第240話Ⅱ‐79 やきもち

■ストレージの中


 人を食うと言う妹を持つレントン。こいつ自身もそれをよしとは思っていないのだろうが、一方で自分の妹を死に追いやる覚悟は無いのだろう。


「お前でも、人間を食うというのは人の道を外れていると思うのか?」

「そうだな、ここに居て一人で色々考えると・・・、何のために不死でいるのかが分からなくなってきた。死者を生き返らせるのも、若返りの秘術をつかうのも、すべて他の人間の命を奪っている。それも、大勢の命だ。俺の両親は死んだ俺を生き返らせるために、ネフロスに生贄を捧げたが、生贄になった者たちにも親や子がいただろう、俺はそこまでして生き返る価値があったのか?」

「そうだなあ、生きる価値って言うのは分からないけど。人間も生き物だからな、いつかは死ぬ。それを前提にして、どう生きるのかが人として大事だと思うけどな。そういう意味では、人を殺して自分が長生きするって言うのは、もう人として生きることを捨てているんじゃないのか?」

「人として生きることを捨てる・・・、なるほど、生きてはいるがもはや人では無いと言う事か。そうだな、俺もそう思う。いつの間にか人の命を奪う事が当たり前になっていたが、死人になった時に、人の心を失ってしまったということか」

「それは違うんじゃないか? 同じ死人しびとだとしてもリンネには人の心はあるし、寂しがったり、喜んだりするぞ。もちろん、無闇に人を殺したりしないよな?」

「当たり前だろ! 人を殺して何が楽しいんだい。あたしは死人しびとになる前と心の中は変わって無いよ」

「人の心か・・・、ああ、そういうことだな。俺は死人しびとになって、すでに人では無いと自分で決めつけていたんだな。だから、人の命を奪う事に何の抵抗も無くなっていた」

「そうかもな。だが、ゆっくり考える時間が出来て良かったんじゃないか?ここからすぐに出してやることは出来ないが、お前に人としての心が本当に戻った時には、外に出ることが出来るかもな」


 今のところ出すつもりは1ミリも無いのだが、希望は持たせた方が良いだろう。


「そうだよ、死人しびとだって生きているんだからね。体は老いなくても、心の中は変わるのさ。あたしも、あんたたちと一緒に旅をさせてもらって、ずいぶんと考え方は変わったんだよ」

「そうか? リンネはあんまり変わってない気がするけどな」

「ふん、そのうち分るよ」


 横に座ったリンネは暗闇のレントンに向けて笑顔をみせた。


「あんたもこんな場所でもしっかり話ができるようになったじゃないか。最初に捕まえられた時とは変わったんだろ?」

「どうかな・・・、ここに居ると不思議に落ち着くんだ。誰にも会えないけど、会わなくて済むとも言えるからな。いつの間にか犯罪者のかしらをやることになっていたが、俺は剣や魔法が使えたわけでもないからな」

「そういえば、お前は何ができるんだ? あいつらのかしらになるぐらいだから、特技があるんだろ?」

「俺は人を操ることが出来るんだ」

「操るって言うのは?」

「ここではできないが、外にいたときは相手の目を見るだけでそいつは俺の言うことを聞くようになる。もっとも、時間がたつと解けるし、意志の強い人間は意のままにはならないがな」


 ―催眠術のようなものか?


「それに、俺は組織の金を動かす役割だったから、荒事あらごとは別の奴らに任せていた」

「そうか、結局神殿の場所は教えてくれるのか?」


 すっかり打ち解けてきたと判断して、もう一度聞いてみた。


「そうだな、しばらく考えさせてくれ。お前たちに場所を教えて良いか・・・、今はまだわからない。教えればお前たちは妹を殺すことになるのだろう?」

「どうだろう・・・、話を聞いていると、極悪人だと思うけど・・・」


 人を食う不老長寿の妹を死刑にしても良いのか?日本ならそれで良いだろう。殺した数は一人二人では無いのだから。だが、それを俺が決めて良いのか?この世界ではどうだろうか? だめだな、俺の価値観ではさすがにこの妹はナシだ。


