地獄の39丁目 再来、衝撃、そして
会議から数日は、全く平穏そのものだった。コンフリーとかいうおじさんも姿を見せる様子はなく、ただ梅雨に突入した日本列島がジメジメと憂鬱さを演出しているのみだ。
「デボラ様、この前のおじさん現れませんね」
ダママの散歩から帰ってきた魔王様に話しかけてみた。
「コンフリーの事か? 奴は非常に狡猾で残忍かつ執念深い。万全の体制が出来上がるまで機を伺っておるのだろうよ」
「よくご存じなんですか?」
「先代魔王とつるんでいた時にな。奴は先代魔王の信頼厚き配下、そして武術及び攻撃魔法の指南役だった」
「えっ、じゃあ実力的にはかなりヤバい人なんじゃ……」
「まぁな。今度来た時に果たして退けられるか……やってみないと分からん」
現役魔王にここまで言わせるとは……。やはり気を引き締めねば。俺に出来ることはただ一つ。見敵即逃! いのちだいじに!
「狙われるとしたら外にいる俺かベルさんなんでしょうね……」
「キーチローには特別厚く結界、防護魔法をかけておいてやる。出会ったらなるべく引き延ばせ。まあ、気が短い奴の事だ。我らが駆け付ける事を見越していきなり襲ってくることも考えられるが」
魔王様がダママの頭をワシャワシャしながら真剣な表情でこちらを見る
「ああ……不幸だ!」
「さて、問題はマンドラゴラだが……」
「結局、アルラウネとそれぞれ一株ずつ名前は付けてみることにしたんですよね?」
「ああ、キーチロー。とりあえず両方頼む」
「えっ、俺ですか!?」
じゃあ、薬だし……。
「……ヤックンとヒロコ」
「よくわからんがじゃあそれで行こう」
翌朝、マンドラゴラとアルラウネをそれぞれスマホ(魔)で見てみたところ、特に変化は見られなかったが、しばらく様子を見てみることにした。
そして俺はいつものように出社準備を整え、会社に向かった。ベルは少し離れて付いてきてくれるそうだ。へばりつく様な湿気がただただ不快指数をあげていく。会社に着くころにはじんわりと汗ばんで、もうおうちに帰りたい気分だった。
「安楽君、今日帰り空いてるかな?」
「ええ、まあ。特にこれと言った用事はありませんが」
「そう、じゃあちょっと付き合って欲しいんだが」
「え? 俺一人ですか?」
「ちょっと話があるんだ」
どうしよう。皆川部長にピンポイントで誘われるなんて珍しいぞ……。話したいことってなんだ? 異動か? なんかやらかしたっけ……? なんで朝一でそんなこと言うんだ。帰りまで気になるでしょうが!
モヤモヤとしたままその日の業務をこなし、退勤の時刻となった。皆川部長と連れ立って外に出たが、ベルも付いてきてくれるみたいだ。帰り支度をしている様子が見えた。
「じゃあ、行こうか!」
「あ、はい。……あの……俺なんかやらかしました?」
「まあまあ、着いてからゆっくり話そうじゃないかね」
不安感が募っていく。そしてこの不安感は別な形で的中してしまう。
「あれ? 今日は居酒屋じゃないんですか?」
「ああ、隠れ家的な店でね」
確かにこんな人通りの少ない路地じゃ隠れ家もいいところだな。
「ここだ」
「これ、廃ビルじゃないですか」
「さあ、行き魔しょう。すグそこデす」
気付いた時にはもう遅かった。俺の足は勝手にビルに向かって歩を進め、完全に自由を奪われていた。
「さあ、交渉再開といき魔しょう! キーチロー君!」
大丈夫、きっとベルが付いてきてくれているはず……ってあれ? 魔王様迎えに行ったの? どこ?
