地獄の43丁目 誘惑

 さて、すっかり忘れていたが、地獄で捕まえてきたヘルワームのメスと現メンバーとの面会がまだだった。カブタン……、頼むぜ!


「カブタン、今回また地獄でヘルワームに出会ったんだけど今回は女の子だよ!」

「お、どんな子や! はよ見せてみーや!」

「先に約束しといて欲しいんだけど。カブ子の時みたいながっつきはやめてね」

「おお、任しとけ! もう同じ轍は踏まんで! 相棒!」

「調子が良い奴め。じゃあ、カブ吉とカブ子も呼んできて一緒にお目通りといこう!」

「焦らすやないか! ええ?」


 という訳で、広場に三匹を集めて新しい子を放すことにした。


「では、名前はまだないですが新しいヘルワームさんの登場でーす!」


 ヘルワームたちは触手をブンブン振り回している。フェスのような光景だ。俺はムシカゴの蓋を開け、横向けに倒した。中からヘルワームが現れ、全身が出終わると同時に元のサイズへと戻った。


「あ、あの……、今日からお世話になります。宜しゅうお願いします」


 ん? 地獄での勢いはどこ行ったんだ? 虫見知りか?


「おお! べっぴんさん! こちらこそ宜しゅうな!」

「ほんまや、綺麗な顔してはるわ。うちのカブ子とエエ勝負や!」

「あんた、浮気したらからな」

「アホいいなや、僕はカブ子一筋やがな」


 ん? んん? ちょっと展開がついていけないな。


「あれ? カブ吉とカブ子いつの間に……?」

「割と最近かな? はっきりとプロポーズされたのは」

「えー……。プロポーズとかあるんだ」

「これが求愛の舞いや!」


 カブ吉がクネクネと触手を動かしだす。喜びの表現とどう違うのかよくわからないが、ヘルワーム間では通じる何かがあるのだろう。


「という事はこちらの男らしい方は今フリー?」

「せや、キミのようなメスを待ってたんかもな」

「いややわ! もう!」


 めちゃくちゃうまい事行ってる……。しかも、カブタンも女子の扱いに慣れてる……。


「じゃ、じゃあ後はヘルワームさん達だけでごゆっくりという事で……。後でドラゴンの尻尾差し入れるね」


 ヘルワーム四匹が一斉に触手を振りまわす。なるほど、さっき見た舞いとは少し違うな。これが喜びの表現か。


「あ、そうだ。一応このアルカディア・ボックスに来てもらったという事で、分かりやすいように名前を付けてるんだけど、一旦合わせる意味で君は“カブ美”になってもらっていいかな?」

「あら、素敵やん。名前もらえるんやね」


 やはり、カブ美に名前を付けた瞬間、キラキラと輝いた。名付けが魔力の上昇条件とみて間違いないだろう。


「じゃ、みんな仲良くね! 気が済んだら房に戻ってきて! その間に掃除しとくから」


 という訳でヘルワームたちの個室の糞掃除を終え、房から出たというところで青い顔をしたデボラと肩をすくめて前で手を組んでいるベルが現れた。


「キーチロー。今日釣ってきた黄金魚の方な。ピラニアもどきに食われてしまったよ」

「自然の摂理とは言え悲しいことです……」

「は、早すぎる……! そうだ、白金魚は!?」

「やつは体が硬すぎて実は食われる心配はなさそうだ。噛みつかれたときに命の危機を感じるのかもしれんが。問題は稚魚も硬いのかどうかというところだな」

「我々のせいで黄金魚が一匹、尊い犠牲に……」

「今日は喪に服すことにする。またな、キーチロー」

「うん、また」


 不殺殺さずの誓いを立てたデボラにはさぞショックな出来事だったろうな……。また今度釣りデートに誘ってみよう。


 さて、俺もそろそろ帰って明日の準備をするか。金曜日は少し時間があいてしまったが阿久津も含めた決算慰労会だ。ベルと作戦を練っておかねばならない。


「ベル、来週の金曜の事で相談があるんだけど、部屋に寄ってもらっていい?」

「ええ、構いませんわ」


 俺とベルは揃って部屋に戻ってきた。狭い部屋に女性と二人きりでいると考えるとドキドキのシチュエーションなのだが、相手はベルだしとりあえずお茶でも出すかぐらいのものだ。


「さて、来週の金曜日は決算慰労会な訳だが」

「その前にキーチローはデボラ様の事をどう考えているのですか?」

「え、いや、まあ、好意を寄せていただいているのは大変ありがたいのですが……」

「ですが?」


 ベルの目がギラリと光る。


「相手の立場やらなんやらを考えると俺が相応しいのかどうか分からなくて」

「それは言い訳に過ぎないのでは?」


 ベルの指摘がチクリと胸に刺さる。


「デボラ様はあなたに関して言えば本気で好、……その……好いておられるのだと思います」

「は、はい」

「ならば、あなたの方もどうするかもう少し真剣に考えていただけるとデボラ様の側近として助かりますわ」

「はい。これでも真剣に悩んでいるつもりだったけど、まだまだどこか考えが甘かったみたいだ。ありがとう」

「私はデボラ様の幸せしか興味がありませんので礼を言われることではありません。まあ、差し出がましい真似をしているのは重々承知で宜しくお願いします」


「あの、話のついでなんで聞いておきたいんだけど、悪魔の寿命ってどれくらいなの?」

「種族や魔力によってまちまちなのでなんとも言えませんが平均すると500年ぐらいなのではないでしょうか」

「じゃあ、俺の方が先に死にそう……」

「あなたが死んだ後、悪魔に転生すればいいではないですか」


 とんでもないことをサラッと言ってくれるぜ。


「悪魔として第二の人生か……。先の長い話だ」

「魔族はいいですわよ。自由で」


 悪魔の囁きに耳を貸してもいいのだろうか。悪魔の手招きに今俺の心は揺さぶられている。


「さて、阿久津対策でしたわね。なんだかんだ相手にするのに慣れてきたのでここはバシッと興味ないと伝えましょうかね」

「それもいいんだけど、そうするとベルが他部署へ飛ばされても厄介だし、やはりここは【洗脳ブレインウォッシュ】しかないのか……」

「【洗脳】も性根の腐った奴には効きにくいのですがね。【誘惑テンプテーション】あたりで様子を見ますか」

「そうだね。ベルの事も気になってるみたいだしサクッと奴隷にできるかも」

「いいですね! 考え方が悪魔じみてきましたね! 後は決断だけですよ!」

「うっ……。しまった」


 そして、顔を見合わせるとベルと俺は大笑いした。笑顔のベルを見るのは初めてかも知れない。


 阿久津のおかげでいいものが見れたぜ。

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