第239話Ⅱ‐78 不死と不老長寿

■エルフの里


「それで、あんたは結局何をしたいんだい?」


 リンネは俺をからかった後で本題に戻った。


「試してみたいことがあって、それと捕えた死人達の取り調べに協力してほしいんだ」

「ふん、あんたの頼みだから何でもするけど、あたしが取り調べなんかで役に立つのかい?」

「わからないけど、みんな中々喋らないからね。少しやり方を工夫した方が良いかなと思って。飴とムチ作戦で行こうかなと思ってる。リンネは捕えられた死人しびとにできるだけ同情してやってくれよ」


 俺は良い警官、悪い警官のパターンでやれないかと思っていた。


「それは言われなくても同情してるさ。どんないきさつかは知らないけど死人しびととして生きるって決めたのには重たい理由があるはずだからね」


 確かにそうだろう、死人しびとは一度死んで蘇っている。死ぬのもつらかっただろうし、何か大きな犠牲を代償に死人しびととして復活しているのだ。


「うん、その重たい理由ってやつを聞いたりして、相手と仲良くなって欲しいんだよね。俺は嫌われることばかりするからさ」

「ふーん、何だかよくわからないねぇ・・・」

「まあ。失うものは無いし。ダメ元でやってみよう」

「で、試すって言ってたのは何を試すんだい?」

「ああ、それはね・・・」


 俺はリンネの肩を軽く触って、ストレージの中に一緒に入った。


「えっ!? ここは何処だい? テントは? 森も無くなった・・・」

「ここが俺の部屋だよ。俺が居なくなる時はここに居るんだよ」


 リンネはリビングとして使っている部屋を見回して呆然としている。部屋の中にはソファや大型のテレビ、照明等があり寛げる環境が整っている。リンネがここに入れたということは、今更だが、やっぱり死人しびとだと言うことだ。


「どうやって? 空を飛んでここに来たのかい?」

「いや、そうでは無いな。ここには・・・、俺と一緒ならどこに居ても入ることが出来るんだよ。少し前に影使いの影に取り込まれそうになった時も、すぐにここへ入ったからね」

「? 全然わからないね・・・、だけどあんたの魔法ってことだね」

「まあ、そういうことだよ。じゃあ、今から取り調べをするからそこのソファーに座ってて。ビール飲みながらで良いからさ」

「ありがとう。だけど、捕えた奴はどこにいるんだい?」


 俺はソファーに座ったリンネに缶ビールを渡してやり、目の前のテーブルに自分用の微糖紅茶を置いた。


「この部屋の中では俺は物を自由に呼び出して宙に浮かせておくことも出きるんだよ。だから、捕えた奴がいる場所をここに持ってきて上から覗いてみることができる」

「・・・? あんたは何を言ってるんだい?」

「やっぱり伝わらない? 見てもらった方が良いな」


 リンネの横に座ってレントンを閉じ込めた空間の入り口を二人の間に呼び出した。薄暗い場所に座っている男を上から見た空間が眼前に開いた。井戸の底にいるのを上から見ているような状態なのだが、俺達はソファーに座ったままだ。レントンには厳しくするつもりもなかったが、リンネに合わせる一人目としては丁度良いと思っていた。


「これは!?」

「そこに人が居るのが見えるだろ? 閉じ込めた井戸の入り口をここに持ってきたと思ってくれ」

「おお! 会いに来てくれたのか? それに今日は女も一緒なのか?」


 レントンは閉じ込められた環境を受け入れて、俺とコミュニケーションをとることが唯一の楽しみとなっている。食事も三食ではないが定期的に美味い物を食べているから、俺が来ると喜んでくれる。ましてや、知らない美女がいればテンションも上がるだろう。


