第233話Ⅱ‐72 闇の結界

■エルフの里 


 闇使いのハイドは大掛かりな闇の結界を準備するのに5年の歳月を要していた。この結界を作って中の人間を取り込むためには、完全な闇の魔石が6個必要になる。闇の魔石はボルケーノ火山で見つかった魔石をネフロス神に捧げた生贄の血に浸して、信者の強い祈りを捧げ続けなければ闇の魔石としての力を発揮できない。魔石を作るために生贄と祈りを捧げ続けて、ようやく魔石が6個揃った。時間がかかる代わり、六芒星の配置に置いた魔石の中にいるすべての生き物はハイドの呪法で闇の空間に取り込める、異形の者たち―エルフのすべてを根絶やしに・・・そのはずだった。


 だが、エルフの里を遠巻きに配置した魔石を使って呪法を発動させた途端に、強い力が結界の中から外に向かって働き掛けてきたのが分かった。その力が何かははっきりしなかったが、結界が完全に閉じる前に外の世界、すなわちこの光の世界につながる道筋を残したようだ。


 ―だが、もう力が残ってはおるまい・・・。


 ハイドは呪法を完成させるために、三日間不眠不休で闇の神へ呪を捧げ続けている。死人であるハイドにとって、不眠不休は何ほどの事でもない。何も飲み食いせずとも、寝ずとものろいを続けることが出来る。だが、結界から外に力を出している相手は取り込んだエルフ、すなわち生者せいじゃだ。どこかでその力が途切れることは確実、実際に徐々に抵抗する力が弱くなり闇の結界が完成しようとしているのが感じられていた。


 ハイドは森の奥に隠れたまま結界の完成に向けて、最後の集中力を高めていた。結界さえ完成してしまえば、取り込んだ生き物はすべて闇の祭壇へ送られ、生贄としてネフロス神に捧げることが出来る。そうすれば・・・。


 §


「森の周りにいるはずの魔術師か魔石を探す必要があるんだが、何かいい方法は無いか?」


 俺は風の谷の出口へ向かいながら無線で里にいるママさん達に話しかけた。


「手分けして探すしかないでしょうが、小さい里といってもそれなりの広さがありますからね、見つけるのは容易ではないと思いますね」


 無線から聞こえるママさんの声も心なしか元気が無いようだ。


「ああ、ここからは邪気のようなものはどこにも感じられない。アテもなく探すことになるが仕方ないだろう」


 ―ショーイにも何も感じられないのか、ミーシャも分らないと言っているし・・・


「じゃあ、手分けして探してもらえるか? 北と西のほうは俺達が探すから、東と南のほうを頼む」

「わかりました。では、リンネとお仲間にここは守ってもらいましょう。ショーイ、あなたは南をお願いします。私とハンスは東へ向かいます」

「わかりました。マリアンヌ様」

「マリアンヌさん、何かあったら無線で話してください。赤いボタンを押せば全員に聞こえます」

「わかりました。あなたたちも気を付けて」


 無線の通話を終えて、俺達は駆け足で走り続けた。巨大な岩が転がる場所を通り抜けて、谷の出口が見えてきたところで、ミーシャが叫んだ。


「シルバー!」


 前方から巨大な狼が凄い勢いで走ってくるのが見えた。こいつは前回は西の砦の危機を教えてくれたが、走る姿を見ると俺達に襲い掛かる気なのかも・・・、そんなことは無かった。シルバーは俺達の前で急停止すると地面に腹ばいになった。


「どうした? 何を・・・」

「乗れと言っているのだ、乗ろう!」

「えっ!? 狼の背中に?」

「ああ、私はいつも乗せてもらっていた。馬などよりもはるかに速い」


 そういってミーシャは背中にまたがってシルバーの首筋を撫でた。


「早くしろ! 3人ぐらい全然平気だから!」


 確かにシルバーは馬ぐらいの大きさはあるからなぁ・・・、しかし3人で200㎏にはなるんじゃないか? 本当に・・・

「よいしょっと。サトルも早く」


 サリナもミーシャに続いて背中に乗った・・・、しまった! そこは俺が乗るべき場所だった。仕方なくおれはサリナの後ろに座ったが、シルバーはすぐに立ち上がったので慌てておれはサリナにしがみつく形になってしまった。サリナはミーシャの腰に手を回してしがみつき、ミーシャは首周りの豊かな毛を握りしめている。俺達は疾走する狼の背に3人でしっかりと体を寄せ合うことになった。


 シルバーは飛ぶように走ってくれた。それなりに重いはずだし、ミーシャが掴んでいる毛が引っ張られて痛くないかが気になってきた。だが、同時に俺はサリナの腰に回した手がサリナの胸に当たるのも意識していた。


 ―緊急時だと言うのに俺ってやつは・・・。


 少し自己嫌悪になりながらも、揺れる狼が走りやすいようにできるだけ動かずに我慢していると、シルバーは3分ほどでゆっくり歩きだして、すぐに止まった。地面に腹ばいになったから降りろと言うことだろう。連れてきた場所は里から見ると北西に当たる場所だった。


