地獄の9丁目 新たなる下僕

「――こ奴の名前はローズウッド=ロールズ。地獄でも上位のサキュバスだ」

「さ、サキュバス……ってあの……?」

「ああ、人間界で語られているイメージはおよそその通りだろう」

「で、デボラ様の獲物とは露知らず……。ご無礼を平にご容赦ください……」


 広瀬さんが土下座したまま顔を上げない。上級の悪魔がこの様子なのだから、俺が普段陽気に接している魔王様がどれほど地獄で恐れられているか想像も及ばない。


「二つ言っておきたいことがある」


 ローズウッドの体がビクッと動く。


「まず、一つ目。早くそのから出てきたらどうだ」

「え? 借り物?」

「あ、コレは……す、すいません!」

「ていう事は広瀬さんは実在の人物なんですか!?」

「ああ、人間界に実在する者だろう。いつからだ? ローズウッド」

「は、はい! ちょうど二週間ほど前になるかと」


 良かった。俺が半年と少し一緒に過ごした広瀬さんは広瀬さんだったんだ。本当に良かった。


「二週間前というとちょうど我がキーチローと出会った少し後だな。さてはキーチローの魔力に惹かれてやってきたな? さあ、姿を現すがよい!」

「た、ただいま!」


 ローズウッドがそういうと広瀬さんはパタリと倒れ、口から小さな黒い光球が現れたかと思うとソレは人の形に変化した。なるべく多くの男の欲求をくすぐるようにと思われるアイテムの数々に俺は頭が混乱した。


 角は少し巻き気味のものが両サイドに二つ。赤茶けた髪はショートカットに少しの巻き毛、少しタレ気味の濡れた瞳にぷっくりとした厚めの唇、涙ボクロ、華奢な体に豊かな胸は勿論搭載。衣装は全てを際どく攻めている。大きくあいた胸元、短いスカート。なるほど、コレはサキュバスだ。


 跪いたローズウッドはやはり顔を上げずにカタカタと小刻みに震えている。今までの魔王様の仕打ちを考えると悪魔一人を消すぐらいはたやすく行うことが出来るだろう。


「で? やはりキーチローの魔力が目的か?」

「は、はい。日本の上空をフラフラ飛んでおりましたところ尋常ではない魔力の男がおりましたので、後をつけて勤め先に潜り込んだ次第です」

「ちょっと待ってください。サキュバスの狙いって魔力なんですか?」

「正確に言うとよこしまな心だな。レーティングの関係から詳しくは言わんが人間界で言われているようなアレは付属品だ。なあ?」

「は、はい……。一般人とは言え魔力の大小はございますので……。大きな魔力を持つものはそれなりに良質な邪心を持っているのです」


 俺はとんでもない邪心の持ち主だと思われていたわけだ。こんなに純真な男を弄びやがって!


「同じ会社にベルガモットが来ただろう?」

「は、はい。同じく目を付けたのかと思い横取りされないようにと焦って今日に至る仕掛けを行いました」

「横取りって……ベルさんが俺を?」

「そこはな。少しな事情という奴だ。キーチロー」


 と、その時、今度は魔法陣の中からベルが現れた。


「デボラ様! 遅くなりました」

「うむ。よい。キーチローのSOSの正体はこ奴だった」

「ローズウッド……! あなた広瀬さんの中に!?」

「サキュバスは一度人間に憑りつくと魔力では判断できんからな」


「ベルも来たところで言いたいことの二つ目だ」


 ローズウッドはまた少し身を震わせた。


「実はな。キーチローには【箱庭】を作ってもらっておる」

「箱庭……でございますか?」

「ああ、さっきお前は“獲物”と言ったが、それは誤りだ。こいつは魔物と心を通わせる事が出来るかもしれん逸材だ」

「と申しますと……」


 ローズウッドはこの場で殺される心配がなさそうだと判断したのか、魔王の顔を見上げた。


「地獄の生物が減少しているのはお前も知っての通り」

「は、はい……」

「そこで、地獄の箱庭を作ってそこで飼育と繁殖を試しているのだ。今はまだヘルワームしかおらんが」


 ようやく事態を飲み込み始めたローズウッドは体から震えが消え、今は魔王の顔をまっすぐ見つめている。


「キーチローの魔力は我が貸し与えたものだ。餌が欲しくば我らの仕事を手伝え。ローズウッド」

「デボラ様のご命令とあらば……!」


 不思議なことにベルは不満そうにしている。作業員の増加は望むところだろうに。


「ではローズウッド=ロールズ。宜しく頼む。箱庭の中に家を作りそこに住め」

「えっ」


 ローズウッドの顔が明らかにひきつった。それはそうだろう。本来の住処である地獄とは言えなんの娯楽もない箱の中なのだから。


「お前は常駐係だ。まあ、たまになら角と衣装をどうにかするなら人間界に遊びに来てもいいぞ。地獄との行き来もまあ、多少は構わん」

「は、はい……」

「食い物はキーチローの邪心でよいか? しばらく熟成すれば極上のものになろうぞ」


 あれ? なんか俺の心が別の意味で弄ばれそうになってる? ローズウッドは今生唾飲み込んだように見えたが。


「それ、俺にはなんか影響でないですか?」

「キーチローもたまにはこいつに食わせてやった方がいいぞ。魔力の影響で心が汚染されるかもしれんからな」

「今まではどうして……」

「ん? うん……それはだな……」


 魔王がベルの方をチラリと見た気がした。


「……私が処理をしておりました」

「え? ベルさんてサキュバスなの? ていうか処理って?」

「私は……サキュバスと別の種族のハーフです。邪心も食することができます」


 ベルが指先をクルクル回すと俺の心臓辺りから刺々した黒い塊が出てきた。ナニコレ! 気持ち悪っ! ベルが指先を自分の口へ誘導するように動かすと黒い塊はベルの口の中へ吸い込まれていった。ローズウッドは黒い塊から最後まで目を離さなかった。


「大変、美味でございました。やはりデボラ様の魔力からもたらされる邪心は極上の一品でございます」


 またローズウッドの喉がゴクリと鳴った。今まで気づかぬうちにこうやって邪心を頂かれていたのだろうか。


「ふふふ、何回見ても面白いな!」

「光栄です! デボラ様!」

「これからはローズウッドにも少し分けてやってくれるか?」

「畏まりました!」

「では、これからも宜しく頼む! ローズウッド!」

「は、はい!」


 またしても俺は置いてけぼりをくらっているようだが心が邪心に染まってしまうぐらいならこれもいいのかもな! ……いいんだよな?


「最後にキーチロー! 何かあるか?」


 ここで唐突に俺に振ってくるわけか!


「ローズウッドって長いんで、ローズって呼んでいいですか?」

「え、ええ……」


こうして、魔王様と愉快な仲間達ヘルガーディアンズにまた一人下僕が加わった。

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