第232話Ⅱ‐71 エルフの民は?

■水の国 王宮


 王と女王はサロンのソファーで茶を飲みながら、お互いの目をのぞき込んでいた。


「どうぞ、何かお話があるのでしょ?」

「うむ、そなたはあの勇者達を会議に招いて、どうしようと考えておるのだ?やはり、教会を昔のような組織に戻したいのか?」

「いえ、そのつもりはありません。無論、勇者がそれを望めば別ですが。すべては”勇者の心のままに”と言うことです」

「ふむ、では火の国の方はこのままで良いと考えているのか?」

「良くは無いのでしょう。ですが、それも勇者が考えることの一つです。勇者の出した答え次第です。ですが、その件は勇者だけに任せる訳にもいかないかもしれません」

「やはり、あの者たちは闇の世界に支配されているのだろうか?」

「少なくとも女王が何者かに操られているのは確実です。ですが、あの大臣が操っているのか、大臣も操られているのかはあなたにも分からないのでしょう?」

「ああ、私の配下にも見極められなかった」

「いずれにせよ、火の国がどう動くにしても信用できないということです」

「ふむ、では次の王国会議での発言に関わらず、何とかせねばならんのだな」

「ええ、そうです。なんとかしなければ・・・」


 女王はエルフの里に行く前のサトル達を見て、勇者に頼るにはもう少し時間がかかりそうだと思っていた。


 ―時間がどれだけあるのか? あの子は間に合うのか?


■エルフの里


 里を一通り見て回っても手掛かりを見つけられなかったミーシャは黙って俯いていたが、突然顔を上げて俺を見た。


「サトル、風の精霊に会ってくれ」

「風の精霊? って長老しか見えないんだろ? どうやって会うんだ?」

「私には見えないが、長老が会っている場所は分かっている。風の谷にいるんだ」

「風の谷か。もちろん行ってもいいけど、どこにあるの?」

「ここから北に1時間ほど歩いたところだ。もともと、ここに来た目的の一つだし、風の精霊はこの里を守ってくれる存在だから、何か・・・、何かを知っているかもしれない」

「ああ、わかった。じゃあ、行こう。みんなはここで待っていてくれ。一応、遠距離無線機も持っていくから、何かあったら無線で呼んでくれ」


 里のみんなの事も心配だったが、ミーシャと二人で行けるならどこへでも・・・。


「サリナも行く!」

「あ、ああ、そうか。良いよ、一緒に行こう」

「やったー!」


 ちびっ娘は俺の野望に気が付いたのか、すかさず手を挙げていた。残念ながら断る理由も特に思い当たらなかった。行く前に念のためにキャンプ用品や食料品等も全部出しておいた。仮に俺達の戻りが遅れても、1週間程度はなんとかなるはずだ。護衛のために黒虎もリンネ用に5匹置いておく。


「気を付けてくださいね。この里は人が居ないだけでなく、生き物の生気が全くありません。何か良くない力が働いたことは間違いないのです」

「判りました。ありがとうございます」


 俺はママさんに軽く頭を下げて、すぐに走り出したミーシャの後を追いかけた。ミーシャは相変わらずの速度でどんどん森を北に向かって進んでいく。俺もサリナもついて行くのがやっとだ。特にサリナは5分で音を上げた。


「ミーシャ! もう無理! もっとゆっくり!」

「ああ、そうか。うん、すまんな。ちょっと急ぎすぎたな」


 ミーシャは一旦止まって、俺達を待ってくれた。あまりの事で気が急いているのはよくわかる。自分の村が、いや同族が全員いなくなったのだ、ショックの大きさは計り知れない。それからは、俺達が少しぜーぜー言う程度のスピードで歩き続け、1時間ぐらい経ったところで森の向こうに渓谷があるのが見えてきた。


「あそこが、風の谷の入り口だ。私も滅多に来ないが、奥に行けば精霊のいる場所があるのだ」


 ミーシャが言う風の谷は高さが100メートルぐらいありそうな崖をV字型に切り取ったような場所だった。谷の奥からは温かく心地よい風が流れてくるのが頬で感じられた。


「なんか、気持ち良い風だね」

「ああ、穏やかな気持ちになるな」


 サリナの言う気持ち良い風に向かって谷の奥へ進んで行くと、途中で巨大な岩が両側に転がっている場所があった。


「この岩の塊が谷をふさいで風を遮っていたのだ。それを神の拳で砕いてくれたのが、前の勇者の仲間の一人だ」

「砕いたって・・・、この岩と言うか岩石は厚みだけでも5メートルぐらいあるよ?」

「そうだな、砕けてこの状態だからな、もっと大きかったのだろう」


 ―えーっ! あの皮手袋とナックルダスターでそんなこと出来るか!?


 今のサリナの風魔法でもあの厚みの壁だと吹き飛ばせるかどうか微妙だ。この世界の建物の壁はしょせん50㎝までのものだ。それが土の塊で5メートルかそれ以上? まだ、無理じゃないかな? ママさんならどうだろ?俺のロケットランチャーでも1発では無理だろう・・・、それを拳で?


 頭の中に“?”が山ほど浮かんだが、その伝承がこの里に伝わっているのは間違いない。というか、その時から生きている人がたくさんいるから事実なのだ。


 渓谷は奥に進むにつれて少し風が強くなってきたような気がするが、心地よさは変わらなかった。やがて、前方に三角形の建物が見えてきた。どう見ても人工物だが、近づくとそれは高さ5メートルぐらいの四角碓―ピラミッドと言った方が良いかもしれないーものだった。


「ここが風の精霊が居る場所だ」

「この建物はエルフ達が作ったの?」


 エジプトのピラミッドのように岩を積んだものではない。触ると表面はすべすべした岩石のようだが、継ぎ目のない巨大な石を加工したのだろうか?



「いや、これはわれらが生まれる前よりこの地にあるものだと聞いている」


 ―エルフが生まれる前って数千年単位のさらに前?


「それで、風の精霊はどうやって呼ぶの?」

「それは・・・、知らない。私は見聞きすることが出来ないからな」

「なるほどね。まあ、俺は勇者だから呼べば来てくれるかも。それとも、勇者の神殿みたいに、ピラミッドの中に・・・って!」


 ―ふーん、君が今度の勇者なんだね。


 ピラミッドの上に、小さな男の子のような形をしたものが浮かんでいる。水の精霊と同じように俺の頭の中に突然話しかけてきた。だが、姿はミーシャとサリナにも見えているようだ、二人とも俺と同じ場所を見上げている。


「あなたが風の精霊なんですか?」


 ―うん、そうだよ。僕はブーン。前の勇者が名前をくれたんだ。


「じゃあ、ブーンさん・・・」


 ―違う、ブーン!ブーンサンじゃない!


「あ、そうですか。じゃあ、ブーン。俺はサトルと言います、よろしくお願いします。ちょっと困ったことがあって力を貸して欲しいです」


 ―エルフの里の事だね。


「そうです、誰もいないのですが、何処に行ったか、どうやったら戻せるかご存じなら教えてください」


 ―良いけど、君はエルフの里をなぜ助けたいの?


「それは・・・、俺の大事な仲間の家族がいるから・・・、それに俺の知っている人も何人もいるから・・・です」


 ―そうか、そこのエルフの娘が君の仲間なんだね。そんなに大事なのかい?


「ええ、大事です。この世界で最も大切な仲間の一人です」


 俺はいろんな思いを込めてブーンに大切さを訴えた。恥ずかしくて一番好きな人・・・というセリフは我慢した。


 ―わかった。エルフの里には闇の呪法がかけられたんだ。里を囲むように埋められた闇の魔石の力で中にいたありとあらゆる動物は闇の空間に連れて行かれた・・・と思う。


「闇の空間って、そんな! じゃあ、里のみんなは!?」


 ―その空間にいる。本当なら、死んでいるところだけどノルドが僕の渡した護符を持っているからね。風の力を使って闇の力を中から打ち消そうとしている。


「中から消せるんですか?」


 ―無理だね。相手の呪法の中では十分な力が出せないんだよ。


「それだと、いつかは・・・。じゃあ、その呪法を解くにはどうすれば良いんですか?」


 ―埋められた魔石を砕くか、術士を倒すかのどちらかだと思う。僕もやったことが無いから推測だけど。


「石はどこに? それか術士はどこに?」


 ―それは僕にも分らない。


「そんな・・・、ノルドの護符はどのぐらい耐えられるんでしょうか?」


 ―どうかな・・・、もう3日ほど経つからね。ギリギリなんじゃないかな。


「ブーンの力で何とかしてもらえないんですか?」


 ―僕はここから離れられないんだよ。だから無理だね、頑張れ勇者!


「あッ!」


 ブーンは色々教えてくれて突然消えた。味方のようだが、その力でエルフの民を取り戻してはくれない。そして時間はあまり無いと他人事のように言う。

 

―これは困った。銃や現代の道具で解決できる範疇じゃない。どうしよう・・・。

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