見習い神様の教室

ハクノ

Lec.1 少女で教師な彼女と平均値で透明な彼

Lec.1-1 少女で教師な彼女と平均値で透明な彼

『命力・命術学基礎 巻頭挨拶』


 命力・命術とは、我々の生きる世界”エメリア”にとってごくごく当たり前の物質・力場・エネルギーです。ありとあらゆる生命体、物体、そして更には大気中にも存在し、全てを構成しているものです。また、名に違わず、命力を吸収することにより我々は生きることができるのです。

 命術はその命力を媒体として扱うことができる技術です。この技術のお陰で我々の生活は便利で快適なものとなっております。火を付けたり、水を出したりと、生活の一部となっています。そして今尚、生活を便利にするために新たな命術が開発されています。


 しかし、これまで述べたことは、この著書を読んでいるあなた達にとってごく当たり前のことであり、今更説明されるまでもないかと思います。しかし、基礎というもの何よりも大切なことです。学問として改めて理解し、今後の糧とするため、今一度理解し自身の力として身に着けるようしてください。


§


 春。新しい季節。新緑溢れる出会いの季節。

 僕は隣国カルバリオより馬車で三日。目指す場所はアランド王国。そこには、設立約二十年と新しい大学がある。名前は”王立セレスティア学園”。新たに始まるキャンパスライフに期待と不安を胸に抱き、これから生活するアパートの前にたどり着いた。

木造、二階建て、外からは八枚の扉があるが表札がついているのは二つのみ。一つはもちろん自分の名前。一階右から二番目にある。もう一つは女性の名前、一階の右端の部屋だ。僕が契約する前はほぼ全室埋まっていたが、前年度の卒業生が退去したことにより残った一人と、僕だけになってしまった。まぁ、だからと言ってこの新生活に困ることはないのだが。

馬車から降り、持ってきた最低限の荷物である衣服を手に取り、部屋へと入った。


 そう言えば、僕がこの学園に入学することには、両親からも強く反対され非常に骨が折れたことを思い出した。「何故、わざわざ隣国にまで行かなければならないのか?」だとか、「命術科に入る意味はあるのか?」だとか。確かに、新しく出来た学園であり、実績が少ないは事実だし、勉強しようと思えば近くに大学もあった。ただ、やりたいことは何か?と考えた時に真っ先に思い付いたことが”命術”の研究だった。

”命術”はこの世における基本的な技術の一つだ。しかし、これを扱うには手順というものがある。まずは術を自身にインストールする必要がある。この第一歩、その第一歩こそが正確に教わることがないため、若い頃は命術を扱えない人が多かったりする。その工程を行うことで、何時どこでもインストールした命術を発動できるようになる。その後、命術の安全解除コードである、”詠唱文”を唱えることで命術の発動ができるようになる。

 僕が小さい頃、友人らを連れて裏山で遊んでいた。住んでいたのはカルバリオの辺境でアランドとの国境付近。この辺りはアランドの森林地帯に非常に似た環境であるため、機械工学が発達した国でありながらも、至る所に工場、研究施設が立ち並ばず、カルバリオとは思えないほど緑が生い茂る田舎である。そんな山の中でモンスターに遭遇したことがあった。小型のサーベルウルフだが、それは子供にとっては非常に危険極まりない存在である。唯一、命術を覚えていた僕がとっさに唱えた”ファイア・ボール”。見事命中、撃退し、無事帰ることができた。その経験というのは、子供ながらに強い自信を持つ重要な出来事になった。

昔から僕は、何をやってもしか出すことができない。上位の人からは「まだできるだろうと」言われ、下位の人からは「羨ましい」と言われる。しかし、それがずっと続くとどうなるか。それは”透明”になってしまうのだ。誰にも注目されず、誰にも目を付けられることもない、そこにいるのにいないとして扱われるのだ。そんな中、命術で助けた、ヒーローになったということは何よりも自分の存在意義を作るものとして強く、とても強くなっていた。それは一種の崇拝に近いものなのかもしれない。それでも僕は、”命術”というものに強く惹かれてしまっていたのだ。


