第270話Ⅱ-109 魔法練習

■洞窟の中


 サトルが練習の成果を生かして消火活動を終えたころ、サリナはリンネの膝枕で気持ちよさそうに眠っていた。二人は洞窟の中にできた砂場の上に着ていたベストを敷布の代わりにして寛いでいる。時間は既に22時を過ぎているが、眠りについたのはついさっきだ。いつもなら、21時ごろには寝ているから、普段より遅い。


 サリナは魔法の練習を頑張っているが、残念ながら細かい加減が出来るようになっってはいない。それでも、少しずつ狭い範囲に魔法が発動できるようにはなっているようだ。リンネは横で見ているだけだが、真剣な顔で何度も何度も風魔法で石を飛ばしている姿をみて嬉しくなっていた。自分の子供では無いが、夢中で練習している我が子を応援してやっているような気持ちになっていた。それにしても、魔法力の大きさは凄いものがあると感心させられた。サリナが途中でライトの電池が心配だと言い出して、洞窟の天井付近に4つほど炎を浮かべて明かりにしているが、その炎は出しっぱなしにして、風の魔法を撃ち続けた。全然休まないから少し心配になったところで声を掛けたが・・・。


「疲れないのかい?」

「全然!・・・でも、お腹がすいてきた・・・」


 当然だろう、気が付いた時には21時を過ぎていたのだから。


「そうかい、じゃあ、そろそろ終わりにしたらどうだい?」

「うーん、そうだね。明日もあるし!」


 どうやら、サリナ自身が三日間ほどここから出られないことを前提にしているようだ。


「それなら、最後に魔法でやって欲しいことがあるんだけど」

「なに? 水が飲みたいの?」

「いや、ここいらの地面は岩で硬いだろ? 細かい砂になるまで砕いておくれよ」

「砕く・・・、うーん。砂みたいにするのはどうしたらいいんだろ?」

「あんた、前に竜巻みたいなのをサトルに見せられてただろ?」


 サトルはサリナの風魔法を強化するために、不思議な板にいろんなものを写して風の強さや形をイメージさせていた。


「うん! 竜巻ね! “じぇっと”じゃなくて“さいくろん”ってやつ!」

「だったら、まずいつもの魔法でここいらの地面の岩を砕いて、その後に“さいくろん”ですり潰すようにしてごらん」

「できるかなぁ・・・、でも、やってみるね!」


 素直なちびっは少し出っ張った地面の岩と対峙してロッドを向けた。


「じぇっと!」


 声と同時にロッドから20メートルほど向こうの地面に圧縮された空気が叩きつけられて、狭い洞窟の中で反響する轟音と同時に岩とその周りの地面がえぐれて反対側の壁に叩きつけられた。炎の明かりの中で洞窟内に砂ぼこり舞い上がっていくのが見える。


「ケホッ! どうかな? 上手くできたかな?」


 砂ぼこりが落ち着くのを待ってから飛び散った岩を見に行くと、壁際に斜めに積み上がっていた。大きさは大きいものは30㎝ぐらいあるが、魔法一発でこれだけ砕くのだから凄い破壊力であるのは間違いない。それでも、サリナの全力を出している訳では無かった。


「ああ、まずはこのぐらいで良いんじゃないかい?だけど、次の方が難しいよ。今度は小さい渦で一番早く風を回してこの岩をすりつぶすんだよ」

「小さい渦・・・、どのぐらいの大きさ?」

「そうだね、あんたの背丈の倍ぐらいの高さで良いんじゃないかい?」

「私の倍・・・、天井の半分ぐらいで良いかな・・・、やってみる!」

「できるだけ離れた場所からやった方が良いよ。あっちの壁まで一緒に行こう」

「うん!」


 砕いた岩が積み上がる場所の反対側の壁に移動してサリナはロッドを構えた。リンネはサリナの後ろの壁に背をつけて、できるだけ距離を置こうとしている。


 -風の神ウィンさま、小さくて今までで一番早い風の渦をお願いします。


 心の中で祈りを捧げて、映像で見せられた車を巻き込むような竜巻を天井の高さ半分でイメージして声を出した。


「さいくろん!」


 洞窟の中で左右から強烈な風がすれ違い空気を切り裂くような甲高い音ともに空気の渦が発生した。イメージ通りに小さい竜巻が地面の岩を吸い上げて回り続ける。吸い上げられた岩は渦の中でぶつかり激しい音を立てている。だが、サリナ自身もこのぐらいで岩が粉々になって砂になるとは思えなかった。


 -ウィン様、もっと、もっと風の渦を早く! 今の倍ぐらい!


