第260話Ⅱ-99 迷子探し4

■炎の国 カインの町近郊の森


 ミーシャ達は町を出て走り続けると5分もしないうちに、松明を持って森の奥に進む町の男達に追いついた。いぶかしがる一人の男に町長のいる場所を聞いて、1列になって並んでいる男達の中心にいた背の低い男に声を掛けた。


「あなたが町長ですか?」

「ああ、わしがそうだが・・・、あんたたちは?」


 ライトの光を受けてまぶしそうにした町長は険しい表情でミーシャを見返す。


「私たちは王宮の使いだ。新しい法の書状を持ってきたのだが、子供が迷子になったと聞いたのでな、加勢しに来たんだ」

「そうか、ふむ。王宮からの使いに失礼をして申し訳ないが、今はお言葉に甘えることにさせてもらおう。お二人も列の端の方に入ってもらえるか?」


 町長達は横1列になって手に持った松明の明かりを頼りに大きな声を上げながら森の奥にゆっくりと進んでいる。暗い森の中で倒れている子供が居ても見逃さないようにするためと、このあたりで出没する獣を恐れての事だろう。


「いや、私たちは先に奥へ進むことにしよう。明かりも持っているし、武器もある。子供達はこの先にいると思っているのか?」

「ああ、今進んでいる先に子供達がいつも遊んでいる川があるんだ。だが、二人で大丈夫か? 聞いているかもしれんが、このあたりも夜は危険な獣が出るようになって来ておる」

「ああ、心配はいらない。私はエルフの戦士、こっちも剣士だからな。魔獣なら何とでもなる」

「・・・そうか、なら頼もうか。あんたたちの明かりは不思議なほど遠くが見えるようだからな」

「ああ、子供は5人だな?」

「そうだ」


 ミーシャはショーイを振り返って軽く頷くと、森の奥に向けて全力で走り始めた。ショーイは慌ててそれを追いかけたがみるみるうちに引き離されていく。


 ―チぃっ! ミーシャの奴、早すぎるぜ。


 ミーシャはライトの明かりを頼りに昼と同じようにはっきりと見える足元を視界の隅に収めて軽やかに森の中を駆けてゆく。生まれた時から森の中で過ごしたエルフの民にとっては何でもないことだが、平地でも普通の人間にはついて行くのが難しい早さだろう。ショーイも足が遅いわけではなく、むしろ速い方なのだが、もはやミーシャの後姿は森の暗闇に溶け込んでいる。


 ―ったく、そんなに急ぐ必要があるのかよ・・・。


 ミーシャが急いでいるのには理由があった。町長が言っていたように、この森には間違いなく獣がいる気配が満ちている。それも、普通の獣では無い気配だった。すでに手遅れかもしれないが、子供達が獣に見つかる前になんとか探し出したいと思って、可能な限りの速度で走り続ける。ショーイが遅れているのは判っていたが、こちらが止まればすぐに追いつくはずなのも分っていた。


 走り続けて5分ほどで森の奥にいる人の気配を感じて、さらに速度を上げると悲鳴がはっきり聞こえた。


「きゃ、いゃあー!」「く、来るな!」


 木々の間から見えたのは大きな木を背に体を寄せた子供達と今にも飛び掛かろうとする巨大な獣―熊だった。ミーシャは走るのをやめて、アサルトライフルを肩付けして熊の首筋に銃口を向けてトリガーを3回引き絞った。


 ―プシュッ!プシュッ!プシュッ!


「グゥオーゥッ!」


 サプレッサーで消された発射音が続き、黒い影となっている獣の体が震えて大きな声とともに2本足で立ち上がった。全長4メートルはありそうな巨大熊の首筋を捉えた3発は致命傷になっていないが、急所を狙う前にまずは突進を止める為に放ったのだ。熊は本能で攻撃してきたミーシャに気づいたようだ。距離はまだ50メートルぐらいあるが、目の前のご馳走―子供達―よりも攻撃を仕掛てきた人間を先に倒すべきだと判断したのだろう。四つ足に戻るとさっきよりも速い速度で一直線にミーシャに向かってくる。


 ミーシャはアサルトライフルを立射の姿勢のままで、熊の顔―正確には左目を狙って静かにトリガーを絞った。


 ―プシュッ!


 空気が漏れるような発射音と同時に熊の体から全ての力が失われ、鼻先から地面に突っ込んで動きを止めた。ミーシャの放った7.62㎜弾は正確に熊の左目から入り脳を頭蓋内で破壊して即死させた。脳から全身の筋肉への指令が突然途絶えた熊の体は慣性の法則で進行方向の地面にだらしなく突っ込むことになったのだ。


 ミーシャは近寄って完全に絶命したことを確認するために熊の右目も撃ち抜いてから、子供達がいる場所へ小走りに駆け寄った。


「大丈夫か!? ほかの子供は何処だ?」


 ミーシャが近寄ると3人の子供達は震えていたが、一番小さな女の子が涙でぐしゃぐしゃの顔のままミーシャの足元に抱きついて来た。


「うわーん! 怖かったよー!」

「ああ、もう大丈夫だ。それで、あとの二人は何処にいるんだ?」

「あいつらはまだ、川の向こうに・・・。かくれんぼしていたら二人が居なくなって、探したんだけど・・・」


 いまだに大木の下でうずくまっていた一番大きい男の子がぼそぼそと説明してくれた。


「そうか、その二人を探しているうちに日が暮れたんだな」

「うん・・・」


「おぉ! 見つかったのか良かったじゃないか」


 追いついたショーイには子供達との会話が聞き取れなかったようだ。


「いや、あと二人がまだ川の向こうにいる。ショーイはこの3人を頼む。町の人間が来るまで一緒に居てやってくれ」

「なんだ、また一人で行くのか? まあ、大丈夫だろうが、気をつけろよ」

「うむ、判った。泣かせるんじゃないぞ」

「なんで俺が!・・・って、もう行っちまいやがった・・・」


 ミーシャはショーイの返事を聞かずに川のせせらぎが聞こえるほうに走り出していた。たどり着いた川は広いところは川幅10メートルぐらいあったが、川幅が狭くなっている場所を探して一気に飛び越えた。川の反対側は木の数が減っているように感じたが、子供達の気配は感じ取れない。少し川からは離れたところまで歩いて目を閉じて耳を澄まし、体全体で森の中の生き物の気配を感じとろうとした。


 森の中で夜になると動き出す獣たちの気配が四方から感じられるが、人の気配が感じ取れない。だが、獣たちの動きで気になる場所があった。すぐにその方角に走りながら憂鬱な気分になっていた。


 ―すでに死んで餌になっているのか・・・。


 大型の獣の周りを中型の獣‐おそらく狼‐が囲むように何匹かいるのが分かった。大型の獣が捕食しているおこぼれを狼が狙っているのだろう。捕食されているのは・・・、嫌な想像だったが、走り出して一番先に目に入った狼の胴体にアサルトライフルの銃弾を叩き込んで追い払い、両側に見えてきた狼も同じように銃弾で追い払った。その時にはすでにライトの明かりの先に見える熊の背中が視野に入った。狼が居なくなったことを気にも留めずに、四つ足で地面の何かを前足で抑え込んで口に咥えている。


 注意を向ける為に背中に銃弾を2発叩き込むとびっくりしたような感じでミーシャの方を振り返った。暗い森の中で熊の目が光り、食事を邪魔しに来た新たな餌に向かって野太い咆哮を上げた。


「ガグゥオーッ!」


 森の中に声が響きわたる途中でアサルトライフルの銃弾は光った目を二つともつぶし、熊の頭蓋内を完全に破壊した。捕食者であったはずのその熊は餌として認識した小さな生き物の放つ小さな銃弾ですべての生命活動を停止して、その場所で地響きを立てて横倒しになった。


 ミーシャはあたりに獣がいないかを再度確認しながら、熊がいた場所の地面にライトを向けるとそこには引きちぎられた衣服と熊に首筋をかみ切られた子供が一人横たわっていた。もう一人も裸で四肢に力が無い状態でうつ伏せになっている。


 ―やはり、遅かったか・・・。


 ミーシャは残念に思ったが、まだ手足が付いている女の子はほとんど血が付いていないことに気がつき、地面に膝をついて背中へ手を伸ばした。


 ―生きている気配は無いのだが、ひょっとすると息があるかも・・・。


 だが、ミーシャのライトの中で信じられない速さで地面の少女が反転し、ミーシャの伸ばした手へ噛みついてきた。


「クゥぅッ! 放せ!」


 左手の小指と薬指にかみついた少女の目は濁り、焦点が合っていない。


「放すのだ! 私は助けに・・・」


 そこまで言ってミーシャはこの娘が既に死んでいることに気が付いた。少女の肌の色と焦点の合わない目はいつもリンネが操る死人しびとそのものだった。アサルトライフルから手を放し、腰のコンバットナイフを右手で抜いて少女の首から顎を断ち切り、噛んでいる力が抜けたところでようやく左手が自由になった。そのまま立ち上がり、少女の顔面に膝蹴りを入れて馬乗りになってから、ナイフで少女の首を胴体から切り離した。


 頭が切り離されても立ち上がろうと胴体と手足は頑張っていたが、方向感覚が無いので地面をただ転がるだけになり、そのうち動かなくなった。


 動かなくなった死人しびとの残骸を見ながら、左手の傷をライトで見ると小指は骨に達するほどの傷になっていて、血がドクドクと出てきている。


 ―ふう、サリナ達がいないときに・・・。


 タクティカルベストを脱いで、背中のポケットに入っている白い布と銀色の筒を取り出して、サトルが言っていたことを思い出していた。


「いいか、もし怪我をしたら、先にこの筒から液体を出して傷口にかけろ。それからこの包帯で傷口を包むんだ」


 言われたとおりに傷口に液体をかけると猛烈な痛みが襲ったが、我慢して包帯で包み、なんにでも引っ付くダクトテープと言う便利なものでぐるぐる巻きにした。出血は続いていたので、手首もテープで縛って血の流れを少し抑えた。


 自分の治療を終えて、地面の死人しびと少女と熊に食われた子供の死骸を改めて眺めると、食われた子供は間違いなく生きていたのだろう。引きちぎられた首の組織は生者のそれで間違いなかった。


 ―死人しびとの子供と一緒に遊んでいたのか?


 子供は5人だと聞いていた。死骸の子供は一人分だから、死人しびとを入れなければ数が合わない。まさか、もう一人いるのか? ミーシャは残りの一人を考えて森の中を見渡そうとした。


 だが、ミーシャは首を回す前に突然目の前が暗くなり、全身の力が抜けてそのまま地面に倒れこんでしまった。受け身も取れずに顔から地面に倒れこんだが、不思議なことに痛みは全く感じず、鼻から入ってくる嗅ぎなれた森の臭いを感じながら意識を失った。

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