そしてペースト状になった

吟野慶隆

そしてペースト状になった

「自分オリジナルの精力剤でも、作ってみようかなあ……」

 月土米(つきどめ)力一(りきいち)は、一人暮らしをしている家の、リビングにあるソファーに座って、腕を組みながら、ぼそり、と呟いた。

 といっても、彼は別に、性欲が弱い、というわけではない。むしろ、同じ大学に通っている、他の男子学生たちと比べても、かなり強いほうだ、という自覚がある。ソープランドに行ったときなどは、何度も行為に及ぼうとしても、先に風俗嬢のほうが疲れ果ててしまい、最終的にNGを出されてしまう、ということが、毎回あった。

「でも、足んねえんだよなあ……」力一は、はあ、と溜め息を吐いた。「まだまだ、足んねえ。せっかく男に生まれたんだ、男としての快楽を、もっともっと、味わいてえ……もちろん、あくまで、合法的な手段を用いて、に限るけどな。相手に迷惑をかけてまで、おれ自身の気持ちよさを追求したい、とは、露ほども思わねえし……」

 今までにも何度か、市販されている精力剤を飲んでみたことはあった。しかし、もともと性欲旺盛である彼にしてみれば、大して効き目を実感できないことがほとんどだった。まれに、おおっ、と思うこともあったが、その場合でも、値段相応の価値があるようには思えなかった。

 力一は、ううん、と低い唸り声を出しながら、悩み続けた。そして、数十秒後、「よし!」と言った。「物は試しだ。作ってみようじゃないか、自分オリジナルの精力剤、ってやつを! なあに、別に失敗したって、命に関わるわけじゃねえんだし」

 彼はそれから、精力剤を作るための準備を整えていった。インターネットを駆使して、性機能を増強させる成分を調査したり、食材を調理するのに必要な器具を注文したりした。中には、直接現地に行かなければ手に入らないような具材もあり、そのために、パスポートを取得し、海外渡航を行う、ということまであった。

 そして、三ヵ月ほどをかけて、すべての用意を完了した。六月の第一日曜日、力一は、精力剤を作るべく、キッチンに立っていた。

「じゃ、作りますか」

 目の前には、調理台があった。左から、ガスコンロ、作業台、流し台の順番で並んでいる。力一は、それらのうちの真ん中、作業台の前に立っていた。左斜め後ろには、冷蔵庫が、真後ろには、電子レンジとオーブントースターが、右斜め後ろには、食器棚が設置されている。

 彼自身は、料理の経験など、せいぜい、学校の家庭科の授業くらいしかない。そこで、念のため、火傷や切り傷といった怪我の類いを負わないよう、袖の長いシャツを着て、裾の長いズボンを穿いていた。本当なら、それらの上から、エプロンも羽織りたかったが、あいにく所有しておらず、わざわざ購入するのも面倒だった。

「ええと、まずはミキサーの準備をしないとな……」

 力一は、足下に置いてあった箱を持ち上げると、作業台の上に、どさ、と載せた。蓋を開け、中身を出すと、箱の横に、ごと、と置く。

 取り立てて特徴のない、ごくごく一般的な見た目をしたミキサーだ。下部は、高さ十五センチ弱の、丸みを帯びた四角錘台のような形をした台座になっている。ここに、刃を回転させるモーターだの、各種動作を制御するコンピューターだのが搭載されているのだ。

 上部は、高さ二十五センチ強の、下に行くほど微妙に窄んでいるような、円柱の形をしている。蓋は、オレンジ色をしたプラスチックで出来ているが、側面は、透明なガラスで出来ており、内部の様子が見られるようになっている。この中に、加工する食材を投入する、というわけだ。

 容器の中心には、高さ二十センチほどの棒が立てられている。そこに、刃が三枚、等間隔に付いており、棒を中心として、放射状に伸びている。それを、一段、と数えるとすると、根元から先端まで、五センチ間隔で四段、刃が設けられており、合計枚数は、三掛ける四で、十二枚となる。

 これらが、台座のモーターにより、高速で回転させられ、投入されている食材を切り刻むのだ。一般的なミキサーならば、刃は、容器の底面付近に一段、付いているだけらしい。しかしこれは、もともとは高価格な製品だったらしく、底面付近以外にも、刃の付いた段がある、というわけだ。

(男としての快楽を追求するためなら、できる限り、金は惜しまないつもりだ……といっても、このミキサーは、新品じゃなくて、リサイクルショップで格安で売っていたやつだが。ジャンク品、とやらで、「安全装置など、各種機能に不具合があります」って書いてあったし……。

 ……ま、大丈夫だろう。店員に訊いてみたら、「ミキシング機能自体には、問題ありません。正常に動作します」って言ってたしな。もし、壊れてしまったら、なあに、別のやつを買えばいいだけだ)

 力一は、ミキサーの台座から伸びているコード先端に付いているプラグの根元を掴んだ。作業台を越え、下方へと移動させていくと、調理台の足下あたりに設置されているコンセントに、ぐさ、と挿入する。

「ちゃんと、動けばいいんだが……試しに一度、容器が空の状態で動かしてみるか」

 力一は、そう呟くと、ミキサーの台座の正面に付いている、「ミキシング」と書かれたボタンを、ぽち、と押した。

 アナウンスが流れた。「ミキシングを開始します」

 直後、ぎゅいいいいん、という音を立てながら、容器内にある金属刃が、高速で回転した。

「うぉっ!」

 思わず、力一は叫んだ。刃の回転は、とても速く、目で追うことなど、とうてい不可能だった。

 ボタンを押してから五秒後に、動作は終わった。「ミキシングが完了しました」という、アナウンスが流れる。

 このミキサーには、ボタンを押した後、五秒間だけ自動で刃が回転する、「オートマチックモード」と、ボタンを押している間、刃が回転し続ける「マニュアルモード」がある。力一は現在、前者に設定していた。

「よしよし……ちゃんと、動くみたいだな」彼は満足気に頷いた。「それじゃあ、本格的に、精力剤作りを開始するか……!」

 彼は、そう呟くと、ミキサーの容器の蓋を、ぱかっ、と開けた。事前に調達しておいた食材を、内部に投入していく。鼈やマカといったオーソドックスなものから、独自の調査によって、効き目がありそうだと判断した、薬草や、動物の肉の類い、はては、気持ちの悪い見た目をした昆虫の死骸から、病院で仮病を申告し、処方してもらった錠剤まで、さまざまな物を入れていった。

 作業を行いながら、力一は、精力剤を飲んだ後のことを、妄想し始めた。陰茎が、最大限でこそないが、緩やかに勃起し出して、最終的には、十五センチほどの長さになった。

 下着とズボンに上から押さえつけられているため、なかなか苦しく、ときおり、痛みすら感じる。途中で一度、尿意を催したためにトイレに行ったが、肉棒が怒張しかけているせいで、なかなか小便が出ず、苦労した。

「ふー……」便所からキッチンに戻ってきた力一は、首を左右に傾けると、こきこき、と骨を鳴らした。「これで、全部、ミキサーに入れたかな? 『フンサイニンニク』は、作業台の上に出しはしたけど、やっぱり、混ぜないことにしたから、入れないのが正しいし……ああ、危ない危ない。わざわざ、ヨハネスブルグにまで行って調達した、『ギンギンニンジン』を忘れていた……ええと──あれ?」

 彼は首を傾げた。作業台の上に、ギンギンニンジンが見当たらないのだ。

「──ああ、そうだ、あれは、できるだけ冷えた状態で、ミキシングを行いたいから、やる直前まで冷蔵庫に保管しておこう、って考えていたんだった……」力一は、そんなことを呟きながら、くる、と左斜め後ろを振り返ると、冷蔵庫に近づこうとした。

 がっ、と右足が何かに引っ掛かった。その感触および形状から、すぐさま、ミキサーとコンセントを接続しているコードだ、とわかった。

「わっ!」

 力一は叫んだ。成す術なく、そのまま、バランスを崩す。それから一秒もしないうちに、床のフローリングに、ばたん、と俯せに倒れた。

「ぐう?!」

 力一は呻いた。緩やかに怒張した状態の陰茎が、冷たくて硬いフローリングに、ぐに、と押しつけられたからだ。

 鈍い痛みが、男性器じゅうに響き渡った。しかしそれは、ある種の快楽をも伴っていた。今や、彼の肉棒は、最大限に勃起していた。

「あ痛たた……」力一は、仰向けになろうとして、体を右に回転させ始めた。

 どうやら、トイレで用を足した後、チャックを上げ忘れてしまっていたらしい。下着のスリットから、ずるん、と陰茎が外にはみ出た。さらには、そのまま、ズボンの前開きからも、ぼろん、と飛び出してしまった。

「ありゃ……」力一は思わず、他人事のように呟いた。

 とりあえず今は、股間に構っている場合ではない。そう考え、体をさらに傾けていくと、そのまま完全に仰向けとなった。

 チャックから飛び出した陰茎に気を取られ、大事なことを忘れていた。右足は、ミキサーからコンセントへと伸びているコードを巻き込んだままだったのだ。その状態で、体を右方へと回転させたため、コードを、強く引っ張ってしまった。

 作業台から、ミキサーが、真っ逆さまになって落ちてきた。

 それは一秒も経たないうちに、力一の体の上に着地した。そこは、彼の股間だった。最大限に勃起した陰茎が、上手い具合に、四段の金属刃の間をすり抜け、すぽっ、とガラス製の容器に収まった。

 遅れて、作業台から、フンサイニンニクが落ちてきた。どうやら、ミキサーがコードに引っ張られて動いた時に、ぶつかられ、その衝撃で転がったらしかった。

 ニンニクは、逆さまになったミキサーの台座部分についている、「ミキシング」ボタンに、どかっ、とぶつかった。

 アナウンスが流れた。「ミキシングを開始します」


   〈了〉

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