第3章 魔草マンドラゴラ編
地獄の27丁目 余命10時間/この木なんの木
俺の命の刻限は何かの拍子に思い出してもらえたらしいが、“死の森”などという物騒な名前の森に入る頃には、刻限よりも尚、身近に感じる死の臭いを嗅ぎ分けていた。もちろん、ダママではなく俺自身が、である。
昼なお暗いその森は、朝7時においてはむしろ荘厳な気配さえ漂わせていた。そもそも現世で欲に溺れたもの(要は淫乱や邪淫の罪)が永遠に孤独に彷徨うように作られた物らしい。森の中には魔草、魔樹、魔獣等が放たれており、放り込まれた者に襲い掛かるとのことだ。
俺はそんな罪を犯した覚えはないが、命を守る為にはこの森に生えているマンドゴラを採取して帰る必要がある。それも12時間以内に(帰りの時間を考えるともっと早い)!
「気を付けてかからないとこの森は幻惑の森とも呼ばれておるからまたはぐれかねんぞ」
「私とデボラさんは大丈夫でしょうが、生者であるキーチロー君と鼻に頼らなくてはならないケルベロスは危ないかもしれませんね」
「ダママ、俺から離れるんじゃないぞ! 俺達は今から一心同体だ! 助け合って生き抜こう!」
「キーチローは守ってやるから!」
「前を歩け! キーチロー!」
「フンフンフン……いいぞ……魔物の臭いだ……!」
ダメだ。頼りにはしない。でも心の支えにはしよう。俺の心の拠り所はこのモフモフとプニプニだ。最も、モフモフ要素は成長につれて薄れてきたが……。
「さて、マンドラゴラの群生地は……と。こっちかな?」
「さすが、『地獄生物大全』の作者様! 頼りになりますなあ!」
「いや、この森、来るたびに形が変わってて磁場も狂ってるし、マーキングも意味なくてね。とにかく運も試されるんだ」
俺の命は運任せか。というか、この毒も元はと言えばダママのものだった。やはり地獄の生物を侮ってはいけない。
「話を聞いている限りでは、今こそキーチロー君の能力が発揮される時ではないのかな? 例えばホラそこのトレント」
背後に今にも襲い掛かってきそうな形をした木が迫っていた。
「え? これまさか……」
「そう、それがトレント。ちょい悪の木の精霊です」
俺は驚いてダママの陰に隠れた。これじゃまるで『地獄のだるまさんが転んだ』じゃないか!
「ちょっとそこの木! う、動けるのか!?」
「ん……? なんでこいつの言ってることがわかるのかな?」
確かに木の方から声がした。かと思うとたちまち正体を現し、木の穴やコブが顔を成していった。
「今、俺に話しかけたか? 人間」
「その通りだ! 俺には百八の煩悩と二百十六のスキルが備わっている! 襲ってこない方が身の為だぞ!!」
「……彼は何を言ってるんだい?」
「おそらくハッタリでしょう。おお、そういえばアルカディア・ボックスと繋げたのであればこちらも同じ様に会話が出来るのか?」
「スキルとやらはどうでもいいがお前、生者ではないか。迷い込んだのなら出て行け。ここは生前、快楽に溺れ不義を犯したり、性犯罪を犯した者が来る場所だ。それらの行いをしたのであれば死んだ後また来い」
不倫と性犯罪はまた別問題の様な気もするが、そんなことする気は毛頭無い! ていうか微妙に優しいなこいつ。
「デボラ様、トレント君はいかがいたしましょう」
「我の箱庭にも森が欲しかったところだ。丁重にお出迎えしろ」
「畏まりましたぁっ!」
俺はムシ網でトレント君を捕らえ、ムシカゴに送った。
「おいおい。俺の親切心は今どのあたりを彷徨っているんだ」
「魔王様が君を気に入った! 理由はそれだけだ!」
「待て、キーチロー。それだと雰囲気は出てるが誘拐だ。ちゃんと説明しろ!」
俺は、いや俺と魔王様は通算何度目かわからないほど繰り返した説明をリピートした。
「魔王デボラ様と先々代魔王バラン様が参加するプロジェクトということであれば……まあ……」
「私はまだ参加すると言った覚えはありませんがね」
「えっ、そうなのですか?」
「後、今はキャラウェイで通してるのでそこのところ宜しくお願いします」
「しかし、地獄の生物に恐らく地獄一詳しいキャラウェイさんの参加が無ければ俺達が大変です!」
「語彙力の無さが逆に正直で宜しい。しかし、計画の要である君が今まさに命の危機にあるということを思い出しましょう」
そうだった。俺の命の期限は刻一刻と迫っているのだった。なんでこう軽く扱われがちなんだ。この身は。
「さあ! トレントよ! 我々をマンドラゴラの元へ導け!」
「今は……恐らくこっちの方向ですかね。なるべく亡者に会わないように気を付けて下さいね。奴らは刑罰の最中ですから!」
「では、急ぎましょう」
「ところで俺はこのままカゴの中なんですか?」
「お前にはこのままマンドラゴラへの道行きを急ぎ案内願いたいのだが、頼めるか?」
「お安い御用ですね」
「では、頼む」
魔王様がそっと手を差し出すと、トレントはカゴから飛び出してきた。
「ふぅ、シャバの空気はうまいっすなぁ」
「さて、ここはまだ森の端っこ、長居は無用かと思われますが?」
「では、急ぎましょう! こっちへ着いてきてください! 後、そこのワンコロにおしっこかけないようによく言い聞かせといてください!」
ダママはそんな事しないとばかりに少しむくれているようだが、犬の習性なのだからトレントが気にするのも無理はない。
「トレント君と呼ぶのも不便なんで何か名前を付けてみてはどうでしょう?」
キャラウェイさんの提案に俺は小走りしながら答えた。
「いまさらですけどそもそも地獄の生物ってそれぞれに名前無いんですか?」
「考えたこともないな。どうなんだ? トレント」
「基本的に俺たちゃ、そこにそうしているのが存在意義ですからね。よっぽど上位の魔獣や精霊でもない限り個人で名前を持ってるってのはレアケースだと思います」
「では、僭越ながらトレント君の名付け親になりたいと思います。君はこれからウッディーだ!」
「ウッディー……。まあ、悪くないか」
どうやらウッディー本人もしっくりきているようだ。
「では、魔樹ウッディー。宜しく頼む!」
かすかにウッディーが輝いたように見えたが目の錯覚だろうか?
「ふむ。本当に興味をそそられるプロジェクトですね。これは」
「そうでしょうとも! 我等はキャラウェイ殿の参加を心待ちにしておりますぞ!」
「キーチロー君の命が繋がったら再考しましょう」
内心、俺はガッツポーズをした。ようやく彼らの中で俺の命に価値が生まれたようだ。正直死んでからリスタートと言われるかとヒヤヒヤしていたところだ。
「万が一にも亡者となって能力が失われたり、それこそ億に一つ、神の元へ直接召されたりしたら困りますからね」
俺の心を見透かすかのようにキャラウェイさんはにっこりと微笑んだ。魔族の微笑みって、人の心に付け入りやすいカスタムでもしてあるのだろうか。なんて素敵なスマイルでしょうか。などと訳のわからない事を考えながら俺達は先を急いだ。
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