 そんなことを考えながら、少ない荷物を片付けが終わった。

「せめて、お隣には挨拶しておかないとな。」

ちょうど入学式の前日でもあり、特段用事がなければ家にいるだろう。そんな軽い気持ちで隣の部屋の扉をコン、コン、コンと三回ノックした。

「はい?」

女性の声と同時にキィと扉が開いた。

中からは赤い髪の、柔らかい表情の女性がゆっくりと出てきた。

「初めまして、隣に引っ越してきたカレルと言います。明日からこの学園の一年生です。よろしくお願いします。」

「あら、明日もう入学式だったの。」

と、とぼけ顔で答える。

「初めまして、私はアネットと言います。私、三年だから、分からないことがあったら気軽に聞いてね。」

笑顔で手を振りそのまま挨拶は終わった。正直、優しそうな人だったから安堵している。始めての一人暮らし、少しでも頼れる人がいるのは心強い。また、困ったことがあったら相談してみよう。一安心したところでお腹がすいた。

「さて、お昼どうしようか……」


§


 翌日。入学式。

「皆様、ご入学おめでとうございます。」

初等科、中等科、高等科、大学と合わせると二千人単位の人間がいるため、たとえ広い体育館でも入りきらない。そのためか、中庭で式が取り仕切られている。簡易的に作られた檀上で女性が喋っている。この学園の理事長なのだが、日差しが強く顔が見ない。

入学する際に、多少なりとも調べていたのだが、どのような人だったかどうも思い出せない。確か、国王陛下が理事長をしているとのことらしい。

「皆様の門出を祝福いたします。ようこそ、王立セレスティア学園へ。」

理事長の祝辞と共に入学式は幕を閉じた。

その後の予定も決まっているらしい。まずは、この命術科の先生たちの挨拶。指定された教室へ向かう。その後、図書館に行って各教科の教科書の購入。これは午後からになるだろう。


 指定された教室に着くと、ほとんどの席が埋まっていた。とはいっても、前列席はほとんど空いている。何となく前に座りたくない気持ちは分かる。

仕方なく、前三列目の席に腰かけ、腕時計を眺めながら時間が経つのを待った。その後、数人の学生が入り、そして先生たちも教室に入ってきた。雑談していた学生たちの口も閉じ、黒いローブを着た年配の男性が口を開いた。

「お集りのようですね。それでは、始めましょう。まずは、我々の自己紹介をさせていただきます。」

並んだのは五人の男性。

まず、年配の男性の名前はウェニッジ。命術科の学科長を務めている。

次に、隣の黒ローブの男性はライナック。彼は攻撃術について研究している。

その次は、隣の黒ローブの男性はミレス。主に術の制作をしているとのこと。

そしてさらに次、隣の黒ローブの男性はトールス。術ランクの監査官と言うものをしている。

最後の黒スーツの男性はリオンと名乗った。臨時講師であるとのこと。

「本来はもう一人、女性の教師がいらっしゃるのですが……」

と口ごもる。

「彼女は非常に忙しい方でして、本日は用事があるためこの会には出席できないと連絡を受けております。早い方では、明後日には彼女の講義を受けることになるでしょう。」

そのまま言葉を続ける。

「本来は、彼女のような聡明な方が学科長の席に就くのですが、彼女は辞退されましたため、私が甘んじてこの席に就いているわけです。きっと、私達では分からないことでも、彼女なら皆さんの力になってくれるでしょう。」

へぇ、そんなすごい先生もいるんだな。

その後も、他の先生方からの挨拶は続いた。挨拶はテンプレ通りの「入学おめでとう。」だとか「頑張りましょう。」だとか、今日だけで何回聞いたことか。しかし、リオンと言う臨時講師だけはちょっとニュアンスを変えてきたので耳に残った。

「君達は間違いなく努力してきた。ただ、今ここでスタートラインに着いただけです。これからも努力を続けてくれ。」

非常に高圧的な物言いだけど、その言葉自体は間違いではない。僕たちの学生生活はここからなのだから。きっと、あの臨時講師も色々と経験してきたのだろう。なんだかそう感じた。


§


 昼過ぎ。昼食は購買で買ったサンドウィッチを頬張りながら、学園内を散策していた。学生にとって、コイン一枚百セル程度で昼にありつけるのは非常にありがたいことだ。それにまだ、今日の仕事は終わっていない。

と言いたいところだが、時間にはまだ余裕がある。きっとだが、今図書館に向かったとしても他の新入生たちも沢山いることだろう。それにまだ、この学園のことも何も知らない。いい時間だ。少しでも理解するためにと色々と周ってみよう。

広い食堂。ここは初等科から、中等科、高等科、そして大学が全ての施設が存在する。そのため、全学生と教師が食事できるようになっている。そして何よりも安い。お任せ定食なら二百セルで食べることができる。今後は食堂も寄ってみるか。

