第261話Ⅱ-100 迷子探し5

■スローンの町 近郊の森


 サリナ達が踏み入れた洞窟はジメジメした狭い通路でリンネの頭より少し高い位置に天井があるぐらいだった。大人の男なら腰をかがめなければ入れないだろう。地面も水が流れて滑りやすい苔がたくさん生えている。ライトの明かりで奥まで照らされているとはいえ、不気味な空間であることは間違いなかった。


 それでもゆっくり歩いて入り口から30メートルほど入ったところで突然天井が高くなり、大きなホールのような空間になって少し安心できた。壁と天井にライトを向けると奥に続く通路の入り口が2か所黒い口を開けている。


「やっぱり、子供たちはここに入って来たみたいだね。足跡があるよ」


 リンネがライトを向けた地面には小さな足跡がいくつも見えていた。


「もっと奥に行ったのかな?」

「さあ・・・、『おーい! 誰かいるかい!』・・・、返事が無いねぇ」

「じゃあ、もう少し奥に行ってみようか?」

「そうだね・・・、どっちに行くんだい?」

「うーん・・・、右!」


 サリナは腕組みをして考えてから右の通路に炎のロッドを向けた。


「へえ、何か理由があるのかい?」

「えーっとねぇ・・・、そんな気がするの!」

「勘って事かい・・・、まあ、いいさ」


 二人はサリナの勘を頼りに右の通路から奥に進み始めたが、入った通路は天井も高く足場もしっかりした岩盤で歩きやすくなっていた。


「誰かが掘ったんだろうかね・・・、地面が平らになってるよ」

「そうだね・・・、何のために掘ったんだろ?」


 リンネの言う通り地面は平らで壁の一部にも岩を削ったような跡があり、誰かが加工したことは間違いないようだった。だが、そのまま100歩ほど進んだところで洞窟は突然終わりを迎えていた。


「あれ? 行き止まりだよ・・・、変なの」


 サリナはライトで照らしながら凸凹でこぼこした突き当りの壁を上から下まで確認したが、先に進めるような穴や仕掛けの類は見つからなかった。


「おかしいねぇ、ここまで掘ってきたのに、あきらめたんだろうか?・・・だけど、戻るしかないみたいだね」


 二人は来た通路を戻りながら途中に分かれ道等が無かったかを確認したが、何も見つけることは出来なかった。だが、先ほど通路に入った広間のような場所まで戻ると不思議なことが・・・。


「これは!? なんでだい?」

「リンネ、なにが?」

「あんた、わからないのかい!? あたし達が入って来たはずの通路が消えてるじゃないか!」

「消えて? ・・・ああっ!? 本当だ! ここから行く通路が一つしか残ってない!」

「そうだよ、入って来たときは確かにあのあたりから・・・、無いねぇ。いまはここから繋がっている通路が2か所になっちまったよ」


 二人が入って来たときは通って来た通路を含めて3か所の通路がこの広間に繋がっていたが、壁際にライトを向けても2か所の通路しか残っていなかった。


「なんで、そんなことになるんだろ・・・」

「さっぱりわからないねぇ・・・」


 二人とも何一つ心当たりは無かったし、壁際に近寄って入って来た通路があったあたりをどれだけ探しても通路の跡などは見つからなかった。


「どうしようか・・・」

「・・・」

「魔法で吹き飛ばしてみる?」

「ここからだと、生き埋めになっちまうんじゃないかい?」

「そっか、そうかも・・・」


 サリナの魔法ならかなりの岩と土を吹き飛ばすことは出来るだろうが、洞窟の中が崩れると今いる場所が埋まってしま可能性が高いとリンネは思っていた。そうなると残る選択肢は一つしか残っていない。


「もう一つの通路に行ってみようか?」

「もう一つの・・・、うん、そうだね。ひょっとすると外に出られるかも!」

「そう簡単に行くかは判らないけどね。ここに居ても仕方ないからね」

「よし! 行こう!」


 サリナは改めてロッドを握りしめて、先ほど選択しなかった左の通路に向かって先にたって進み始めた。リンネはサリナほど楽観視していなかったが、進めばこの不思議な洞窟に関する何か手掛かりがあるかもしれないと考えていた。


 ―この洞窟は誰かが作ったはずだけど、一体どういう仕掛けが・・・


 §


 洞窟の外では狼たちが何かの魔獣に追い払われて、町の人間たちが子供達の捜索を再開していた。リーダー役の男は狼に囲まれた時は大勢の怪我人が出ることを覚悟していたが、不思議なことに狼たちが黒い巨大な獣に襲われ、そしてその獣は人間に襲い掛かることなく闇に消えて行った。


