第313話Ⅱ-152 再び神殿へ4

■ネフロス国 第3農場


 悲鳴を聞くと俺の前を歩いていたミーシャが踵を返して、来た道を戻り始めた。同じように振り返って走り始めたが、ミーシャとショーイが凄い勢いで遠ざかり、ママさんにも追い抜かれて、俺とサリナは大きく遅れた。ちびっ娘はロッドをバトンのように握りしめて懸命に走っていたが、手足を動かす回数ほど体は前には進んでいない。


-うん、俺達はもう少し基礎トレが必要だ・・・。


 前方にいるミーシャ達は子供たちがハンバーガーを食べている場所まで来ると歩くほどの速度になった。急がなくて良いと判断したようだ。


 -間に合わなかったか・・・。


 聞えてきた悲鳴は子供のそれだった。何かに襲われたのだろうが、ミーシャ達が助けに行かないのは既に・・・違った。俺にも見えてきたのは赤頭のラプトル達が生きているラプトル達の首筋に襲い掛かって、引きずりまわしているところだった。どうやら、侵入してきたラプトルを赤頭達が俺の命令通りに狩っているようだ。リンネのお願いでラプトル達は俺の言う事を聞くことになっている。今日は人間以外の生き物を見付けたら殺して、船のところまで連れて行くと言うのが赤頭のミッションだった。文句ひとつ言わずに働く赤頭達は数千頭で俺の船について来ていたから、現役のラプトル君たちも数に押し切られてあっという間に死骸となって船の所へと運ばれて行った。


 子供たちは近くの家の扉を少し開けて、外の様子をうかがっている。


「子供たちは無事のようだ」


 ミーシャは振り返ってニッコリと笑った。


「みたいだな。どっちのラプトルを怖がったのか判らんが、結果的に赤頭達が守ってくれたことになったな」

「ああ、だが、どこから入って来たんだろう?」

「さあ・・・、ショーイと入り口を見て来てくれよ」

「わかった」


 ショーイを連れて入り口まで走って行ったミーシャは不機嫌な顔で戻って来た。


「誰かが中から閂を開けて門を開いていた」

「なるほど。神殿の奴らの仕業だろうな。どこかに・・・」

「気をつけろ!」

「何か来るぞ!」


 ショーイとミーシャがほぼ同時に大きな声を出すと、柵の向こうから風を切る音が聞えてきた。


 ■ネフロス神殿


「あの赤い死神竜は一体なんなのだ?」


 神官たちは水晶球で農場周辺の光景を見ながら動揺していたが、神官長は落ち着いて次の指示を与えた。


石人形ゴーレムに石を投げさせるのだ。それに翼竜が好む猪の血脂ちあぶらをあ奴らが居る場所にかけて来い。土龍どりゅうも動かせ、上と下の両方から攻めるのだ」

「かしこまりました」


 神官たちは兵に指示を出した後でネフロス神に祈りを捧げて、土龍どりゅうを召喚する真言を唱和し始めた。部屋の中に低い声が重なって響いてゆく・・・。


 ■ネフロス国第3農場


 空気を切り裂く音と共に飛んできたのは大きな石だった。1メートル近い大きさの石が迫って来る・・・が、見ていれば避けられるぐらいだった。最初に飛んできた3個は頭の上を飛び越えて、農具小屋と家に直撃した。


「ミーシャ、子供たちを連れて来てくれ! シェルターに入れる!」


 ストレージからシェルターを出して、扉を開けるとミーシャとショーイが子供たちを引きずるように連れてシェルターの中に入れた。


「もう一人いるんじゃないか?」

「家の中はこれで全員だぞ」


 ショーイが入れた男の子で9人目だった。一人足りない・・・。


「何処かに居るはずだ、探そう!」

「また、来るぞ! 気をつけろよ!」


 5人で手分けして探し始めたところで投石が本格化してきた。上方を見上げると今度は5個の石が飛んで来る。距離が正確になってきて、シェルターに二つ直撃した。金属を激しく叩く音が響いたが、鋼鉄製のシェルターにダメージは無いようだった。家と家の間を探して裏側に回るとうずくまっている少女を見つけた。


「おい、逃げるぞ!ここは危ない!」


 叫んで少女の元へ走り寄ったサトルの真後ろから集落の柵を突き破って飛んできた石が背中を直撃した。石は5体の石人形ゴーレム達が100メートル離れた場所からオーバースローで集落に投げ込んでいた。ゴーレムを操る神官は水晶球で石の行方を確認しながら、サトルが考えるよりも正確に狙いをつけていた。山なりの軌道で投げていたのを低い軌道に変えて、柵ごとターゲットを破壊する狙いが的中したのだ。


「サトルーッ!」


 家と家の間から石で弾き飛ばされたサトルを見てミーシャが絶叫した。その声を聞いてママさんとサリナが駆け寄って来た。


「サトルッ! ひどい・・・、今助けてあげるから!」


 石が何処に当たったか判らないが、タクティカルベストが引き裂かれて背中の肉が見えて血が流れていた。サリナは半狂乱になりながら、サトルに向かって治療魔法を掛けようとしたが、母親に止められた。


「私がやります。あなたは離れていなさい」

「お母さん! 私できる!」

「今のあなたでは無理です。集中できないでしょ。-癒しの光を!-」

「・・・」


 マリアンヌが両手をかざして声を上げると暖かい空気がサトルに向かって流れ始めて、サトルの出血が止まり、傷口もふさがり始めた。


「これで大丈夫です。ケガは治りましたが、痛みによる精神的なショックが大きいはずです。ショーイ、ミーシャ、サトルとその少女をあの小屋に入れますよ」


 最後の少女とサトルをシェルターの中にマリアンヌ達が運び込んでいる時に、サリナは大粒の涙をこぼして地面を見つめていた。


「背中は守るって約束したのに・・・」


 サリナは迷宮を3人で一緒に回っている時から、サトルの背中を守るのは自分の役目だと決めていた。魔法が使えない時でもその役目は変わらなかった。それなのに、今は魔法も使えるのに・・・。


「許さない・・・」


 サリナは服の袖で涙を拭うと炎のロッドを握りしめて石が飛んできている方向へと向けた。


 -火の神グレン様、風の神ウィン様、私に力をお貸しください。

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