=============================
「む!? 感じたか!? ベル!」
「はい! デボラ様! はっきりと!」
「ジョーカーを持ってるのはローズだな!?」
「えっ、ババ抜きでそういう事言うのありですか!?」
「フフフ、分かりやすい奴だ!」
「はい、僕上がりでーす!」
「あ、私も……です」
「ぬ!? ぬぅうう!」
=============================
「さあ、マンドラゴラはどこにあり魔すか!? 今日は持って魔すか!?」
「皆川部長は!? 化けてるのか!? それとも乗り移ってるのか!?」
「この状況で他人の心配とは……」
「ご安心ください、憑依しているだけです。まあ、返答次第ではこの人の魂ごと帰っても宜しいのですが」
「こ、この悪魔! 人でなしめ!」
「意味があるとは思え魔せんね。象に向かって象と呼びかけるような行為は」
やばい、いくら引き延ばしても誰かが来る様子はない。スマホ(魔)は……さすがにそんな隙を与えてくれそうもない。
「前も言ったと思うけど、マンドラゴラなんて人間界で持ち歩くわけないでしょ!」
「ふむ、一理ある。ならば君の体を使って目的を果たし魔しょうかね」
コンフリーが俺の頭を掴んだその時、バチンと電流が走ったような音を立て、コンフリーの手が煙をあげながら弾き飛ばされた。
「む! 結界か! 小賢しい!」
「さて、小賢しいのはどっちだと思う? ベル」
「デボラ様を恐れてコソコソと悪事を謀るそこの使いッ走りですわ!」
「魔王様! ベル!」
「ほう……今日は威勢がいいじゃないですかベルガモットお嬢ちゃん」
「デボラ様が居られれば貴様など恐るるに足らず!」
「金魚のフンが生意気な。おとなしくしておれ!」
コンフリーの右手が何かを掴むような動作を行うと、ベルの体がそれに呼応するように見えない何かに拘束された。コンフリーは掴んだら投げるのが当たり前だと言わんばかりに流れるような動作でベルを右側の壁に叩きつけた。
「配下のレベルでトップの実力が知れ魔すなぁ」
「ゴフッ! ガハッ!」
「ベル、しばし耐えよ」
「仰……せの、まま……に。デ……ボラ様」
「ベルさん! 大丈夫ですか!?」
「心配……ありませんわ。キー……チローさん」
気丈に振舞っているが、ベルの頭がストンと下を向く。気を失ったのか!? たった一撃で結構なダメージを受けているじゃないか! ヤバい、ヤバいぞ!
「さて、こちらはこの体のままでは少々厄介ですな」
黒い塊が皆川部長の体からぬるりと飛び出すと、この前出会った悪魔へと変貌していく。そして、完全に姿を成したコンフリーがその両手を掲げるとその手の平には明らかに殺傷能力の高そうな光球が発生していた。これまた投げるのが当然とばかりに一直線に魔王様へと向かう。
一撃目は魔王様が右手で弾き、二撃目は華麗に躱した。だが、目にも止まらぬ早さで間合いを詰めたコンフリーの膝が魔王様の腹に突き刺さっていた。魔王様の顔が苦痛に歪むが、すぐに不敵な笑みを取り戻し、コンフリーの腕を左手で掴んだ。
「チッ……」
魔王様の右手の光球がゼロ距離でコンフリーの腹に叩きこまれ、勢いそのままに後方の壁に打ちつけられる。いいぞ! がんばれ!
「どうした、コンフリー。そのような事ではお前の主人のレベルが知れるぞ」
「……ふむ。まあ、こんなものでしょう」
「え? 無傷……!?」
「フフフ、今の私でも倒してし魔えそうだ。デボラさん、あなた少し弱くなったのでは?」
「そうかもしれんな。最近は色々楽しくて戦闘など無かったからな」
「腑抜けたことだ。魔王の称号を我が主にご返還いただけ魔すかな?」
「あの男に伝えてやれ、『永遠に眠ってろ』とな」
そこからは光球と光球、肉弾と肉弾の応酬で俺の目にはついていけない早さだったが、徐々に均衡が崩れていった。明らかに魔王様が押されている。
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ、障害は早めに取り除くのが吉ですかな」
「はぁ、はぁ……。フッ、フフフフ、ハハハハハハ!」
「何が可笑しいのです」
「男子三日会わざれば、刮目してみよというが」
「?」
「女子は三か月連絡が無ければ別の男がいると思え!!」
…………え?
「キーチロー!!」
…………なんで、
この場面で、
俺に、
口づけを!!
「恋する乙女の魔力! とくと味わえ!!」
「※÷З@¥+;!?」
「は?」
巨大な黒いオーラに包まれた魔王様が渾身の右ストレートをぶち込むとコンフリーは遥か彼方までぶっ飛んでいった。
「キーチロー。これからは敬語は無し。様も付けなくていいからな!」
「ごめんなさい、何を言ってるのかさっぱり分かりません」
「これでも照れているのだが。もう一度言わせるのか?」
「もう一度も何も今何が起きているのかただただ頭が……」
「我はな、キーチローの事を好いておる! そういう事だ!」
「ツッコみどころが多すぎて原稿用紙3枚は使いそうなのですが、ちょっと待って」
「詳しくはアルカディア・ボックスに戻ってからだ! さあ、ベルを起こして帰ろう!」
第3章、完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます