目はキラキラと輝きを帯び、口角は上がりっぱなしだ。先ほどまでの神妙な面持ちはどこへやら。まるでおもちゃを買い与えられた子供のようにダママの元へ駆けていった。


「俺に聞こえてる声がみんなに共有できるようになった、って事か。確かにすごいな」

『キーチローさん! あなたが居なければワタシは生まれていませんでしたー! 感謝感激ですよー!』

「という事は。何かのきっかけでマンドラゴラやダママ、ヴォルなんかもレベルアップする可能性があるってことだ」

「その通りですよ! キーチロー君! これ、これは! すすすすごいですよ! 魔力の在り方や生物の成長、け、研究対象があああああ!」


 キャラウェイさんがキャラ崩壊さんになっている。


「へえ……ヒクイドリってこんな声してたんですね。美しい声です……」

「きょ、恐縮です……ベルガモットさん」


 あちこちで動物とのふれあいや華目羅おじさんの出現、モフモフの増量キャンペーンなど、アルカディア・ボックスの至る所でカオスが溢れかえっていた。


「すいませーん、今回の事を色々まとめたいので会議室にお集まりくださーい」

「ろ、ローズ殿? キーチロー殿が呼んでおられるのでは?」

「ふおおおおおお! フサモフ! この毛、明日ブラッシングしていいかしら!」

「あ、あの……」

「いい!? いいわよね!? モフモフになれるもんね!?」

「誰か助けてくだされぇぇぇぇ!」



「ダママ、お前らそんな声してたのか!」

「デボラ様に声が届くなんてなんか不思議な感じ!」

「くぅっ! やっぱり味気ない文字よりこっちの方が良いな! 誰が話しているかもわかりやすいし!」



「はい! こっち! こっち見て! 何か話して! ウッディー君!」

「え……、いやあの……。こんにちは」

「会話が! 映像に! 残る! ウッディー君の方にいるラタトスクも!」

「え、僕もっスか」



「これこそ……私の求めていた……真の……ふれあい……ファンタジー……」

「俺は……つまらねぇ……男ですから……」

「アルミラージの声、ノットファンタジィィィィ!!!」



「キーチローさんて本当にすごいんですね! やっぱりここに来てよかった!」


 俺のところに駆けつけてくれたのは結局、セージ君のみだった。


 あーあ。俺も今すぐレベルアップして雷魔法使えるようにならないかなー!!

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