「今の獣は一体何だったんだろう?」

「さあな、だが居なくなったようだ。今のうちに子供達を探すんだ。俺はもう少し北の方を探してくる。お前たちは洞窟の方へ進んでくれ」

「わかった、気をつけろよ」


 リーダー役の男は一人離れて森の北側に向かって歩みを速めた。そこにはあらかじめ眠り薬で寝かせた子供達と本部から派遣されてきたネフロスの信者が二人隠れているはずだ。合図の口笛を短く吹くと、下草が密集しているあたりからランプの明かりが持ち上がった。


「おい、どうなった?」


 男は腰を低くしてランプの明かりに駆け寄って声を掛けた。


「ああ、お前たちが狼に囲まれているときに、あいつらは洞窟に自分達で入って行ったよ」


 ランプを持った男は子供達を照らしながら、リーダー役の男に短く報告した。


「そうか、そいつは都合が良いな。じゃあ。もう子供達を返しても大丈夫だな」

「俺達は魔法士のところに戻るから、しばらくしてから見つけたと大声で知らせてくれ」

「わかった、魔法士の食事は交替で用意すると伝えておけ」

「了解だ」


 二人の男が森の奥に消えて200を数えてから、リーダー役の男は大きな声で叫んだ。


「子供達が見つかったぞー、みんな無事だー!」


 何度も大声を上げてから、寝ている子供達の頬へ手を当ててしっかり呼吸していることを確認した。町長からは無害な薬とは聞いていたが、昼過ぎから長い時間眠らせられている子供達のことが気になっていた。町長の計画では同じ薬を町に来た使者にも飲ませてから洞窟に運び込むつもりだったのだが、なぜか上手く自分達で入り込んでくれた。町長が聞いた本部からの指示は生け捕りだったから、騒動を起こさずに洞窟の中に閉じ込められたなら言うことは無いはずだ。それにしても、なぜこんな大掛かりな騒動を起こすことにしたのか・・・。


「奴らに気づかれずに生け捕りにしなければならん。女二人だからと決して甘く見るなよ。何か、この町で騒動を起こして、使者の二人を屋敷に滞在させろ。そして、隙を見てこの薬を飲ませるんだ」


 土の魔法士だと言う男は町長にはっきりとそのように命令して、二人の女については詳しく説明しなかったが、眠らせた後は洞窟で監禁することになっていた。眠り薬で眠らせた使者達を閉じ込めるのにわざわざ洞窟を使う理由がわからなかったが、魔法士だけはその理由を知っているようだった。理由ということなら、そもそも王宮の使者を捕える理由も聞いていないが、聞くつもりも無かった。余計なことを聞くのはネフロス教の中では禁忌に近いことだった。


 ―俺達はネフロス神の神託どおりに生きる。ただそれだけだ・・・、俺の仕事はここまで。後は子供を返せばそれで終わりだ。


 男は近づいて来た松明に向けて、もう一度大声を上げた。


「おーい! ここだ、ここ! みんな無事だぞ!」


 子供達は大人たちの背に担がれて町まで運ばれ、それぞれの親が連れ帰った。どの子も目覚めてはおらず、どの親も心配していたが、医者の見立てでは深い眠りと言う事しか分からなかった。


 町長は子供達を帰した後にリーダー役の男から報告を受け、思った以上に上手くいったことが分かり、すぐに書状を早馬でムーアの町へと送った。後の事はこの町以外で行われることになるだろう。町長もなぜあの使者を捕えるかは分かっていなかったが、教団の指示であれば、それも土の魔法士を送り込んできたところを見ると、重要な事柄であることだけを理解していた。


 ―ご神託通りに動くことが重要だ、それこそが世界を守ることになる・・・。


 自分の仕事が終わった町長は眠り薬を入れて振舞うはずだったイノシシのシチューを食べる為に奥の部屋へと入って行き、食事の前にネフロス神へ祈りを捧げることにした。壁にはネフロスのシンボル―六芒星が大きく彫り込まれている。


 ―偉大なるネフロス神よ、われらを次なる世界へお導きください。


 目を閉じ、深い祈りを捧げて自分が教団に大きく貢献できたことに喜びを感じたまま、妻と二人で食事を始めた。


「子供達は本当に大丈夫なのですか?」

「案ずるな。明日の朝には何事も無かったように元気になっている」


 同じ信者である妻は今回の経緯も当然知っているが、子供達をエサとして使う事には賛成していなかったようだ。


「それで、この後は?」

「それはわしらの知ることでは無い」

「・・・」


 妻は目的を知りたいようだったが、町長はむしろ聞かない方が良いことを知っていた。知っていれば、誰かに話したくなるものだ。知っていないことは話すこともできない。ならば、最初から聞かない方が良いのだ。

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