「中にいるのはレントン、ムーアのお頭だった男だ。レントン、こっちは俺の友達のリンネだ、失礼のないようにな」

「リンネ・・・、ひょっとして風の国にいた死人しびと使いか?」

「おや、あたしのことを知っているのかい?」

「ああ、噂を聞いただけだがな。お前は何故ここに?」

「あたしかい、あたしはこの人に色々と世話になってるからね。一緒に旅をさせてもらってるんだよ」

「そうなのか、それで今日はどうして? ここにはその男しか入れないと思っていたんだがな」

「そうだな、生きている人間は俺しか入れない」

「本当かい!? じゃあ、サリナ達はここに来たことは無いんだね?」

「うん、ここに人を入れたのはリンネが初めてだな。他は捕まえた奴らだけ」

「そうかい・・・、何だか少し嬉しいね・・・」


 リンネは少し恥ずかしそうに俯いて笑みを浮かべた。すぐ横にある透き通るような白い肌に思わず見とれてしまう。密室で酒を飲んでいる女性と二人っきりなんて、俺には初めての経験だった・・・が、どれだけ魅力的でも相手は死人しびとだ。捕虜もいることを思い出して、本来の要件をレントンにぶつけた。


「今日、ハイドっていうお前たちの仲間を捕まえた。暗闇に閉じ込める魔術を使うやつだ。知っているか?」

「いや、詳しくは知らない。闇を使う奴がいるって聞いたことがあるだけだ」

「そうか・・・、魔石を使って大勢の人間を一度に取り込むらしいんだが、魔石がどんなものか知っているか?」

「ああ・・・、大勢の人間の生き血を使って祈りを込めた石だな。ネフロスの神にささげる生贄と祈りの量でその強さが決まるんだ」

「生贄? 人を殺すのか?」

「そうだ。生きたまま神殿で血を流させて、石に生命力すべてを取り込んで作る。長い月日と大勢の祈り、そして大量の血が必要なはずだ」

「その生贄はどうやって集めているんだ?」

「それは・・・」


 レントンは言いよどんだが、言わなくてもある程度は想像がついている。


さらってくるんだな?」

「そうだ、若い女で売れる奴は別だが、そうでないものは神殿に運ばれる」

「その神殿はどこにあるんだ」

「・・・」

「前に聞いた時もそれだけは言えないと言っていたが、どうしてなんだ? 何故、その場所は教えられないんだ?」

「・・・そこには俺の妹がいるんだ」

「妹?妹も死人しびとなのか?」

「いや、妹は死人ではない・・・」

「それはおかしくないか? お前が生まれたのはずいぶん昔なんだろ?」


 もし、レントンの妹が生きているとしたら100歳どころかもっと上の年齢になる。


「ああ、うん・・・、そうだな」

「なんだ? 言いたいことがあるなら言えよ。妹が悪人じゃないなら手出しはしないからさ」

「うん、いや、妹は悪人だ。お前たちの考えで行けば間違いなく悪人だな」

「どういう意味だ」

「それは・・・、妹は、若返りの秘術をネフロスの神から授かっているのだ」

「若返りって、年を取らないってことか? お前たちも年は取らないんだろう? 不死とは違うのか?」

「俺達は死人、つまり一度死んでいるからな。死人として年を取らないだけだ。だが、妹は不死ではない。普通の人間と同じようにケガもするし病気もする。だが、永遠の若さを手に入れているから、ケガや病気が無ければ生き続けることが出来る」


 ―不死ではなく、不老長寿ということか・・・。


「それで、妹がやっている悪事というのは、俺達が許せないようなことなのか?」

「そうだ。俺が言うのもおかしいが、人の道を外れたことをしている」

「人の道ね・・・、妹は若返りの秘術を使うために他人の命を奪うのか?」

「何故分かった!?」


 ―良くある設定のような気がするが、生贄か?生き血か?それとも・・・。


「妹はその若さを保つために、多くの人間を殺して・・・喰うのだ」

「食う? 人間を食べる・・・、そうすると年を取らないのか?」

「そうらしい。それに秘術で若返るだけでなく、あいつは自分の体を自在に作り変えることが出来るのだ」


 ―作り変える? 変身できるのか? 


「お前たちー黒い死人達が攫ってきている?」

「ああ・・・、あいつが食べるためと言うわけではない。ネフロスに捧げる生贄として攫った者の中から、あいつが気に入ったものを食べるのだ」


 人間を食べるという話をすんなり受け入れている自分が怖くなってきたが、人外の術や魔法のある世界だ、何があってもおかしくは無い。ただし、それを俺が許容するかどうかは別の話だ。

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