研究棟。これは、研究室に所属することになってから使うところだろう。外から見るだけで探索するのは諦めた。きっと、もう二、三年後なのだろう。

他にも、大きな体育館、グラウンド、多くのトレーニング器具があるトレーニングルーム。広いスペースの自習室。そして、命術訓練場という場所がある。

ゆっくりと回った結果、新入生と思われる学生たちの姿は消え、日も暮れ始めていた。教科書販売終了まであと少しだ。

「さて、教科書買いに行かないとな。」


 教科書は大図書館で購入することになる。この大図書館、この学園の切っ掛けになった施設であり、元はアランド王国の歴史をまとめる為の施設としていたらしい。しかし、ただ残すだけでなく、伝えることも重要だと考えたらしく現在の学園を作ったみたいだ。

五階に向かう。中央吹き抜けになっている螺旋階段を上っていく。目的の階に着いた目の前に、教科書販売のために待っていた職員と、数人の学生がいた。なんだ、僕と同じことを考えていたのか。指定された教科書一式を買い、更に大図書館を巡ってみた。自習用の机もあり、非常に静かだ。ここなら、課題をやったり自習をしたり、何より読書を楽しめる。特に今は顕著だ。まだ講義が始まっていない上、ここにいるのは教科書を買い、フラフラと歩き回っている僕ぐらいだからだ。

一周りし、そろそろ降りようかと思っていたところ、さっきは職員が陰になって見えなかったが、丁度夕日が差し込む机が一台ありそこに人影を見た。女性が、非常に小柄な少女一人、読書していた。外見は僕よりも若く見える。高校生くらいか?端的に言えば美少女。赤い夕陽に肩くらい程の長さの蒼空あおい髪に当たる。右手で髪をかき上げる姿に目を奪われた。瞳は深い蒼。深海のように吸い込まれるような色だ。思わず見とれ立ちすくんでしまった。

「あら、あなたもここの学生さん?」

彼女はこちらに気付き微笑みながら声をかけてくれた。きっと顔が紅潮していただろう、熱くなってしまった僕は何も言葉返すことなくその場を離れた。背後からフフッと笑い声が聞こえた、きっと彼女の笑い声だろう。


§


 翌々日。早朝、快晴。

先日から講義が始まったものの、まだ講義要綱の説明のみでまともな授業は始まっていない。しかし、数学のみはクラス分けという名目の小テストが執り行われた。正直なところ、このタイミングのテストはキツかった。この学園に合格した後、最低限の勉強すらしない生活だったため、殆どの事柄が頭から飛んでいたのだ。

一コマ目の講義が行われる場所は中庭を通ったほうが速い。ただ、先日からなのだが、中庭では部活動の勧誘活動が行われている。そのため、先日ゆったりと散歩できた中庭の姿はない。

至る所に部活動のポスターが貼られている。新聞、園芸、山岳……アランド故に剣闘士部なんてものがある。古くから力を示すための舞台として闘技場が存在し、今尚多くの剣闘士たちがここで汗と血を流し観客を熱狂させている。

ただ、僕には運動は向かないだろうな。そう思いながら、文化部系のポスターを眺めてみる。ほう、演劇部……いや、スーパーヒーローを演じてみないかって、なんだこれは。

「テメェ、何しやがるんだ。」

ん?

「お前……俺達にやったことを忘れた訳じゃないだろうな。」

後ろで怒号が聞こえる。

そこで、ガラの悪そうな二人が口論している。一人は胸倉を掴んでにらみつけている。

あぁ、この学園にもこんな人たちがいるのか、お近づきにはなりたくないな。

「んだよ、テメェのコトなぞ何も覚えていねぇ。とっとと手を放せ。」

胸倉を掴んでいた手を振りほどき、そのまま歩き出そうとしたその時。

「聞き分けのない奴だ。」

胸倉を掴んでいた男性が、胸ポケットから何かを取り出した。


パァン……


 一瞬の空虚。空気を裂く大きな炸裂音があたりに響く。

顔を青ざめて、腹部から血が噴き出し、膝から崩れ落ちた。

「何……し、やが……」

そして、うつ伏せに倒れた男性を中心に、赤黒い血がジワリジワリと広がる。

「キャアアアアアアア!!」

女子生徒の悲鳴が響き渡る。あまりの突然の事態に僕の思考は硬直した。何が起きているんだ。

ふと目に入ったのは、胸倉を掴んで攻撃した男性の手元。その手には見覚えのある形があった。丁度軽く握った程度に収まる手持ち部分、そこにつながる円柱状のドラム、力強く押し出すための小さなハンマー、そして標的を狙うための砲身。

