第279話Ⅱ-118 花園

■森の奥 土の城


 城壁の中には馬小屋の横に畑になっている場所があり、たくさんの野菜が実っている。畑を左に見ながら城の入り口にたどり着くと大きな扉が両開きで開いていた。入る前に中へ声を掛けてみたが、何の返事も無かったので、一部屋ずつ確認しながら進んで行った。床や壁そして天井は土でできていたが、柱や壁には細かい模様がデザインされている。削って作ったような感じでは無いから、魔法で細かい部分まで造作しているのだろう。


 入り口から続く廊下の左右には、応接、物置、食堂等のそれぞれ広い部屋がいくつもあり、突き当りには二階に続く階段が左右に伸びている。1階の部屋には誰もいなかったので、突き当りの階段を2階に上がろうとしたがエリーサに止められた。


「上じゃないぞ、この向こう側だ」


 エリーサは階段の向こう側を指さしているので、一番近くの部屋だった食堂に入って大きなダイニングテーブルの向こうにあるドアを開けた。そこは調理道具や大きな水瓶がいくつもある広い厨房になっていて、天井からは動物の肉が吊るされていた。厨房まで来ると外から声が聞こえてきたのが俺にも分かった。厨房の奥にもドアがあったので、扉を押し開けると・・・、そこは一面の花畑だった。


「すごい・・・」

「綺麗・・・」

「・・・」


 黄色、ピンク、青、紫・・・風で色とりどりの花が揺れている広さは野球場ぐらいあるように見える。そして、その中央ではプール? いや、風呂のような場所があって、何人かが楽しそうに話をしているようだ。女性もいるので近くまで行くのが申し訳ないような気がして、その場から大声で呼んでみた。


「すみません! タロウさんですか?」

「キャァー! 誰かいる!」


 -ゴ、ゴ、ゴッ!


 俺の声に反応した女性の悲鳴とともに目の前の地面が盛り上がっていき、綺麗な花をつけたままの土壁が立ち上がった。


「間違いないようですね。どうしますか? この壁も吹き飛ばしますか?」

「いやいや、少し待っていましょう。いきなり押しかけて来たのはこちらですし・・・、中で待たせてもらいましょうか」


 お花の土壁には手出しせずに一旦城の中に戻って、食堂のテーブルに座らせてもらうことにした。テーブルは厚みのある木材を滑らかに表面加工してある大きなもので、背もたれのある椅子が12脚セットされている。椅子に腰かけていると横にいるママさんが俺に向かって手の平を差し出した。


「どうしたんですか?」

「待っている時間がもったいないから、何か飲み物をくださいな」

「カフェオレで良いですか?」

「・・・」


 ママさんは黙って首を傾げた。


「ビール?」

「・・・」


 今度は黙って頷いた。昼間というか、まだ時間は10時頃なのだが、気にしないようだった。俺が説教する話でもないと思って、言われるがままに冷えた缶ビールを出してやるとすぐにタブを開けて飲み始める。それを見たエルフ達は期待した目で俺を見つめているから、二人にはカフェオレを出して蓋を開けてから渡してやった。


「凄いな、これも凄い!甘い、とっても美味しいな!」

「ああ、最高だ!やっぱりサトルと一緒は良いな!」


 美人エルフが二人で感動しているところへ、厨房に人が入って来た気配がして足音が聞こえてきた。食堂の入り口に現れたのは腰に大きめの布を巻いただけの男だった。後ろには女性が同じように布を巻いて続いているのが見える。


「お前たちは誰だ!・・・ん!?」


 男は誰何すいかした後にママさんを見て気が付いたようだった。


「お前! ま、マリ―か!?」

「ええ、お久しぶりです」

「ど、どうしてここへ!? どうやって見つけたのだ?」

「私が探したわけではありません、こちらの勇者があなたに会いたいそうです」

「ゆ、勇者!?」


 ママさんに指さされた俺を見て、半裸の男は俺の近くまで歩み寄ってきた。男の上半身は引き締まり、ママさんの父親でサリナのお爺ちゃんと言う年齢は感じられなかった。だが、目はパッチリと開いたハンサムな顔立ちで目元が二人に似ている気もする。


「あなたが・・・、次の勇者ですか・・・」

「マリアンヌさん達はそう言っていますが、私は普通の男ですよ」


 座った俺をじろじろと見まわしている相手に正直なところを伝えた。


「だが、服装が全く違うな・・・、やはり別の世界から来られたのだろう?」

「ええ、まあ。そうなんですけど・・・、それよりもお願いがあってここに来たんです」

「願い? も、もちろん、何でも言ってください。勇者の願いならなんなりと」

「私たちと一緒に来て、サリナを助けて欲しいんです。土魔法を使って」

「それはどういう意味ですか?」

「説明よりも、服を着て出かける用意をして下さい。後ろの娘さん達もいい加減に服を着た方が良いでしょう。まったく、昼間っから・・・」


 ママさんが冷たい声で父親に言い放つと、少し悲しそうな表情を浮かべたが頷いて、裸体に薄い布を巻き付けただけの女たちを連れて食堂から出て行った。女性は若い人、と言っても俺よりは年上だと思うぐらいの年齢だ。父親と女性陣を見るママさんの目つきはサングラスに隠れて見えなかったが、優しい目をしているとは思えなかった。そのまま食堂で待っているとタロウさんは一人で降りてきた。麻のズボンに綿のシャツと皮のベストを着ている。


「それで、サリナは何処にいるんですか?」

「火の国の北西にあるスローンという町です」

「火の国ですか・・・、10日ほどはかかりますな」

「そんなに掛からないですよ、今日中に何とかたどり着きたいと思います」

「・・・それはどうやって?」

「マリアンヌさんは転移魔法を使えますから、エルフの里まで行けばすぐです」

「おおっ!? そうか! 転移魔法も使えるようになったのか!・・・だが、エルフの里でも馬で飛ばしても二日はかかるだろうな」

「そこまでは私の馬車で行きましょう。詳しい話は道中にしますから、とりあえずここを出ましょう」

「う、うむ。わかった・・・」


 タロウさんは頷いたものの、何か気にかかることがあるようでママさんをちらりと見た後に俺に目線を移した。


「実は少しパンが不足しておってな、今日はいまから町まで買い出しに行く予定だったのだ。肉はあるから1週間ほど留守にしても大丈夫だとは思うのだが・・・、ここに残るものが腹を空かせると可哀そうでな」

「パン? それなら、私が用意しますよ。5人分ですよね?」

「用意するといっても、ここには麦もないし、焼く釜もないのだよ」

「魔法があります」

「?」


 俺はストレージから食パンを5斤と10個入りのロールパンの袋を5つテーブルの上に取り出した。


「な、なんだ!今のは!」

「これが私の魔法です。なんでも出て来るんですよ。これで大丈夫ですよね?」

「あ、ああ・・・、しかし驚いたな・・・、何もないところから・・・」

「じゃあ、行きましょう。向こうにも腹を空かせているはずの娘が一人待っています」


 今から行ってもサリナは丸二日ほど洞窟に閉じ込められていることになる。俺と一緒にいる間はそんなに長い時間食べられなかったことは無かった。今頃は凄い音がサリナの腹から響き渡っているはずだった。

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