よしなし小噺
橋元ノソレ
帆立貝
この度は、作品をお読みいただき、厚く御礼のほど申し上げます。
中国の故事に「水清ければ魚住まず」という言葉がございます。水があまりにも清いと、餌も住処もないので、魚が住まないという意味合いでして。転じて、人も潔白すぎると仲間が出来ないということだそうです。
仲間が出来ないとまでは言いませんが、人間、少しくらい面白みとか、変な所といいますか、適度なスキがあったほうが親しみやすさを感じるように思います。
わたくしの場合、面白みというより、笑われているだけですが。ここカクヨムで小説を沢山書くわけでもなく、日常生活では恥ばかり、かいております。
そんな、わたくしですけども、お裾分けやなんかで、美味しいものをいただくことが度々ありまして。多少は親しまれてるのかなぁ、と思いたいところですが。
先日、会社の帰り際に、帆立を頂きました。海で採れたばかりのものでして、大変にありがたいことです。帰宅してすぐ、砂抜きを始めしました。家事だ炊事だのをしている間に、帆立も噛み飽きた砂をペッペと吐きまして。二、三時間が経ち、さぁ取り出して貝殻を洗っていますと、まぁすごい臭いがするんですよ。磯と生臭さが入り混じったような。あまり好き好んで嗅いでいたくはないですな。人に嗅がいでもらうにはもってこいですけども。
一通りの下ごしらえを終えますと、夜も更けていましたので、その日は床に就きました。
しかしながら、これがなかなか寝付けないんですよ。帆立と格闘していた台所はもちろんでございますが、家中がひどく生臭いんです。臭い消しや換気には気を付けたんですが、風呂、茶の間、寝床、果ては戸を閉めていた便所に至るまで。これで便所の芳香剤いらなくなったぁ、なんて馬鹿を言っちゃいけませんがね。
一人で食べるには十分すぎるくらいはございましたが、ものすごい大量というわけでもないのに家じゅう、しかも翌日いっぱいまで臭うとは、なかなか侮れないと、はなで感じました。
こんな時、知り合いが来ようものなら、変なものに間違えられて、具合が悪いようです。
「なんか。生ぐせぇな」
「採れたての貝をいただきましたので、その下ごしらえしまして」
「あぁ、貝か。そこいらじゅうから臭うなぁ。貝殻の中に住んでんのか。…貝の家なら、なんだ、あんたヤドカリか」
「そりゃ、アパートですから、住処を借りていますから…。あたしゃ人間ですよ。それにね、ヤドカリの家は渦を巻いた一枚貝ですけども、これは帆立の臭い。帆立は二枚貝ですから、ヤドカリの家とは違いますよ」
「二枚貝のホッタテの家だと…」
「ホッタテではないですけれども、まあ、これだけ臭えば、帆立の殻ん中も同じですよ」
「それじゃヤドカリじゃないな。」
「そうですよ」
「でも、帆立でもないな。」
「帆立だって、そういってるじゃあありませんか。なにを仰りたいんですか」
「帆立は二枚貝だろ。だけどお前さん、二枚貝の中に、普段笑われてる三枚目がいるじゃあねぇか」
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