「ああ、悪いが妹はこれ以上生き続けない方が良いだろう。この世界のためになるとは思えない」

「そうだろうな・・・、俺もそう思うが、かといって、妹を殺して欲しくは無い」

「兄なら当然だろうな。だけど、妹は生贄を食べなくなったら死ぬんじゃないのか?」

「ああ、術が解けてしまうだろう。生贄なしでは長くはもたない」

「だったら、殺さなくても捕まえれば死んでしまうということだが、このまま生贄を食い続けるのを放っておくこともできない。と言うことは、やっぱり・・・」

「・・・」


 生贄を与えることなどできない、だからレントンの妹を殺すしかない。俺が出した結論はそういうことだ。神でもない俺が人の生死を決めることに抵抗はあるが、何もしなければ、もっと多くの人が死ぬのだ。


■エルフの里


「ねえ、ミーシャ。サトルはリンネを連れてどこに行ったんだろ?」


 サリナはイライラしながら、ひたすら肉を焼き続けた。もちろん、途中で自分もかなりの量を食べてはいたが、サトルのお願いだから頑張って焼いているのに、サトルはサリナを置いて他の人とばかり話をしている。


「テントで休憩しているんじゃないのか?」

「さっき見に行ったけど、居なかった・・・」

「居ない? うん、どこだろうな・・・、サトルは自分の部屋かもしれないがな」

「リンネも?」

「いや、あの部屋はサトル以外は入れないらしいから。違うだろう」

「そっか。そうだよね、私もミーシャも入ったことが無いもんね」

「ああ、無い。サトル以外は入れないから安心しろ・・・あっ!」

「どうしたの?」

「う、うん・・・。サトルが言っていたんだ、生きている人間であそこに入れるのは俺だけだって、だからミーシャもサリナも入れないって・・・」

「生きてる人間が入れない?えっ!?じゃあ、ダメじゃん!リンネは生きてるけど死んでるから入れるじゃない!」

「そうだな、うん。リンネは入れるのだろうな」

「そんなぁ・・・、リンネがサトルの部屋で二人っきりなの?」

「どうだろうな、うん。リンネもいないからな」

「あーっ! 腹立つ!私が入れないのに!」


サリナはサトルがこの国に来て最初に一緒にいるようになったのが自分で一番頼りにされていると信じていた。ミーシャやリンネよりも長く一緒にいるし、車の運転や不思議な道具も自分が一番先に使い方を覚えた。その自分よりも先にリンネがサトルの部屋に入れたことに行き場のない怒りを覚えていた。


「そう怒るな。リンネを部屋に入れたのは何か理由があるのだろう」

「理由って?」

「それは・・・、聞いていないが。戻ってきたら聞けば良いじゃないか」

「私が聞くの?・・・、聞いたらサトルは怒らないかな?」

「大丈夫だろ?」

「そうかな・・・、ミーシャが聞いてよ。ミーシャは怒られないから」

「ああ、良いぞ。お前がいるときに聞いてやろう」

「ありがと。ねえ、リンネもサトルの事が好きなのかな?」

「どうだろうな、嫌いではないと思うが。だが、お前の好きとは違うような気がするけどな」

「私の好きとは違う?」

「ああ、お前のようにやきもちは焼かないと思うぞ」

「やきもち? それってどういう意味?」

「サトルが他の女と一緒にいると腹が立つだろ? それがやきもちだ」

「・・・やきもち。何で腹立つのかな・・・」

「お前がサトルをすごく好きだからだな。自分以外の女と一緒にいるのが嫌なのだ。私やリンネはそんなに腹を立てたりしないからな」

「そっか!私が一番サトルを好きだからだね。じゃあ、みんなはあんまり腹が立たないなら、そんなに好きじゃないってことだね。うん、わかった!」


サリナは自分がサトルのことを一番好きなんだと勝手に解釈して、少しだけ機嫌が良くなった。それでも、サトルの部屋に入れないことはやっぱり納得がいかない。


ーどうやったら、サトルの部屋に二人で入れるんだろ?


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