読む前には感情ペットをちゃんとヒモにつなげておけ!
ちびまるフォイ
理性的な感情
「見て、あなた。この子の感情」
「すごいな、こんなに感情ペットが大きいなんて。
これほど感受性に優れているのは見たことがない。
将来はきっと大物になるだろう」
生まれた子供の小さな手にはリードが握られていた。
リードの先は感情ペットの首輪に繋がれていた。
子供の成長に合わせて感情ペットも大きくなっていった。
生まれてからずっといる感情ペットは相棒のような存在。
ある日のこと両親は学校へ呼び出された。
職員室に入ると子供の感情ペットが吠えていた。
感情ペットが吠えることで連動して子供は泣きじゃくっていた。
「先生、これはいったいどうしたっていうんですか」
「実は今日の休み時間、男子に茶化されてケンカになったんです」
「うちの子が?」
「いえ別の子です」
けれど泣いたままになっているのは自分たちの子供だった。
当事者の男子や女子はケロリとして、感情ペットもおとなしい。
荒れ狂っているのはうちの感情ペットだけだった。
「別の子の感情ペットが一時的に暴れたんですが
それに感化されてお子さんの感情ペットも凶暴化したんです」
「あなた……」
「しょうがないだろ。うちの子の感情ペットは大型なんだ」
他人よりも感情ペットのサイズがデカいと感受性も高くなる。
ほかの人の感情にも敏感になるし影響もされやすい。
それでも両親はそれを個性として受け入れて育てていくことにした。
子供が大きくなると、感情ペットもますます大型化していった。
せいぜいひざたけほどしかない背丈の感情ペットが大半の中、
四つん這いのクマほどの大きさの感情ペットは異質だった。
「お母さん! 私もうこんな感情ペットいや!!」
「どうしたのよ。学校でなにかあったの?」
「どうして私だけこんなに感情ペットが大きいの!?
学校で私なんて言われているかしってる!?
ヒステリックバカって言われてるのよ!!」
「それは……しょうがないことじゃない。
感情ペットが大きいってことは、それだけ感情が優先されるんだから」
「私もみんなみたいに手懐けやすいサイズがよかった!!」
娘は巨大化した感情ペットに引きずられるようにして部屋に戻った。
もはや主導権は本体ではなく感情側になっている。
いくら理性で制御しようとしても、感情ペットの暴走に歯止めは効かない。
「もういや!! こんなことなら生まれてこなければよかった!」
感情に振り回されて部屋の中をめちゃくちゃに壊す。
感情ペットが好き放題暴れ、自分の大事なものも感情の波に乗せられ壊してしまう。
感情ペットが寝静まる頃にはやっと冷静になれて、
廃墟同然となった自分の部屋を見て落ち込んだ。
「どうすればいいんだろう……」
もはや理性でどうこうできるサイズの感情ペットではない。
けれどこのまま成長してしまうとますます感情主導になってしまう。
怒った拍子に人を殺してしまうかもしれない。
どうにかして感情ペットを小型化する方法を探した。
翌日、食卓へとやってきた娘は生気がなかった。
「おはよう。朝ごはんできてるわよ」
「……いらない」
「ダイエット中?」
「……」
最初は昨日のケンカをひきずっているのかと思ったが、
何週間もその状態が続いていることに両親は不安を感じていた。
しだいに言葉も発さなくなり、部屋にもこもるようになると
両親はさすがに心配して医者を呼ぶことにした。
「今お医者さんが来てくれたわ。入るわね」
前は感情ペットに振り回されるまま
部屋に入ってきた両親に牙を向いていた。
今はベッドの上でただ天井をじっと見ている。
リードの先にいるはずの感情ペットはすでに消えていた。
「こ、これは……」
「先生?」
「うつ病です。間違いありません」
「そんな……どうしたの。何か悩みがあったの?」
「お母さん、私の感情ペット小さくなって消えちゃった。
感情が減ればペットは小さくなるって見たの。
もう今は自分の理性で自分をコントロールできるよ」
「感情から解放されたからって、感情を失っては意味ないじゃない!」