 心の声は神に届いた。渦が回転する音はさらに甲高くなり、今までよりも遠くにあった岩や石を巻き込みながら激しい音を鳴り響かせている。それでも、サリナはまだ勢いが足りないような気がしていた。


 -ウィン様、一番早いのでお願いします! 私の全力で!


 心の声は神に届いた。風の渦は耳が痛いほどの甲高い音を上げながら周りのものを渦に巻き込もうとしている。渦にこの洞窟のすべての空気が吸い込まれるような勢いで、立っているサリナも体が引っ張られていく。竜巻の中では小さな火花が発生して今までとは違う唸るような音も聞こえてきた。渦の中心の地面もどんどん削れ始めているようだった。


「ちょ、ちょっと、アンタ! 止めておくれ!」


 リンネは大惨事の予感がして、後ろから大声でサリナを止めようとした。だが、洞窟内は竜巻の引き起こした甲高い音が反響して、ほとんどの声を打ち消してサリナの耳にその声は届かない。


 -危ない! 


 リンネがそう思った瞬間に、風の渦はロッドを持ったサリナ本人を渦の中に引き込もうとした。体が前のめりになり手をついたが、体を支えきれずに地面を転がっていく。


「うわぁー!」


 サリナは渦に向かって転がりながら叫んだ。


「ウィン様、止めてください!」


 神には声が届いたが、風の渦はすぐには止まらなかった。サリナの体は渦に向かって地面を転がり続けて、あちこちをぶつけて10メートルぐらい行ったところでようやく引き込む力が弱くなった。


「痛―い! もぉー!」


 膝や肘を擦りむいて服も泥だらけになったちびっ娘は怒りながら立ち上がった。すぐに自分で治療魔法をかけて怪我した場所は治したが服の汚れは落ちなかった。リンネはほっとしながら、収まっていく竜巻を見ていたが風の渦の下にはきれいにすり潰された砂が小山のように積み上がっていた。どれだけの風の速さなら岩を砂にすり潰せるのか見当もつかないが、言われた通りにやってみせたのだから凄い。


「あんた、また全力でとかやったんじゃないのかい?」

「う・・ん。だって、そのぐらいじゃないと岩は砂にならないよ?」

「だとしても、少しずつ威力を強くしていかなきゃダメだよ。あんたの全力は危ないんだからね。いまでも、もう少しで自分がすり潰されるところだっただろ?」

「うん・・・、わかった」

「じゃあ、あの砂をならして柔らかい砂の上で休もうか・・・」


 出来た砂山を平らにして座ると砂浜で座るような柔らかい感触で気持ち良かった。チョコバーを食べて水を飲みながら、しばらく話をしていたが、食いしん坊は起きているとチョコバーを全部食べたくなりそうだったので、リンネは膝枕をしてやると言ってサリナを寝かしつけた。


 投げ出したリンネの太ももに頭を乗せるとサリナは10秒も経たないうちに寝息をたてはじめた。いつも寝つきが良いが、洞窟の中でもあっさり寝ることが出来たようだ。もっとも、寝ている今でも、天井の炎は燃え続け洞窟内の隅々まで光が届いている。それに、リンネが傍にいるから安心しているようだ。左手はリンネの太ももの内側を握っている。


「やっぱり、不思議な子だねぇ・・・」


 リンネはサリナの頭を撫でながら、さっきの風の渦を思い出していた。あの渦はマリアンヌでも作れない強さだろう。その代わり、マリアンヌなら出す場所や強さの調節は出来ると思うが、風の強さだけなら圧倒的かもしれない。それに、炎魔法も出しっぱなしと言うのが凄い。二つの魔法を同時に使えるというのはあまり聞いたことが無かったが、マリアンヌもできるのだろうか? いずれにせよ、この巨大な魔法力を制御できるようになってもらいたい。魔法の練習はサトルといるときしかしていなかったが、サトルをエサにすれば自主練もやるだろう。リンネは可愛い寝顔を見ながら、この娘のために力を貸してやろうと心に決めた。


「あんたはあたしが生むことが出来なかった娘・・・、そう思うことにするよ」


 二人の洞窟共同生活が始まった。

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