地獄の48丁目 ガラスの少年達

「えーと、デボラ。何故なにゆえ、禁忌キッズなのかな?」

「地獄と人間界、原則的には干渉を禁止しているように、天界と地獄、これらも互いに不干渉を貫いておる。というより、天界は常に地獄を不浄の地として忌み嫌っておるのだ。まして、その間に子を儲けるなど……」


 デボラの顔が僅かに歪む。


「そんな言い方はないんじゃないかなー。本人達を目の前にして」

「そうだそうだ! ガラスのハートが傷ついちゃうぞ!」


「ともかく、禁忌とされているが故、その魔力は高い。心してかからねば」

「俺は、下がって見てる! 情けないと思うが今回の戦いにはついていけない!」

「そうしてくれ。ベル! 簡易ではない結界を! お前も中に居ろ!」

「しかし、デボラ様!」

「頼む! キーチローを守ってくれ!」

「……!! はいっ!!」


 とんでも無いことになってしまった。モフモフとか抜かしている場合じゃない。


「さて、二人には少し聞いておきたいことが」

「なんでございましょう? 先代魔王様」

「そこに浮いているフェンリルの事です。ちょっと失礼」


 キャラウェイさんが右手の人差し指と中指でシュテルケとフェンリルの間を切り裂くような動作をすると、フェンリルの拘束が解かれたようにフッと地面に落ち始めた。さらに左手でそれをすくいとるような動作をすると今度はフェンリルの体がゆっくりと下降し始める。


「僕の拘束をここまで簡単に外してくるとはねー」

「彼は我々が保護すると約束したのです。いわば先約ですので横取りはいけませんよね」

「僕らもフェンリルは一頭でも多く欲しいんだ! お父様の為に!」

「こら、シュテルケ!」

「おっーと、話過ぎたようだね」


 お父様……? っていうとコキュートスに捕らえられてるとか言う先代魔王の事か。


「見えてきたぞ。コンフリーは解毒、お前らは鎖か!」

「ご明察~。ポンコツ魔王とは言え、魔王の名は伊達じゃないね」

「なるほど、フェンリルの牙ならあるいは……」


「さて、さすがに魔王二人相手は分が悪いね。今回は引いとこう!」

「んじゃ、バイバーイ。また遊ぼうねぇ」


 そう言うと禁忌キッズは姿を消した。


 良かった、バトル展開にならなくて。警戒を解いたデボラとキャラウェイさんが、俺達の下に集まってきた。


「マンドラゴラにフェンリル……結界はまあ、魔族が時間をかければ何とかなるかも知れんが……」

「どうやらドラ君復活を目論んでいるのは間違いないようですね」

「あいつが復活すると地獄が地獄そのものになってしまうな」


「ところであいつらポンコツ魔王って言ってたけど噂を積極的に流してるのってもしかして奴らか奴らの一派なんじゃないの」

「あり得ますね。そもそも奴らはまだドラメレクの事を魔王だと思っている節がある。デボラ様こそ魔王の名に恥じぬ美しさと聡明さをお持ちだというのに」


 あ、火ぃ着けちゃったかな?


「大体、先代魔王の尻拭いをして回ってるのは誰だと思ってるんですかね!? アルカディア・ボックスにしたって……」


 ブツブツ文句を言っているベルを尻目に、俺は気になっていたことをデボラに聞いてみた。


「先代魔王って地獄にいるんでしょ? 様子とか見に行けないの?」

「ドラメレクの奴が散々無茶をしたせいで今はコキュートスの最深部は完全に閉じられておる。最深部の扉を開けるには我が持つ鍵と天界で保管されている鍵の二つが揃っていないと開かないのだ」

「じゃあ、逆にどうやってその人を助けようとしてるんだろう」

「そこだ。解毒薬や拘束を引きちぎる手段を持っていても扉を開けられんようでは意味がない」


 天界に協力者でもいるんだろうか……? いや、でも今その天界にケンカを売ったせいで閉じ込められている訳だし……。


「とにかく今回はフェンリルさんと無事出会えたという事で良しとしましょう」

「おお、そういえば! フェンリルは!?」

「あー……、すいません。ここに居ました。ずっと」


 声の方を振り返ると、フェンリルがお座り状態で気まずそうに待っていた。


「空中でキャラウェイ殿に拘束を解いていただいてから話についていけず……」

「すまなかった! 忘れていたわけではないのだ」


 ……いや、さっきの反応はかなり怪しかった。


「いえ、こちらこそ危ないところを助けていただき感謝しております。こうなってしまった以上、我らの群れもそのアルカディア・ボックスとやらにお邪魔させていただくのが安全かと思いますので……」

「そうだな。奴らも諦めたとは思えん。着いてきてくれるな?」

「はい。お供させていただきます。魔王デボラ様」


 こうして、当初の予定とはかなりズレが生じてしまったが、めでたく我らがアルカディア・ボックスにモフモフが増えた。それも結構大量に。ローズやステビア、セージもきっと喜んでくれるに違いない。世話が大変になるのは間違いないが。


「では、キーチロー。ムシ網転送を頼む」

「了解! この森のフェンリルは全て連れ帰りますか?」

「他の群れとの連携はとれるか? ええと……。名前が無いと呼びづらいな。キーチロー! いつもの!」

「えっ、急だなぁ。オオカミでしょ? えーと……、ヴォル!」

「ヴォルか……。下唇を噛むのがポイントだな」

「私は今からヴォルと名乗ればいいのですね? 不思議な気分だ……」

「で、ヴォルよ。呼びかけは可能か?」

「やってみましょう。我々以外には多くても5~6グループ程しか今はいないはずです」


 ヴォルが遠吠えで召集をかけると、先ほどの騒ぎのせいか全てのフェンリル及びその群れが集まった。フェンリルは6頭、1グループ平均8頭程の群れだ。十分少ないと言えるんじゃないか?


「知っての通り、先ほどフェンリルの誘拐を企む襲撃者がこの谷にやってきていた。奴らの狙いは我らの牙だ。我々の群れは魔王様が用意してくれた避難場所へ行こうと思うが君達はどうする?」

「さっきの襲撃は見ていたし、聞こえていたわ。私たちの群れもご一緒します」

「こいつらが先ほどの奴らの仲間でないという証拠は?」

「すまん、証明するものは何もない。だが、私は信頼に足ると考えている」

「……ふぅ。故郷を捨てるのはつらいが、ここにいても奴らに対抗できるとは思えんしな」

「うちの群れもついていく。だが、状況が落ち着いたら戻ってくることも選択肢に入れさせてくれ」


 ヴォルがチラリとデボラの方を見たので会議の輪の中へ入っていった。


「もちろん、それもいいだろう。ただ、起きている事が事だけにいつ落ち着くとは約束できかねる」

「仕方ないでしょう。あの悪名高き先代魔王が動き出したとなるととことんまでやってくる可能性が高い」

「……そうだな。我の不徳の致す限りだ」

「デボラ様を責めるつもりはありません。あなたは本当によくしてくださっている。」

「では、参りましょうか」


 俺はヴォル達に一カ所に固まってもらうとムシ網を巨大化し、その全員をムシカゴに一旦送った。


「では、しばしお別れです。転送先には暫定フィールドというものがあるので一時的に自由が無くなりますが、俺達もすぐ向かいますので待っててください」

「転送先におるローズ、ステビア、セージというものに事情は説明しておく。不便をかけて済まぬが宜しく頼む」

「こちらこそ。では、後程」


 俺は転送ボタンを押して、フェンリル達を見送った。

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