第288話Ⅱ-127 爆破

■神殿の洞窟


 薄暗い洞窟の奥で水晶球を二人の男女が眺めている。この世界では黒い死人達の首領として君臨する二人だ。女の方は少女のような顔立ちを少しゆがめて、水晶球から目を離した。水晶球の中では、森林と一緒に破壊された巨大な土人形ゴーレムが大地に四散している。


「ふむ、お前の巨神をあそこまで破壊するとは、大したものだな」


 男が女に向かっていたわるように声を掛けた。


「ああ、確かに大したもんだね。この世界であれほどの魔法力がある人間がいるとはね。それも、まだ生きている人間で」

「それで、どうするつもりだ?」

「ふん、まだ始まったばかりだよ。私はここに居る限りは魔法力が尽きることは無いからね。すぐに巨神を復元して見せるさ」

「そうなると、魔法力の大きさでの勝負ということになるな。だが、この神殿の魔法力も無限と言う訳ではないのだぞ」

「それはあっちも同じことさ。巨神を破壊するほどの魔法力を使い続ければ、生きた人間はその力を使い果たすさ」

「わかった。だが、念のためにわしの“使い”も解き放とう。しかし、奴らは何故なにゆえに神殿に入らずに居住区を破壊したのだ?無闇に攻撃してこないはずでは無かったのか?」


 男はサトル達が殺しを嫌っていると思っていたから、藪から棒に信者達を大量に殺害したことが不思議でならなかった。


「さあね。それは判らないけど、こうなった以上は“呪い”は使えないからね。死なない程度に痛めつけて捕えるしかないさ」

「そうだな・・・」


 首領たちは神殿に入って来た人間の自由を奪う準備に神殿に蓄えられている魔力を振り向けていた。サトル達が警戒していた通り、神殿に一歩でも足を踏み入れていれば生きた人間はその五感のすべてが無くなる強力な呪いだ。


 この神殿には数百年にわたり大勢の生贄を捧げたネフロスの力が蓄積されている。死者の数で言うならば数十万人という力だ。人が生きる“生”の力を取り込み、闇の魔法力として利用するネフロスの力。女の首領はネフロスに捧げた魔法力が尽きることが無いと言ったのはそういう意味でだ。


 たしかに、あの小さな娘の魔法力は侮れないのは女にも十分わかっていたが、神殿に蓄えられた魔法力の比では無いはずだった。女は目を少しだけ細めて、巨神の体を復元すべく魔力を注ぎ込み始めた。


 ■神殿の森


 船の上で手持ちの武器を並べてみたが、手榴弾では破壊力が足りないし、対戦車ロケットAT4は船上から撃つのには使いにくそうだった。高校2年生の俺が使いこなせる武器としては迫撃砲の破壊力が最大だが、使うためには地上に降りる必要があった。


 -少し離れた場所から、迫撃砲で狙うか・・・。


「サトル! なんか出てきた!」

「何が出てきた? 土人形ゴーレムはどうなった?」

「大きいのはね・・・、少しづつくっつき始めてる。出てきたのは大きなムカデみたいなの! 地面からいっぱい出てきた!」


 俺は下を見るのが怖かったので、船べりにも近寄らないようにしてサリナに監視を任せていた。ムカデ?イースタンの息子を助けた時に地面から出てきた奴かな・・・。今の高度は200メートルぐらいだから降りなければ安全だが、これで迫撃砲は使えなくなった。


 -爆弾を投下できれば良いんだけど・・・!


 俺は難しく考えすぎていたようだ。俺のストレージなら空中で何でも取りだすことが出来るから、取り出して下に落としていけばよいだけだった。


 -迫撃砲の砲弾? ダメだな、発射しないとロックが解除されない。だったら・・・。


 シンプルに爆薬を土人形ゴーレムの上にばらまくことにしてみた。ストレージからダイナマイトが梱包された箱を検索して、船べりから手を伸ばして下に落とした。


「サリナ、土人形ゴーレムの上に落ちてるか?」

「うん、その辺で大丈夫だよ」


 船べりまで行くだけで精いっぱいの俺の目になってくれるサリナの言うことを信じて、100本入りの箱をひたすら落とし続けていく。1000箱ほど落としたところで高度を上げた。ダイナマイトは何もしなければ爆発しないが火の中に入れれば誘爆するはずだ。後は着火剤を落としてやればいい。


「サリナ、これを投げるのを手伝ってくれ。ピンを抜いて投げるだけ」

「はーい♪」


 下を見ていたサリナが嬉しそうに俺の横に戻ってきて焼夷手榴弾を受け取った。足元に用意した手榴弾を狙いも定めずに投げ続ける。焼夷手榴弾は半径2メートルほどの範囲を摂氏2000度以上の高温で焼き尽くす。燃焼時間が3秒程度と短いのがネックだが、大量に投げ込めばそのうち引火するだろう。一つに引火すれば後は誘爆してくれるはず・・・ピンを抜いて投げて行くだけだから、2秒ぐらいで一つ投げることが出来る。リズミカルに俺とサリナで20個ずつ投げたところですさまじい爆音が立て続けに響き渡り、地面から風が吹き上げてきた。


