地獄の42丁目 恋の花咲くアルカディア・ボックス

 地獄デートの帰り。釣り具を借りていた爺様にお礼を言って外に出たところ、爺様の住んでいる小屋の前でのそのそとうごめくヘルワームの成虫を発見した。角が一本という事はメスなのだろう。


「デボラ、ムシ網って今出せる?」

「ん? どうした? 急に」

「ほら、あそこ」

「おお! ヘルワームか! 森の中とは言えさすがに成虫は目立つな!」

「これで、オスとメスの数がちょうどいい感じになる! 後は本人(本虫?)達次第だけど」

「そろそろ恋の季節が来てもおかしくないからな! よし、さあ用意できたぞ。キーチロー」


 俺はデボラからムシ網を受け取ると慎重に死角へと回り込んだ。ヘルワームの成虫はスピードは遅いとはいえ結構触手の鞭が強烈だ。なるべく見つからないに越したことはない。


「とりゃっ!」


 パサッ


「な、なんや! どこや! 何が起きたんや!」


 ムシカゴの中で小さくなったヘルワームがパニックを起こしている。


「落ち着いて聞いて欲しい。君は今独身かい?」

「え、これってうちに気があるってこと? それともただのセクハラ!?」

「よく見てほしい。俺には角も無ければ触手もない。ただの人間だ!」

「ほんまや! ただの人間がうちのことどうするつもりなん!? 売り飛ばして見世物にでもするつもり!?」


 関西弁のスピード感にはカブタンやカブ子で慣れているつもりだったがこの子は特に早い。


「実は俺の後ろにいるのが、地獄の支配者、魔王デボラなんだ。今、地獄の生物の保護と育成を行っている」

「え、そんなんうち関係あるん? そら確かにうちはフリーの身やけど、オスさえちゃんとおったらそれはもう引く手あまたなんやから!」

「一応、今のところヘルワームは二匹のオスと一匹のメスがいる。もしその話が本当ならウチに来てくれると好都合なんだけど」

「お見合いっちゅう訳か!? そんなこと急に言われても……。うちかて生活環境が変わるわけやし……」

「今なら会員特典でドラゴンの尻尾をつけてもよいぞ?」

「のった!」

「早いな!」


 正直、第一印象で失敗したカブタンよりカブ吉の方がカブ子とのカップリングの見込みがある。ここは、同じ過ちを繰り返さないようにベルを通じて事前に伝えておくか。


********************

【ベル】


キ:今から新しいヘルワーム(♀)を連れていきますので、カブタンに粗相が無いように伝えておいてくれませんか?


ベ:デボラ様とのデートは楽しかったですか!?(-_-)


キ:いや、あの


ベ:私もデボラ様と釣りに行きたかった!!


キ:なんで知ってるの?


ベ:今朝、デボラ様が嬉しそうに私に教えてくださいました!!


キ:と、とりあえず今からアルカディア・ボックスに行くんで↑の件宜しく


ベ:キィィィィィィッ(´・皿・)


********************


「デボラ、別に秘密にするとは言ってないけど伝え方を工夫してくれないとベルが」

「……?」


 俺はベルとのやり取りが見えるようにスマホ(魔)の画面を見せた。


「なんだ、ベルも釣りがしたかったのか! 今度はみんなで来るか!」


 可哀想に。ベルの純情な感情は1/5も伝わっていない。


「じゃ、まあ帰りますか!」

「そうだな! キーチロー! 手を!」


 告白前は意識しなかった動作の一つ一つが少しずつ違って見える。手を差し出す仕草一つとっても何か……こう……。


「ん? どうした?」

「なんでもない!」


 どの面下げてラブコメをやっているんだ俺は。帰ったら鏡を見て落ち着こう。


 差し出された手を取ると、俺達は地獄から姿を消した。


======================================


 そして、そんな様子を上空から二人の悪魔が見ていたことを俺もデボラも気づいていなかった……。


「デボラのやつ、なんか丸くなってない? あの人間にデレデレしてるけど」

「だが、あのコンフリーが完膚なきまでに蹴散らされている。油断は禁物だよ」

「コンフリーももうそろそろ年なんじゃないの?」

「なんにせよ、今手出しするのは得策じゃない。もう少し様子を見てからにしよう」

「慎重だね、キミは」

「キミが大胆すぎるんだよ」


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「いやぁ、しかし釣れた釣れた! まずは池に今回の釣果を放してこよう!」

「そうだな! 我の釣り上げた黄金魚やキーチローの釣れた白金魚も今後が楽しみだ!」


「楽しかったようで何よりです」


 背後には恨めしそうな顔をしたベルが立っていた。


「お、おお……ベル、いたのか」

「なんだ? 暗い顔をして。今度誘ってやるからみんなで行こう!」

「…………」

「ベルはデボラと二人でどこかに行きたいんじゃないの?」

「なんだ、だったら今からダママの散歩についてくるか?」


 ……ダメだこりゃ。


「それはともかく。アルカディア・ボックスにも恋の季節がやってきました」

「普通、恋の季節って言うと春のイメージがあるんだけど」

「邪気や邪念はは夏にかけて訪れるのです!」


 なんとなく説得力のある言葉だ。不埒な季節が地獄には良く似合う。


「ヒクイドリが繁殖行動に入りました。マンドラゴラとアルラウネも地下で手をつないでいるようです」


 ヒクイドリはともかくマンドラゴラとアルラウネはそれでいいのか? とにかく、生物が増えてくれることはありがたい。その分、世話も大変になるだろうけどみんなで力を合わせてここを素晴らしい土地にしないとな!


「連れてきたはいいけど、一匹だけの生物なんかは気の毒だから早くなんとかしてやりたいな」

「私も今フリーなんですけどぉ」


 作業中のローズが戻ってきたらしい。常駐の人員にはこの度、作業服としてそろいの青いつなぎが支給されたが、ここに来た人たちはみんな端正な顔立ちをしているので何を着てもよく似合う。ローズは胸元を開けすぎだと思うが。


「サキュバスって最終的に恋はどうするの?」 

「どうって?」

「同じ種別の例えばインキュバスだったりと付き合ったりするの? それとも人間?」

「中には人間と恋に落ちちゃう奴もいるわねぇ。大半が地獄の悪魔だったり鬼人だったりと付き合うみたいだけど」

「へぇ~。地獄にも色々ありそう」

「そりゃそうよ! 人間界よりもさらに多くの人種だったり妖怪だったり半妖だったりが暮らしてるんだもの! 中にはその種族のプリンセスに手を出して滅ぼされた種族もいたりするんだから」


 おっかない話だが、地獄の魔王に手を出したらどういう事になるのか想像もしたくない。フッたりしたら悪魔が総出でカチ込んでくるんじゃないだろうな……。


「種別を越えた愛……。美しいではないか!」

「だったら性別も関係ありませんよね!」


 セージ君、色々超越しすぎだ。


「アルカディア・ボックスもいよいよ発展期に入ってきました! 理想の箱庭を目指して頑張りましょう!」

「くぅ……、聞いたかベル! 我は今猛烈に感動している!」

「デボラ様、ハンカチを」


 何を言っても横にデボラがいると惚気になりそうで困る。

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