第282話Ⅱ-121 手掛かり2

■火の国 北西の森


 スローンの森から40分走ったところで、荷台に乗せた男にキャンプの場所を聞いたが、暗くてよく分からないと言う。役に立たないので、役に立つ黒虎達を出して探してもらうことにした。10頭が暗い森の中を西に向かって広がりながら走って行った。


 街道を少しスピードを落として走りながら、黒虎を通じてリンネが見つけてくれるのを待っていると、10分ほど走ったところでリンネから声がかかったが・・・。


「おかしいねぇ・・・」

「どうしたんだ?」

「2匹、いや3匹が動かなくなったみたいだね」

「動かないって言うのは?」

「その場所が見える訳じゃないんだけど、同じ場所でじっとしているから、何かに捕まったか倒されたかもしれないね」

「どっちの方向だ?」

「左、もう少し南側だよ」

「わかった。もうちょっと戦力を補充しておこう」


 黒虎が倒されたとしたら、敵の戦力は侮れない。さっき囲んでいた奴らとは次元の違う強さの奴がいるのかもしれない。追加で虎を30匹出して、車の周りを囲むようにして南西の方向に進んだ。木が多くなって来て車を降りて進み始めるとすぐにリンネが止まれと合図した。


「この先だね。やっぱり、倒されたみたいだよ。足が動かないから、斬られたんじゃないかい?」

「わかった・・・」


 俺は暗視双眼鏡で森の奥を探っていくと、500メートルほど先に明るい光源があるのを見つけた。木の陰になっているが、暗視装置の中では白く輝いている。


「よし、あの辺りにいるみたいだから。虎達に囲むように命令してくれ。俺が合図したら一斉に四方から襲い掛からせるんだ」

「わかったよ」

「サリナはどうすれば良いかな?」

「お前はいつでも魔法が撃てるようにして、俺の横に居てくれ。マリアンヌさんとタロウさんも後ろの警戒をお願いします」


 低い声で指示をして暗視ゴーグルを降ろして足元に注意しながら左から回り込むことにした。黒虎達は見えないが、静かに森の中を移動して敵を囲もうとしているはずだった。移動していくと、大木の陰に隠れていた焚火が見えてきて、その周りに10人ほどの人間がいるのが見えた。手には全員が剣を持っていて、足元には倒された黒虎が2頭いる。かなり警戒している様子が伝わってくる。


 -この暗闇でどうやって虎を倒せるんだろう?


「リンネ、一頭だけであの焚火の横の奴を襲わせてくれ」

「あいよ」


 リンネの指示で俺達とは逆方向にいた虎が走り出したようだ。男達が一斉に反対側を向いて剣を構えたのがはっきりと見えた。見えたのは男達の剣先が炎に包まれて、そのあたりがいきなり明るくなったからだった。炎の向こうから黒い影が飛び上が・・・ろうとする前に一番近くにいた男の剣が上段から振り下ろされて長く伸びて行き、黒虎の首が綺麗に断ち切られて地面に転がった。


 -凄いな・・・、ショーイみたいな魔法剣が使える剣士だ。


「凄腕の奴らだね」

「そうだな、残った黒虎は少しだけ近づかせて周りをぐるぐる回らせて」

「わかったよ。あんたはどうするんだい?」

「君子危うきに近寄らず」

「?」


 相手が剣の達人とわかった以上は近寄るわけにはいかない。黒虎達が囲みを作って回りだしたのに気づいた男達は虎の動きに合わせて円陣を組んで、何処から襲われても良い体勢を整えた。おかげで敵の数がはっきりして狙いやすくなった。


 -7人か。近寄らなければ何とでもなるな。


 どれほどの達人でも、こっちは100メートル以上離れた場所から攻撃できる。近寄らなければ全く脅威を感じなかった。アサルトライフルの赤外線スコープにはっきりと見える男の太ももを狙ってトリガーを引いた。


 -プシュッ!