「どんな感じだ?」

「うーん、何にも見えないよ。土煙がひどくて・・・」

「そうか、じゃあ、次はムカデのところに行くか」


 少し高度を落としてから、恐る恐る下を眺めてサリナが指さす方向に船を飛ばした。自分が飛ばしている船だと言うのに、相変わらず下を見ると怖くなってしまう。


 -下にカメラをつけることにしよう・・・。


 高所恐怖症対策を考えつつ、大きなムカデがワサワサとうねっている場所へ移動した。ムカデの方も俺達がいるほうへと向かってきていて、俺達が止まると伸びあがってこちらを見た。だが、所詮は地を這う虫だ。こちらは、手の・・・、いや、足の届かない上空に居る。先ほどと同じ要領で地上にダイナマイトとアンホ爆薬を投下していくとサリナから報告があった。


「何か、落としたものに集まってくるよ」

「餌だと思ってるのかもな。よし、もう一回これを落としていこう」

「はーい♪」


 ムカデ君たちが爆薬の周りに集まっているなら好都合だ。ムカデと言っても、全長は20メートルぐらいある虫というよりは蛇に近いような化け物だが、土人形ゴーレムほどの硬さはないから、アンホの破壊力でも十分に効果があるはずだ。アンホ爆薬はダイナマイトほどの破壊力は無いがビニール袋に入っていたので引火しやすいから、誘爆させるきっかけになってくれる。


 だが、落とした数が少なかったのか今回は爆発までに時間がかかった。およそ100個の焼夷手榴弾を落としたところで、ようやく爆音が響き渡った。


「どうだ?」

「うん♪ こっちは大丈夫みたい。バラバラになって飛んで行ったみたいだよ」

「よし、じゃあ土人形ゴーレムのところに戻るからどうなってるか教えてくれ」


 大体の方角で船を飛ばしていくと船首に立ったサリナから良い返事が返ってきた。


「うーん、あんまり元通りになって無いよ。もぞもぞと土は動いてるけど…、人形の形はほとんど残ってないかも」

「そうか、まだ動いてるんだな」


 土人形ゴーレムはあきらめずに復活しようとしていると言うことだが、もう少し復活してから破壊する方が良いだろう。それを待つ間に忘れかけていたことを思い出した。


「低いところを飛ぶから、タロウさんがいないか探してくれ。それと、神殿から出てきた剣士たちがいる場所も見つけてくれよ」

「うん、わかった!」


 船首に仁王立ちで地上を見下ろすサリナに捜索は任せて船を木の高さぐらいに下ろして、ゆっくりと飛ばしていく。


「マリアンヌさん、リンネの具合はどうです?」

「ええ、やっぱり力が入らないみたいですね」

「そうですか・・・」


 リンネは船尾に置いた低反発マットレスの上で横になっている。理由は分からないが、神殿の力が影響を与えているのだろう。この場所から離れなければ元に戻らないかもしれない。


「サトル! 剣士の人たちは神殿に戻ったみたいだよ。建物の前に人が出て来てる」

「そうか」


 可能な限り高度を落としてから、双眼鏡で神殿の方向を見ると、サリナの言う通りに剣を腰につけた男達が左側にあった建物の前に並んでいるのが見えた。こちらを見て、どうしていいのかわからずに待っているような感じだ。戦力的には無視していいと判断して、船の高さを少し上げた。


「タロウさんはいないか?」

「うん、見つかんない」


 -どこに行った? まさか、サリナの魔法で・・・。


 サリナが祖父殺しをしたかもしれないと想像しながら、船の高度を上げて土人形ゴーレムの上空へと向かった。


 ■神殿の洞窟


 女の首領は無表情だったが、想像を絶する破壊力で自らが作ろうとしていた巨神-ゴーレムを構築する魔法力の殆どを奪われていた。もちろん、巨神を作り直すことは可能だが、それには時間と膨大な魔法力が更に必要となってくる。


「私の“使い”も一掃されたな。新しい魔法の類か・・・」

「あやつらは、いつの間に飛べるようになったのだろう?」

「今までの情報には無かったがな。あれが勇者なら・・・」


 男の首領は口元を引きつらせながら“勇者”という言葉を吐いた。


「どうする? 巨神を復元するには時間がかかるであろう?」

「だとしても、復元させるしか無かろう。そのためには奴らを引き付ける必要がある」

「なるほど、では次の“使い”で様子を見るかな・・・」


 男は椅子から立ち上がり、洞窟の奥への突き当りへと進んだ。突き当りには大きなネフロスの紋章-六芒星が刻み込まれている。男が紋章の中心へと手を伸ばすと、岩のように見えていた壁の中にその手が吸い込まれていった。


「ふむ。十分に用意が出来た。これなら、いつまでも飛んではおられぬよ・・・」


 不気味なセリフを吐いて壁の中から手を引き抜くと、男の手の平には鈍く輝くものが載っていた。

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