どうか、今夜の星は流れなかったことにしてください

池田蕉陽

プロローグ



「ネコほしいネコほしいネコぉ……あーまたダメだった」


「惜しかったねゆめ。次こそ本当にいけそうだった」


「ダメだよ兄ちゃん。だってお星さまはやすぎるんだもん」


 星空に向かってマシュマロのような頬を膨らませる夢。そらはどうにかして妹を喜ばせないものかと頭を働かせた。


「そうだ。いいこと思いついた」


「どうしたの兄ちゃん」


「待ってろゆめ。兄ちゃん天才かも」


 マンションのベランダからリビングに入り、机に置いてあったキッズスマホを手に取った。一昨年のあの日を契機に、父の剛典たかのりから持っておけと言われたのだ。


 ベランダに戻って夢の横に座り直すと、天は携帯をカメラモードにして構えた。彼はビデオに切り替え、録画ボタンを押す。


「なにしてるの兄ちゃん」


「しっ、今撮ってるから」


 しばらく天は携帯と睨めっこしていた。録画を始めてから7分が経過している。途中で剛典から『もうすぐ帰る』というメールが届いたが撮影を続けた。


 父が遅くなるのは、今朝に聞いたことだ。理由を話さなかったが、近頃の父の浮ついた様子から予想はついていた。それについ先日「新しいお母さんが欲しくないか」と剛典から聞かれたばかりだった。


 そのことについて考えていると、スマホの画面を流れ星が通過した。彼は無理矢理気分を上げるため「よし」とガッツポーズを決め、録画を停止した。


「ゆめ、撮れたぞ」


「えっ」


 既に飽きて人形遊びをしていた夢が、それを捨て、天の元に駆け寄った。


「見てろよ」


 天は先程録画したビデオを再生し、流れ星が流れる寸前までスキップした。その後は普通に再生するのでなく、スローモーション機能を使った。


「今からすごくゆっくり星が流れるからな、これならゆめだって3回となえれるだろ?」


「ほんとだっすごいゆっくりっ、でもこれ、ズルじゃないの?」


「ズルなもんか。兄ちゃんが天才なだけだ。だからゆめは、好きなだけ願いを言っていいんだ」


「ほんとに?」夢は目を輝かせた。「じゃあじゃあ、ながーーーいお願いごとでもいいの?」


「もちろん」天は頷いた。


 携帯の画面では、既に0.1倍速で星が流れている。夢はどういう願いを唱えるか決まったらしく、携帯を両手に持って、大きく息を吸った。


「ママが帰ってきますように!ママが帰ってきますように!ママが帰ってきますように!」


 3回唱え終わって、夢は満足気な顔をした。


「これで、ママ帰ってくるよね?」


 まだ五歳の妹は希望に満ちた表情を兄に向けた。小学四年生の兄はぎこちない笑顔を返すしかなかった。ママはお星様より高いところに行ったんだよ、という剛典の言葉を夢は一生忘れないだろうとこの時天は思った。


 もうママは帰ってこないんだ――天は妹の心に投げかけた。

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