「拳銃だ……」

その銀色に鈍く輝く殺意の結晶は、砲身から煙を吐き出し、男性を撃ち抜いたのだった。

拳銃を持った男性はそのまま何処かへ歩き出していった。こんな光景を見てしまったら怖くて足がすくむ。彼が立ち去った頃を見計らって、撃たれた男性の元へと駆け付けた。

「大丈夫ですか!?」

直ぐ様、仰向けにしたものの明らかに大丈夫ではない。視線が合わない瞳、空いたまま泡を吹いた口、強い痛みによるショックと大量出血のせいで彼の意識は完全に飛んでいた。右手で左の腹部を抑えている。しかし出血は収まる様子はない。

「誰か、誰か助けをお願いします!!」

今この瞬間に治癒術を使えないこと、それが非常に悔しい。もし使えたとしても、適切に扱えるのだろうかすらも不安だ。だからこそ、今できること。助けを、助けを。

「どうかされましたか?」

背後から女性の声が聞こえた。そして隣にしゃがみこんだ。それを横目で見ると、見覚えのある人物がいた。先日図書館にいたあの蒼空あおい髪の少女だ。

「あの、どうかされましたか?」

「この人が、この人が拳銃で撃たれたのです。早く、早く手当てを。」

「ええ、分かったわ。」

そうすると彼女は慣れた手つきで彼の状態を見始めた。そして、手の平から淡い光を出した。治癒術だろうか、彼の容態が……変わらない。

「どうして!?」

彼女は首をかしげる。その後、何かを閃き、感心したかのように頷いた。

「へぇ、よく考えたわね。」

「何で冷静になっているのですか?まだ、血が止まらないのですよ!!」

彼女は微笑んだ。そして、右人差し指を突き出し、彼の脇腹をくすぐりだした。

「いったい何を!?」

「ぐ、あはははははは。」

さっきまで倒れていた男性は笑いながら跳ね上がった。

一体何が……

「まだそこに隠れているなら早く出てきて。新入生、驚いちゃっているじゃない。」

そう彼女が発すると、建物の陰から、例の拳銃を持った男性が歩いてきた。

「もうバレちゃったか。やっぱ流石ですね。」

「毎年、色々なアイデアを試してみるのはいいのだけど、やりすぎはいけないよ。」

「え、ちょっと、これはどういうこと。」

整理が追い付かない。何故三人して和気藹々と喋っているのだろうか。

「それじゃ、事の顛末を説明しましょう。」

そう言って彼女は彼ら二人に手を向けた。

「彼らは”演劇部”。そして、拳銃は木製のおもちゃで、発砲音や煙、吹いた泡や血もすべて命術を使っているの。」

「そして、俺たち二人は演劇部の勧誘活動の一環としてこんなことをしていたわけさ。」

確かに簡単に注目の的になるだろう。現に自分自身がその世界に引き込まれているわけだから。

「勧誘なら、わざわざ大騒ぎになるようなことをしなければいいのでは?」

率直な疑問をぶつけてみた。

「確かに、君の意見はごもっともだ。」

「ただ、俺達は普通に演劇をしているんじゃない。特別な演劇をやっているのさ。」

「なんせ俺たちが作っているのは……」

そうすると二人は大きく腕を振り始めた。一人は両足は肩幅かつ中腰、右腕と左腕を地面と水平に伸ばし、そこから右腕を自分の顔の方向約四五度に向け強く握りしめる。もう一人は左手は腰のあたりで握りしめ、右手を左斜め上へと突き出しそのまま右方向へ九〇度。その後、右手を腰に、左手を右斜め上へと突き出す。