 サプレッサーで殺された発射音と同時に男が地面に膝をついたのが見えた。


-ワンダウン。


円陣の男達に動揺が走ったのが伝わってくる。そのまま、横の男に狙いを移してトリガーを引く。地道な練習の成果で100メートルぐらいの距離なら太ももを外すことは無い。1分ほどで何が起こったか分からない7人の男の足を撃ち抜いた。


「よし、行こう。他に誰かいないか念のために黒虎に探させてくれ」

「もういないみたいだけどね。新しい敵が来ないか見張らせとくよ」

「ありがとう」


 リンネの死人使いの能力は人間と戦う上ですごく便利だ。死んだ黒虎なら傷ついても気にならないし、偵察や索敵にはもってこいだった。それでも、黒虎やリンネが気付かない敵がいる可能性はゼロではないので、あたりを警戒しながらゆっくりと倒した男達のそばに近づいていく。男達は地面に片膝をついたり、両足を投げ出したりして止血しようと布を太ももに巻き始めている。7人とも我慢強い男のようだ、泣き喚いている奴は一人もいない。だが・・・。


 50メートルぐらいまで近づいてから、もう一度アサルトライフルを構えた。スコープ越しに無事な足に向かって、容赦なく銃弾を浴びせていく。立っている時よりも狙いにくかったので、回り込みながら全員の両足を撃ったと確認できるまでは近寄らなかった。見える限りでは立てそうにない相手だったが、念のため黒虎達に働いてもらおう。


「大丈夫だと思うから、咥えてここに引きずってこさせて」

「はいはい、本当にけもの使いが荒いねぇ」


 リンネがにやにやしながら遠くを眺めると、森の奥から現れた黒虎達が男達の手足を咥えて引きずってきた。さすがに悲鳴を上げている男がいるが、喰われると思えば悲鳴も出るだろう。だが、引きずられて来た男達は俺達の姿を見ると悲鳴を意志の力で抑えて口を閉じた。


 -大した精神力だ。俺ならオシッコ漏らすところだけど・・・。


「さてと、お前たちに聞きたいことがあるが、その前に拘束だな。サリナ、手錠を頼むよ」

「うん!」


 -拷問は趣味では無いが、他に情報を聞き出す手段が無い・・・のか?


■ボルケーノ火山 洞窟


 暗い洞窟の中は壁際の松明たいまつと大きな石造りの円形テーブルに置かれたランプの光でかろうじて座っている人間の顔が見える程度だった。見た目は少年、少女と言っていい男女が大きな水晶球を見つめたまま沈黙を保っていたが、女の方が口を開いた。


「二日も連絡が無いと言うのは既に失敗したと言うことだな」

「ああ、間違いないだろう。アイリスは既に死んだのかもしれんな・・・」

「それは判らぬ。連絡が取れないだけかもしれんがな。いずれにせよ、明日になればカインの町から早馬で報告がある。スローンの方は大丈夫か?」

「うむ・・・、神殿の剣士を念のために送っておいた」

「剣士? そんな奴らであの魔法が何とかなるのか?」

「わからん。だが、司祭も使徒も・・・アイリス迄がいないとなると・・・」

「手駒が無いと言う事か、ならば私が出向こう」

「お前がか!?」

「ああ、一度相手を見ておくのも大事だからな」


 女は薄い笑みを口元に浮かべて立ち上がると洞窟の出口に向かって歩いた。迷路になっている洞窟を左右上下に移動しながら目指す場所へたどり着くと、突き当りの大きな石に軽く手を押し当てた。女が手を置くと石はきしむ音を立てながら転がり、外からの湿った空気が洞窟の中に流れ込んできた。この洞窟は神殿がある山麓からは歩いて登れない絶壁に位置している。石が動いて出来た出口から外に身を置いた女は断崖になっている暗闇をちらりと見ると、その暗闇に落ちるように体を倒していった。


 -バサッ


 暗闇の中で空気を叩く音が大きく響くと女の腕が変形した翼が風をつかみ、そのまま東の方角へと滑空していく。月明かりだけが頼りだが、女の目にははっきりと目指す方角が見えていた。女の体が変化したのは腕だけでは無かった、顔も変化して大きな目、大きな耳に体毛が生えている。


 女の体は巨大な蝙蝠へと変化していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る