四月二日
朝の教室で、
「城崎さんはさ、『口裂け女』って信じる?」
隣りの席の
「……いたら面白いと思うけどね。ぜひ、マンガで描いてみたいわ」
筆を止め、ハルカはジュンイチからの問いに返事をした。
「でもさ、何か怖くない? 真っ赤なコートを着た女がさ、いきなり鎌持って襲ってきたらさ」
「そうかしら? むしろ、シュールで
「えー、怖いでしょ。しかも、マスクを取ったら口が耳元まで裂けてるんだぜ? 不気味じゃん」
「わたしは、その”口裂け”を見てみたいわ。鎌で口を裂いたら、どんな傷口になるんだろうって」
「城崎さんは本当に、マンガを中心に世界が廻ってるんだね」
ジュンイチは笑いながら、ハルカの手元に視線を移した。
「……それ、今日は何の絵を描いてるの?」
「ああ、これね。次のマンガのネタを描いてるの。まあ、何を描くかで迷い中ってところだけど」
ハルカがスケッチブックをパラパラとめくると、これまで描いてきたマンガのキャラクターデザインやネームなどが描かれていた。
「昨日も見せてもらったけど、本当に絵がめっちゃ上手だよな。すげー!」
「ありがとう。わたし、絵くらいしか取り柄ないから……入院中、ずっと描いてたしね」
そう言うと、ハルカはパタンとスケッチブックを閉じた。
「てかさ、学校来て大丈夫なん? 体調的にさ。去年一年間、ずっと休んでたんだろ?」
「主治医からは許可もらってるし、
「まあ、無茶はすんなよな? 何か手伝えることがあったら、遠慮なく言って? 俺、力になるし」
ジュンイチは
「ありがとう。とても助かるわ」
ハルカもまた、微笑み返す。
これまでずっと春は嫌いだったが、なんだか今年はいつもと違う気がした。
☆
「ねえ、あの二人何だか打ち解けすぎじゃない?」
女子トイレで
「そう? クラス委員長として話しかけてるだけじゃない? 木下君、誰に対しても優しいし」
「……ってかさ。城崎って中一の時、何組だったの?」
手を洗いながら、
「えー……あたし知らないけど? 二組にはいなかったし」
「そうなん? 一組でもなかったよ」
「じゃあ、三組か四組のどっちかってこと? 誰か知ってる奴いないかな?」
「……ちょっと探しとくわ」
女子三人組が会話を終えて教室に戻ろうとした時、鏡のすみに人影が見えた。
「わたしが何か?」
「うわっ!?」
声がした方向に振り向くと、白いマスクをつけた長い髪の少女がそこにいた。
綺麗な黒髪に切れ長の目、透き通るような白い肌。
背丈はコトミより一回り低く、体型はもやしの様にやせ細っている。
「わたしの話をしていたようだけれど?」
人影の正体は、ハルカだった。
「驚かせんなよ……てか、いつからいた?」
「さっきから」
ハルカは洗面台の前まで進み、手を洗い始める。
「あんたさ、中一のとき何組だったわけ? うちら、誰もあんたのこと知らないんだけど」
コトミは腕を組み、顔を
あゆみとミナも、ハルカを不審がっている。
「四組だったわ……といっても、一度も出席してなかったけれど。去年はずっと、入院してたから」
「ふーん……」
ハルカからの返答に、コトミは空返事をした。
コトミは、クラスの女子の中で一番背が高い。
ハルカと並んで立つと、更に際立つ。
赤髪のおさげに、きつめのつり目。校則を無視するほどに短い丈のスカートを履いている。
あゆみとミナも髪を茶色に染め、同じような服装を着ている。
そんな三人がハルカを取り囲むようにして話している様子は、傍から見るとカツアゲに見えるかもしれない。
「……まあ、いいけどさ。木下君と馴れ馴れしく話すの、やめてくんない?」
「どうして?」
ハルカはハンカチで手を拭きながら、コトミに聞き返した。
「ど、う、し、て、も」
コトミの言葉には、有無を言わせない威圧感があった。
☆
「素晴らしい! ビューティフォー!」
美術の授業中、唐突に美術教師の田口が声を上げた。
その手には、ハルカのクロッキー帳が握られている。
「ありがとうございます」
「え? オレ、こんなにカッコイイか!?」
向かい側に座るジュンイチが、ハルカのクロッキー帳を覗き込んだ。
新学期最初の美術の授業は、二人一組になってクロッキーを描くというものだった。
ハルカは、隣りの席のジュンイチとペアを組んだ。
「えー、マジ? ぼくにも見せてー」
「俺も見たい」
クラス中の男子が、ハルカの周りに集まった。
「城崎さん、絵めっちゃ上手いね! プロみたい!」
「ぼくも描いてほしいわー。ツイッターのアイコンにしたい」
これまでずっとシーンとしていた美術の授業だったが、ハルカの出席により、急に賑やかしいものになった。
「城崎さん、マンガもめっちゃ面白いんだぜ? 昼休み、見せてもらいなよ!」
ジュンイチは、周りの男子たちにそう言った。
その光景を、クラスの女子たちは呆然と見つめていた。
☆
「城崎ってさ、やっぱ調子にのってるよね」
昼休み。自分の席で絵を描いているハルカを眺めながら、コトミが言った。
ハルカの周りには男子が集まっていて、彼女のマンガを回し読みしている。
「そうだねー。ちょっと絵が上手いからって、あれは調子のりすぎかもね」
あゆみがそう答えると、周りにいた他の女子たちも首を縦に振った。
「中一のときは、一日も登校しなかった病人のくせにさ」
「それな」
あゆみとミナも、コトミの意見に同調する。
コトミはハルカの周りに集まっている男子たちに視線を向けた。
その中には、コトミが密かに片思いしているジュンイチの姿もある。
ジュンイチは満面の笑みを浮かべながら、ハルカに話しかけていた。
ジュンイチがマンガ好きであるということを、コトミは全く知らなかった。
サッカー部のエースである彼が、教室でマンガなんてものを読んでる姿を見かけたことがなかったからだ。
去年一年間、同じクラスでずっと彼のことを見ていたのにも関わらず、コトミはジュンイチのことを何も知らなかったのだ。
コトミはぐっと歯を食いしばって、顔を下に向けた。
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