コンノアヤミ その1

 真夜中の街灯は対岸の火だ。どこか遠くて、虚構じみている。曇った窓から滲むようなそれを眺めていると、幻を見ているような気持ちになる。もっとも、それはやはり街灯のある向こう側のことなのであって、私の方はそんな幻想的なものとは程遠い。

 広い車内には、不健康な匂いと大音量の下手くそなギターの音が充満し、ファーストフード店のロゴが入った紙袋や包み紙があちこちに多数転がっている。そして間抜けな猿みたいな面をした男女が、私を含めて六匹。雄猿三匹、雌猿三匹。私は雌猿のうちの一匹。

「――そんでさあ、俺、言ってやったわけよ、それって何年何月何日、地球が何回回ったときなんだってな」

 助手席に座っている大柄の猿がそう鳴き喚いて唾を飛ばす。マツドという名前の猿だ。いつもくだらない鳴き声を上げている。

「あははっ、あんたってほんと馬鹿ねえ。まあそういうとこが好きなんだけど」

 マツドに真っ先に同調するのは、タニオカという名前の雌猿。こいつはどうやらマツドと付き合っているらしい。暇さえあればよろしく盛っているのだろう。

「お前さあ、もうちょっと真面目にコミュニケーションの勉強した方がいいんじゃねえの? そんな舐めた態度繰り返してたら、そのうちシメられるぞ」

 車内中ごろの後部座席、私の隣に座るイケハラとかいう雄猿は諭すどころか明らかに茶化すような口調で言う。本人は何気なさを装おうとしているのだろうが、あからさまに下心のある手つきで私の肩に手を回そうとしてきたから、やんわりと払い除ける。

「だーいじょうぶだよっ、マツドくんは喧嘩強いから」

 マツドの代わりにそう答えたのは、私とは反対側の、イケハラの隣に座っているハマグチとかいう雌猿。すでに二十歳だというのに、派手派手しいピンク色のリボンで結ばれたツインテールが痛々しい。幼児が着るようなごてごてのスカートもまるで似合っていない。メイクも濃すぎて歌舞伎役者みたいだ。これでも本人は可愛いと思ってやっているらしい。そんなハマグチは、不自然にイケハラに身体を寄せ、特にその大きくも何ともない胸を押し付けている。イケハラは満更でもなさそうなにやけ面で、ハマグチの肩に手を回している。

「あれ? というかヤシロ、これどこ向かってんの? 今日あの曰く付きのトンネル行こうとか言ってなかったっけ? 方向、逆じゃね?」

 しなしなのフライドポテトを噛み千切りながら、マツド。

 すると運転席で今まさにこの車を運転しているヤシロという猿は、低い声で笑った。

「ちんけな心霊スポットなんかよりもずっと良いところ、見つけちゃったからさ、まあ楽しみにしててよ。少なくとも損はさせないよ」

 そうにやつくヤシロの気取った顔が、ルームミラー越しに見える。私は少しばかり不愉快な気持ちになったので、再び視線を車窓越しに流れていく景色へと戻す。煌々と闇夜に踊る街灯の灯りが、吹き飛ばされるように次々と通り過ぎていく。

 私はまたその届かない幻想に浸りながら、ひたすら去っていく灯りを目で追っていた。

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