「ミーシャ、ここに何かあるのか?」

「・・・いや、とくに何も感じられないが」

「シルバー、お前は何を見つけてくれたんだ? 魔石か?」


 俺はシルバーが乗せてきた以上はここに何かあると確信していた。ご都合主義だが、魔石を見つけてくれたならベストなのだ。


 シルバーはお座りの姿勢になると俺を見てから首を右に振って森の奥を見ていた。


「そっちを見ろと言うことか?」


 返事は無いが、シルバーの首が示した方向を見ると他と大差のない木々が生い茂っているだけだった。


「あそこか? 他と変わりは無いようだけどな。ミーシャ、何か感じるか?」

「いや、何の気配もしないな」

「そうか・・・、だけど、俺はこいつを信じてみるよ」


 俺は横に座ったシルバーの首を撫でながら木々の影になっている場所を見ていた。


「どうするのだ?」

「サリナ、あのあたりを炎のロッドで吹き飛ばせ。全力の半分ぐらいで良いからな」

「半分・・・ね。わかった!任せてよ!」


 サリナはすぐにポーチからロッドを取り出して俺が指し示した方向に向けた。


「ふぁいあ!」


 ロッドから圧縮された風と炎が交じり合って密集した木々を焼き払いながら吹き飛ばしていく。10メートル幅ぐらいで木々が次々と大地から引き抜かれて、その奥にある木へとたたきつけられ、叩きつけられた木もまた地面から引きはがされて、炎に巻き込まれて燃えながら飛んでいく。50メートルほど先まで木が無くなったところで、絶叫が俺の耳に聞こえてきた。


 ―ギィエー!


「何かいるぞ!」


 ミーシャは声と同時にアサルトライフルを立て続けに打ち込んでいた。俺にはっきりとは見えなかったが、木では無い何かが木と一緒に飛んでいったように見えた。


「サリナ、火を止めろ」

「うん」


 サリナがロッドから迸る火炎風を止めると、シルバーとミーシャが荒れ地となっている場所へ一気に駆け込んで行く。俺とサリナも慌てて続いたが、一人と一匹はあっという間に向こうのほうに積み上がって燃えている木の山まで行ってしまった。シルバーは炎を恐れずに燃えている木の間にあった人影を咥えて火の中から首の一振りで俺達の方へ放り投げた。


 ―全く見えなかったのに何処に隠れていたんだ?


 飛んできたそいつはくすぶっているが燃えてはいないようだ。ミーシャは地面に落ちたそいつに立て続けに銃弾をお見舞いしている。だが、死人しびとなのか手応えが伝わってこない。それでも、死人しびとなら・・・、そいつの足元までいって、躊躇なく俺はストレージに入れてしまった。


「今のが魔術師なのか?」


 ミーシャは険しい顔のまま俺を見ている。


「どうだろう? ミーシャは敵だと思ったんだろ?」

「ああ、あの姿が見えた瞬間にあいつから何とも言えない嫌な気を感じたのだ。間違いなくあいつは敵だ」

「そうか・・・、もしあいつが魔術師なら・・・、リンネ!聞こえるか?」

「・・・」


 俺は無線でエルフの里に居るリンネに呼びかけたが返事が無い。何かあったのか?違うな、無線の使い方が分かっていない。


「リンネ! 赤いボタンを押せ!押しながら話してくれ」

「サトルかい? 聞こえてるかい? 大変だよ! 人がいっぱいだよ!」

「人って、エルフか? 誰がいる? 傍にいる誰かを呼んでくれ!」

「ああ、・・・ちょっと、あんたの名前は・・・ノルドって人がここに居るよ」

「長老! ご無事でしたか!?」

「・・・ミーシャか?・・・声だけがするの・・・、まあ良い。みんな無事じゃ。暗闇から元の場所へ突然戻った。安心せい」

「みんな無事・・・、良かった!今から里へ戻ります!」

「・・・、待ってるってさ。ところで、何があったんだい?」

「ああ、詳しい話は後だ。マリアンヌさん、ショーイも聞いてたら里に戻ってください」

「はーい、良かったですね」

「・・・」


 ママさんの安心した声が聞こえてきた。ショーイからは返事が無かったが、聞くのは操作が無くても聞こえたはずだから大丈夫だろう。正確には何があったのかは分からないが、暗い場所に連れて行かれたエルフの里全員が元の場所に戻ってきた。エルフ達が消えたのは、間違いなく俺がストレージに放り込んだ奴の仕業だったのだろう。そいつの取り調べは後でやるとして、何もできないストレージに入れておけば安心だ。


「じゃあ、里に・・・」


 振り返ってシルバーを見ると、既にミーシャたちが跨っていた。

「早く乗れ、すぐに行くぞ!」

「はい・・・」


 サリナの後ろからシルバーの背に乗って、俺達は里に向かって運ばれた。


 ―また、出遅れた。席替えは無し・・・ですか?

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