「スーパーヒーローショーだからな!!」

ポーズを決めたと同時にとんでもないドヤ顔を決めてきた。血まみれになったTシャツから未だに血が噴き出しているのにもかかわらず。

あぁ、でも確かに必殺技が決まった時に爆発させたり、演出効果を与えるためにやっているのなら納得できる。

「二人とも普通に勧誘活動したらどう?あと、早めに着替えておいてね。」

「はーい。」

なんとも気の抜けた返事に愕然とした。そして、そのまま二人ともこの場から退散したのであった。しかし、もう一つ僕の中には解決できていないことがある。

「もう一ついいですか?」

「何?」

「僕が知っている命術っていうのは、もっと強力なもので、モンスターすら軽く吹き飛ばしてしまうものです。」

そう、命術とは強い攻撃の技術。その側面しか僕は知らない。

「こんな、演出に使えるような命術って存在するのでしょうか?」

そして、今のような小威力、効果用途が限定的なものなんて僕は知らない。

そんな疑問ですら彼女は簡単に解決してくれる。

「あれは、彼らが作ったオリジナルの命術だからね。」

彼女が言うには、トリガーを引くと同時に風の命術、”エア・ボム”のような爆発するような命術を使ったのだろう。よくよく考えれば、ハンマー部分が激突するタイミング、金属音が聞こえるはずなのだが、軽い音、空気の破裂音以外聞こえなかったような気がする。その観点からも本物の拳銃ではなくおもちゃではないかと推測できる。その後、砲身内に仕込んでおいた少量の可燃物に火を付けて煙を出す。もちろんこの火も命術を使うのであろう。一方、撃たれた側も同様にタイミングを合わせ”ブラッド・ボム”のような闇の血を操るような命術で血が噴き出しているように見せる。確かに、吹き出し方が非常にド派手だった気がする。その後は、”ブラッド”系列の命術を使い、血が漏れているような状況を作り、傷口と設定した場所を手で塞げば、今回の現場が出来上がるのだ。また、誰かが抱きかかえて仰向けにしたならば、水の命術”バブル”系列の命術で失神している様子をリアルに再現することもできる。

尚、このオリジナルと言うところがミソになっている。本来、命術の発動には”認証”、”安全装置解除”の役割がある”詠唱”を一部例外を除き行わなければならない。その例外の一つとして、オリジナルの命術を使うという行為がある。オリジナルであるならば、既に作成した本人が発動しようとしているわけだから”認証”自体は完了している。更に、”安全装置”と言うものはこの命術のことを理解しているか?という点で判断されている。そのため、この点もすでにクリアしていたのだ。この観点からしても使をしていると怪しまれる可能性は低く、よりリアルに感じたのだ。

「と、言うわけなのだけど理解できた?」

確かに、今回の事象は彼女の言ったことで全て説明がつく。

「はい。」

「さ、もうすぐ一コマ目始まっちゃうよ。」

そう言って彼女は微笑み、そのまま教室棟へ向かい歩き始めた。


「助けてもらってありがとうございます。あの、先輩……?」

正直なところ、名前も知らない上にどう言葉をかければ分からなかった。だから、つい思わず”先輩”という単語を使ってしまった。その言葉に彼女は軽く微笑んだかのように見えた。

「確かにあなたよりもちょっと先輩ではあるけど。」

「あれだけ命術のこと詳しいなら、命術科なんですか?」

「えぇ、そうね。」

「勉強していけばこんなことも分かるようになるんですね。」

フフッと笑ったようにも聞こえる。

「それじゃ、私も準備があるから。」

「またね」と、彼女は手を振り駆けていった。


§


 急いで教室に入った。既に、講義開始のベルは鳴っていたので、教室は埋まっていた。やはりというか、前方の席だけは空いていた。

「遅かったじゃないか。」

「ちょっと道草食ってね。」

隣に座っているのは、レイモン。同じ命術科で、先日偶然食事をしたところ同郷の人間だとわかり意気投合した。彼の実家は機械工であるのだが、「色々なものを勉強したい。」と考え、全く違う道である命術の勉強の為、ここに来たのだ。

「何だよ、中庭の部活動の勧誘にでも捕まったのか?」

「まぁ、そんな感じかな。」

とりあえず、リュックサックを下ろし、ペンケースとノート、先々日購入したばかりの教科書を取り出した。

「そう言えば、この前話したあの人と少しだけ喋ることができたんだ。」

「図書館で会ったという、あの女の子か。」

「そうそう。」

喋っている時、思わず口が緩んでいたのだろう。

「どうやら命術科の先輩みたいなんだ。知識豊富でさ、可愛いし。」

ガラガラと扉が開く音が聞こえた。

「なぁカレルさぁ、お前の言っている人って……」

そう、レイモンが指差した先、教壇。そこにはついちょっと前に「またね」と別れたばかりの彼女の姿があった。

「遅くなってごめんなさい。ちょっとトラブルがありまして、遅れちゃいました。」

走ってきたのだろうか、息が切れている。大きく息を吸い肩で息を吐いた後、深い海のような瞳でこちらを見つめた。

「命術科で教師をしています。ユウナ=シャルティエトです。先日は皆さんに挨拶できなくてごめんなさい。これから、一緒に命術のことを勉強していきましょうね。」

彼女は右手を胸を当て、左手でスカートの裾をつまみ深々と挨拶をした。その後、満面の笑みをこちらに向けると、着席していた男子使徒達は「うおおおおおお」と叫びながら立ち上がった。

その間、僕は口を開けポカンとしていた。そんな姿を見た彼女は、こちらを見て優しく微笑んだ。

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