(閑話) 地獄のスカウトマン②
「えー……。今回皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。地獄の帝王にして魔王、理不尽と滅尽の権化、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はサイクロプスのデボラ=ディアボロス様の直轄プロジェクトにご参加いただくメンバーを募集する為でございます」
「うむ! 噛まずに言えたな!」
「そのプロジェクトの内容といたしましては、地獄の生物の保護及び育成を目的とした……」
「なんと! 素晴らしいプロジェクトだ!」
「現在、職員3名が任務の遂行中。今後、アドバイザー1名の着任が見込まれております」
「いいぞ!」
「……ご静粛に。えー、正直に申しまして人員は不足しております。故に今回、この場をお借りして動物好きの皆様にご協力の申し出をしている次第で、えー、ございます」
「これは参加しないと! 乗り遅れるな!」
「魔王様! ちょっと静かにしててください!!」
俺はマイクを掴んで壇上から叫んだ。魔王様はシュンとして席の上で三角座りを始めた。
魔王様が必死に煽るのも無理はない。今回の面接参加者は5名。あてがわれた会議室は恐らく最小のものだろう。面接なんかやめて全員採用したって良いぐらいだ。
まぁ、ここが地獄であることを考えると“動物好き”なんて条件でむしろよく集まった方と言えるかもしれない。
参加者の方はと言うと、ポッカリ口を開けていたり、無表情で何も読み取れなかったり、何かを考え込んでいるようだったりと反応は様々だ。
「質問があります! どのような生物を世話するのでしょうか」
割と前のめりな質問が来た! 男性の人手は欲しいところだ!
「現在、8種30匹(草花も含む)で、今後も増加の予定です。内訳は虫類2種、獣類2種、植物類2種、鳥類2種でございます」
「おいしいですか?」
「食用に繁殖しているのではございません!」
左端の男は好きの種類が違うな。お引き取りいただこう。
「職員とのコミュニケーションは……必須でしょうか……」
「なるべく円滑に物事を進めたいので、出来れば最低限のコミュニケーションはとっていただきたく存じます」
こちらの女性は少しおとなしめだな。あまり人と話したくないタイプかな?
「あのー……。わし、釣りが好きなだけなんじゃが、なんでここに呼ばれたのかの?」
こちらの年配の方は……、人事側の手配ミスだな。やれやれ。
「申し訳ありません。人事部の方には“動物好き”で募集をかけてもらったのですが、一部伝達に不備があったのかもしれません。もしご興味があれば今しばらくお付き合い下さい」
「はぁ……」
まあ、そのリアクションだろうな。気を取り直して次へ進もう。
「他に質問等ございますか?」
「待遇と具体的な仕事の内容を教えてください!」
ふむ。この男性は割と乗り気じゃないか? さっきからグイグイ質問してくるし。ところで、問題は待遇だが……。
「ご質問にお答えするのに少々お時間をいただけますか? 魔王様、すみませんがこちらへ」
「よかろう」
俺は無礼にも魔王様を呼びつけると、小声で相談を始めた。
「地獄の職員の一般的な待遇ってどんなのですか?」
「うーむ。基本的に食糧は自分で取ってくるし、貨幣は無いし、あいつら普段何をやっているんだろうな」
「えっ。魔王様の認識でその程度なんですか?」
「む、無礼な。基本的に地獄の住人は他人に興味がない! こいつらも仕事は暇つぶしぐらいに思ってるんじゃないか?」
「えぇ……」
俺は、面接者達の方を向き直し、各々に逆に質問をしてみた。
「皆さんの現在の待遇や、欲しいものを教えてください。左端の方から」
「俺は、逃亡者や脱走者を追いかける係で追いかけて行った先々で出会った魔物を試し食いしている。報酬は自由と言ったところだな。欲しいものは当然、うまい食い物だ」
ダメだコイツ……。早くなんとかしないと……。