「自分の感情ペットの機嫌で、私の友達を傷つけるのはたくさん……」
娘の衰弱ぷりを目にした父親は息をのんだ。
「先生、すぐに娘をうつ病から回復させてやってください」
「しかし……うつ病を治すには自己肯定とセラピー。
カウンセリングと心に訴えることが必要なんです」
「だから、それをしてくださいよ!」
「娘をよく見てください!」
娘の顔からは表情が失われていた。
「感情ペットを手懐けるところから治療は始まるのに、
娘さんはうつ病で感情を減らしすぎて失ってしまった。
これでは治療もなにもないんですよ」
「あんたそれでも医者か!!」
普段は温厚な父親の感情ペットが初めて理性に打ち勝ち感情で医者の襟を締め上げた。
「お父さん大きな声出さないで。私は平気。
別に悲しくも楽しくもない。それがなんだっていうの。
もうなにもかも……どうでもいい。ただ死にたい」
「なんて……ことだ……」
娘の悩みに対して真面目に取り組まなかった結果、
極度に過激な感情ダイエットをさせてしまった。
両親はこれまでの失敗と自責から必死に感情を取り戻す方法を探した。
娘を戻したいという強い感情は、あらゆる理性のブレーキを無視する。
「あったぞ! これならきっと治療できる!」
「うちの子もこれで治るのね!」
両親は娘を連れて脳治療研究所へとやってきた。
「ええ、うちでは確かに感情を取り戻す手術をしていますよ」
「本当ですか! ああよかった!」
「といっても、もとの感情に戻るというのではなく
機械感情というものに差し替わる、といったほうがいいでしょうな」
「それはどういうことですか」
「ひらたくいえば、失った手の代わりに義手をつけるようなものです。
失った手そのものを再生させるわけではありません」
「本当に……うまくいくんですか?
娘を人体実験のモルモットにしないでしょうね?」
娘を救うために感情ペットを好き勝手させていた日々が長く、
両親の行動主導権はすでに感情ペットへと移っていた。
「当然です。今では自主的に機械感情にする人も多いんです。
とくに若い人はみんな、感情に振り回されることを嫌います」
「そうなんですか」
「信頼してください。娘さんはきっと元気になりますよ」
手術台のベッドに寝かされた娘の頭には電極を取り付けられた。
慣れた手付きで博士と助手たちはごつい機械のスイッチを入れてゆく。
娘は心配することも不安がることもなく、
ただ黙っている姿がなによりも不気味だった。
「ではいきます。一瞬だけ衝撃が来ますが、一瞬で終わります」
「どうでもいいです」
心配そうな両親とは対照的な表情をしていた。
博士は機械のスイッチを入れた。
バチン、と破裂するような音がした後で
娘の体が一瞬だけベッドからえびぞりに跳ね上がった。
「博士!? 大丈夫なんですか!!」
「お父さん安心してください。もう終わりましたよ」
部屋から出てきた娘の顔を見ると、
その顔には久しぶりに表情が張り付いていた。
「お父さん、お母さん、心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
「良かった……感情を取り戻したんだね」
「本当に本当に心配した……」
両親はほっと安心した。
消えていた感情ペットは新しい機械感情のペットが現れていた。
「博士、本当にこのたびはありがとうございます。
おかげで娘がまた昔のように笑うことが出来ました」
「それはよかったです。
もう昔のように感情に振り回されることもないでしょう」
「本当ですか!」
「ええ、もちろん。機械感情は理性に合わせて感情を出します。
常に主導権はあなたの頭のほうにあるんですよ」
博士はにこりと笑いかけた。
両親が娘を振り返ると同じように笑っていた。
「お父さん、お母さん。今は嬉しいって気持ちを出すのが正しいんだよね?」
両親は言葉も出なかった。
読む前には感情ペットをちゃんとヒモにつなげておけ! ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます