第4話 異夜・2

「ただいまッス……」


「おかえり、彩」


「ジュマ!」


 館のエントランスに戻ると、待っていた文姫ふみひめさんとジュマが私のそばへやってきたッス。


「どう、大丈夫?」


 あ、文姫さんが心配そうな顔をしているッスね。


「ええ、大丈夫ッスよ。主さんが心地良いかんじできれいに消してくれたッス」


 微笑みながら言う私。


 私に聞こえてきた声や頭に浮かんだ名前のことを考えていたのが表情に出てたみたいなんで、安心させようと思ったッス。


「ならよかったわ」


 文姫さんもそれにほっとしてくれたみたいッス。


「これからどうするの?」

「家に帰る?」


 扉を閉めて、イブさんヤエさんが訊いてきたッス。


「ちょっとお二人もまじえて方針を考えたいッスけど、いいッスか?」


「構わないわよね、イブ」

「そうね、ヤエ」


 顔を見合わせて確認すると、エントランスの中央に高価な感じの黒塗りされた木製のイスやテーブルが現れたッス。


「そんじゃ、よろしくッス」


 全員、そこに集まりそれぞれ腰を下ろす。


 イブさんヤエさんが並び、テーブルを挟んで私。


 文姫さんはテーブル上で自前の座布団ざぶとんに正座して、ジュマは私の足元で犬座りをしてるッス。


 そんな感じの配置ッスが、エントランス、広いッスからね。


 サッカーコート半分のど真ん中で話し合うようなもんなんで、ポツンと感は否めないッス。


「では早速、高介こうすけ氏のことを言うんで、イブさんヤエさんの意見を聞かせてほしいッス」


「分かったわ」

「言ってちょうだい」


 うなずきながら答えるお二人。


 そして私は高介氏の精神体が私を見ることができること。


 覚醒者かくせいしゃだと気づいた瞬間、瞳が紫になり魔物化した感じになったことを話したッス。


 無表情ながら真剣な目をさせて聞くイブさんヤエさん。


 私がこの二人に意見を求めたのは、主さんを守るため人外のものと戦っているからッス。


  高介氏のあれは世界夜セカイヤでありながら、魔の部分を含んでいるからだと思うッス。


 魔法犯罪者や夜獣やじゅうと戦ったことはあるッスけど、魔物と戦ったことはないッスからね。


 人外のもの、魔物と戦った経験のあるお二人なら何か分かるんじゃないかと思ったッス。


 文姫さんは守護の神霊しんれいで、ジュマは私の世話係なんでその辺りの情報は期待できないッス。


「────というわけッスけど、どうッスかね」


「心の隙に魔が入り込んだかもね、イブ」

「あるいは生まれたかもしれないわね、ヤエ」


 即答ッスね。


 しかも────。


「生まれた……ッスか」


「なるほど。それなら納得ね」


「まあ、探理官たんりかんさん自身も魔に対する抵抗力は強いでしょうし、建物も霊的に有害なものは遮断する結界が張られていたッスからね。外部からといのは考えにくいッス」


「精神体はその人の心でもあるし、強烈な感情から変質してしまうこともある」

「その感情が具現化して、紫の瞳やオーラといったものになった可能性もあるわ」


「つまり、高介氏の感情が魔物になっているんで、外部に反応する魔法のセキュリティを通り抜けるってわけッスか」


「なら、その魔物の部分だけ排除なり消滅させればいいってことね」


「理屈ではそう」

「ただ、感情であるがゆえに同じような情動があれば魔は再生する」


「うーん、お腹が空いて食べてもしばらくすればまたお腹が空くっていう感じッスかね」


「では、魔を生む元になっている感情をどうにかしないといけないわね」


「その人の人生に何か衝撃的な出来事があったはず」

「とくにあなたのような覚醒者に対して」


「出来事、てことは文姫さん」


 促すと、文姫さん頷いて答えたッス。


「ええ。長谷川高介は三年前に覚醒者の暴走で娘が障害を負っているわ」


 ────探理局へ潜入する前、文姫さんに教えてもらったッス。


 高介氏の娘、穂波ほなみさんは友達と一緒に魔法犯罪に遭遇。


 生命の危機にさらされ、友達が魔法の力に目覚めて犯人をやっつけたッスが、その力が強すぎてコントロールできず友達は自壊。


 余波によって穂波さんは左の手足失い、左目も失明してしまったッス。


 おまけに美しかった白い肌まで赤黒く変色したらしい……。


 心にも重度の傷を負い、そん時の恐怖と悲しみから心を閉ざして、いまは自宅マンションで寝たきり状態になっているみたいッス。


 だから覚醒者というもの全てに逆恨みのような気持ちはあるだろうって。


「────親子の情が違う形で表れたようね、イブ」

「そして、それは娘の方にも言えるわね、ヤエ」


「娘さんの方にもッスか?」


「ええ、そういう状況で考えられるのは娘の変貌に対する怒りと悲しみが魔の原動力となっている」

「娘が元に戻るか、怒りと悲しみを消し去る何かが娘に起きなければ状況は繰り返される」


「つーと、順番として娘さんの絶望を消して、それから高介氏の感情の魔物を仕留めるってわけッスね」


「そう」

「それで父親は改心する」


「そうなれば覚醒者への気持ちも緩和されて、彩、あなたが現実世界へ戻ったときに有利に働くわね」


「確かにッスね。でも、どうやって娘さんから絶望を消し去るかッス」


 イスの背もたれに寄りかかり腕を組む私。


 私が覚醒した能力、タタカイノキオクは瞬時に戦い方や技なんかをを出してくれるッスが、これは戦いではないんで、穂波さんへの解決方法は出てこなかったッス。


「確認するけど────」

「あなたのスピール、パイソンもあったわね」


「? ええ、持っているッスよ。ジュマ」


「ジュマ!」


 気合の入った返事と同時に、私が世界夜に来てからずっと使っているコルトパイソン357マグナム・スピールカスタムが、テーブルの上に現れたッス。


「これがどうかしたッスか」


「ちょっと見るわよ」

「いいかしら?」


「いいッスよ」


 私が許可すると、ヤエさんがパイソンを手に取りシリンダーをスイングアウト。


 イブさんは覗き込むようにしてシリンダーを見たッス。


「いけるわね、イブ」

「そうね、ヤエ」


 そう言うとヤエさん、シリンダーを戻し、パイソンを私の目の前に置いたッス。


「ありがとう」

「お返しするわ」


「あ、はい」


「絶望を相手にするにはちょうどいい物があるの」

「あなたにお貸しするわ」


 そう言うと、ヤエさんの右手からスピールの効果筒こうかとうが現れたッス。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る