「私は……地獄の書物を整理しています。報酬は書物読み放題ですかね。動物は好きですが、人付き合いは苦手です……」
この人はいけるんじゃないかな。図鑑や研究書で釣ってみよう。魔王様に要相談だ。
「わしは……、三途の川のほとりで亡者の道案内をしとります。釣りをしながらでいいって言うんで引き受けとります。動物の世話はあんまり興味ないですかな」
まともそうなじい様だが、ちょっと採用には向かないかな。うん。
「僕は、今の地獄でも似たようなことをやっています! 保護や育成はやっておりませんが、生物とその観察が大好きです!」
うん、てか採用! 最初から乗り気だし、この中じゃ一番まともだろ、この人。
「グー……。んがっ!? あ、わ、私の番ですか!? 今、何話してるんでしたっけ!?」
この女性は、最初から今しがたまで寝ていた。それ以外の感想はない。
「あ、自己紹介ですかね!? 私は血の池に亡者を沈める係をやってまして亡者どもの苦しむ姿がそれは愉快で」
「はい、なるほど! よくわかりました。ありがとうございます」
亡者を沈める役目は大事だ。うん。俺が死んだら絶対に当たりたくないけど。
「大変よくわかりました。こちらの仕事内容は動物の世話です。エサやり、掃除、観察などがメインです。比較的自由時間は多いと思います。待遇面で条件が合いそうな方は左から2番目の方と、4番目の方になりますかね」
「わ、私もですか……!」
「ええ、図鑑や研究書などもありますし。魔王様の権限で解放出来る書物はありますか?」
「人間界の書物や、我が趣味で集めたものを見せてやってもよい」
不安そうだった女性の目の奥がキラリと光ったのを俺は見逃さない。
「どうでしょうか! この条件!」
「わかりました! お受けいたします!」
「ありがとーうございまーす」
ふぅ、これでどうにか二人は確保できそうだ。後は、図鑑の作者を見つけて万事OK! 順調そのものだ!
「ちょっとちょっと、デボラちゃん。困るよ」
その姿を見て俺は死んだセミのように仰向けに失神するところだった。地獄と言えばある意味一番有名な人物。閻魔大王。うっすらと漫画や小説の挿絵で見たことあるような描写そのままに、会議室のドアから覗き込んでいた。顔だけ。
憤怒を現しているのか赤い顔。目は吊り上がり、極太眉毛の間は深くしわが刻まれていた。牙は犬歯の辺りに上下二本。あごは一面髭に覆われたのまさしく俺の知っている閻魔大王だ。
驚くべきはそのサイズ感。恐らく全長8~10mはあろうか。俺から見えるのは今、顔だけだが。顔だけでかいのなら後から訂正しよう。その顔がこちらの様子を
見回し文句を言い始めた。
「話はさっき聞いたけどこっちも人手不足なんだから、引き抜きならもっと他所でやってよ。ただでさえ地獄の連中はまともに働きやしないんだから」
「ま、魔王様話は通すって……」
「閻魔よ、こちらも大事な案件なのだ。無理は承知で頼む。譲ってくれ!」
俺が閻魔様と魔王様の顔を互いに往復している間にも話は進んでいく。
「えー……。どうしようかな」
「ええい! こうなったらこれで手を打て!」
魔王様は閻魔様に何やらワインの様なボトルを手渡した。
「えっ!? これって!」
「うむ。幻の銘酒、竜王の生き血から作られた『ドラゴ・ノマーレ』! 涙を呑んで手放そう」
「さすがに悪いよ! これ800年物のビンテージでしょ!?」
「今回のプロジェクトに賭ける意気込み、とくと味わってくれ……!」
「わかった……。わかったよデボラちゃん、コレを出してくるとは……! ワシはもう何も言えん」
二人の間で何かがまとまったようだ。
「では、この二人は我がアルカディア・ボックスで預からせてもらう!」
「ああ、ワシもどこかのタイミングで見に行くよ。完成の暁には入り口に花輪を送ったって良い」
かくして、俺達のアルカディア・ボックスにまた新たな仲間が増えたのだった……。
「あの……僕も採用ってことでいいんですよね?」
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