第126話Ⅰ-126 見張り

■風の国 王都ゲイル


 ハンスは下町にある昇竜と言う店を探し当てたが、店の扉は締まり鍵がかかっていた。扉に耳を当ててみても中に人のいる気配は無かった。誰もいないのは、さっき聞こえた大きな音が原因かもしれない。


 やはり、大きな音があった場所へ様子を見に行ってみる方が良いだろうか・・・、いや、やはりやめておこう。人が集まっているかもしれないから、目を引く可能性が高い。今日はいったん宿へ戻って明日出直すことにしよう。明日もマントの男が店にいるかは判らないが、今のところはそれしか当てにできるものがない。


 すっかり暗くなっている通りを宿に向かって歩いていると、後ろから聞きなれた声で呼び止められた


「お兄ちゃん!」

「・・・サリナか!? お前はどうしてここに?」


 サリナが小走りに走り寄って来た、後ろにはリンネもついて来ている。


「うん、お兄ちゃんが心配で・・・」

「そうか、だが、お前はサトル殿と一緒に居ないといけないのだ。私を追いかけて来てははいけない」

「うん、判っているけど・・・、そうだ、中で話さないと! お兄ちゃん、宿の部屋へ行こうよ!」

「ああ、それは良いが、お前たちの宿はどこなのだ?」

「お兄ちゃんと同じところでお金を払ったよ」

「あんなところへ泊まるのか・・・」


 あの宿は女子供が泊まるような宿ではない、ならず者たちの常宿でベッドの汚さも定番だ。


「お前たちは他の宿を探しなさい、一緒について行ってやろう」

「ダメなの! あの宿じゃないと」

「何故だ? もっといい宿が・・・」

「いいから、早く部屋に!」


 サリナはハンスの腕を掴んで宿へ連れて行った。宿屋の主人はハンス達をちらりと見たが、金を貰っている事が判ったようで、興味なさげに目をそらした。サリナは二階の1番奥の部屋へハンスを連れ込んだ。ハンスが泊まっている部屋とは廊下を挟んで向かい側だった。


「ふう、此処なら大丈夫」

「どうした、なぜ部屋へ入りたがったんだ?」


「うん、サトルがそうしろって言ってるの。それにね・・・」

「サトル殿が? ゲイルに来ているのか?」


「ちょっと待ってね、お兄ちゃん。えーと、黒い飲み物でもないし、ハンバーガーでもないし・・・」


 サリナは背中に背負っていた荷物入れから、色々な物を汚いベッドの上に出し始めた。


「あった! これを、ここに差して・・・、こっちを繋いで・・・、出来た!・・・かな?」


 何か黒い四角いものを二つと、細い紐のようなものを何本か結んでいるようだ。


「サトル! 聞こえる! ・・・あれ? そっか、この四角いのとこっちの赤いのを押して・・・、サトル! 聞こえる!」

「ああ、聞こえるぞ。声がでかい、静かに話せ」


 突然、ベッドに置いた黒い四角いものから、サトルの声が聞えた。


「こ、これは? サトル殿は何処に?」

「お兄ちゃん、話すときはこの四角いのに口を近づけてね」


 サリナは手に持った小さなものをハンスの顔に近づけた。


「ああ・・、サトル殿ですか?」

「そうだよ、ハンスが無事で良かった」


 サトルの声はベッドに置いた黒い箱から聞こえてくる。


「これは一体、どういう・・・」

「それは、俺の無線っていう魔法だ。それよりも手短に伝えるけど、ハンスは黒い死人達に見張られている。サリナも今日の昼間にあいつらに捕まっていた」

「エッ! サリナが!? どうやって、逃げ出せたんですか?」

「それは、そのちびっ娘から直接聞いてくれ、俺達は見張りの後をつけるから、お前たちは朝までその宿から出るな。それで、明日の朝にイースト商会で落ち合おう。いいな、絶対に出かけるなよ!」

「判りました、明日イースト商会ですね。それで・・・」

「あいつらの一人が動いたから追いかける。サリナ、ボタンはそのままにしておけよ」

「わかった!」


 黒い箱からの声が聞えなくなった。一体何が起こっているのだろう?


「あんたは、この町に入ってから、奴らにずっと見張られてたんだろうよ」

「ずっと、ですか?」

「ああ、それで宿で見張っていたやつが、サリナを見つけて奴らのアジトへ連れてったのさ。おおかた、砦でサリナを見たやつが見張りの中に居たんだろう。今も、この宿の周りには見張りが何人もいるはずさ」

「それで、サリナはどうやって・・・、サトル殿が助けてくれたのか?」

「ううん、一人で・・・魔法で頑張った!」


 サリナはベッドに座ったまま、恥ずかしそうに笑顔を見せた。


「そうか、頑張ったのか!?」

「あんた、喜んでるみたいだけど、この子はとんでもない事をしたんだよ」

「とんでもない事?」

「ああ、あの凄い音を聞いたんだろ?あれはこの子の仕業だよ」

「!」


■ゲイル下町の娼館


「ホイスの行方は判らねえのか?」


 兄貴と呼ばれる男は、ベッドでタバコを咥えて、女を侍らせたまま手下の話を聞いていた。


「はい、アジトの辺りを探しましたが、なんせ瓦礫が飛び散っているもんですから。死体も見つかりそうにありません」

「隣の倉庫も無くなったってのは本当か?」

「はい、三つ四つ向こうまで無くなりました」


 信じられない話だ、あの辺りの倉庫は全部石造りで頑丈になっている。嵐が来ても大丈夫だからアジトとして使っていた。


「ホイスは獣人をこの町で見つけてたんだろ? そいつの仕業なのか?」

「いえ、獣人は倉庫が吹っ飛んだときは組合に居ました。アジトにはその前に、アイツの仲間の小さい娘を俺が言いくるめて連れて行ったんですが・・・」

「その娘はどうしたんだ?」

「倉庫の奥に閉じ込めて俺は見張りに戻ったんで、その後の事は判りません。ですが、今は獣人と同じ宿に入っています」


 倉庫の件はその娘の魔法なのか? しかし、そんな魔法はないだろう。風の魔法の達人でも人を吹っ飛ばす程度だ・・・、そいつらには何か大きな武器でもあるのか? いずれにせよ、アジトを壊された落とし前が必要だ、別にそいつらの仕業じゃなくてもかまわない。


「人手を集めろ。今夜中にケリをつける」


 ホリスも油断したんだろう、見つけて泳がせておくから下手を打ったんだ。

 俺は容赦をしない、見つけ次第捕らえて次のヤツのエサにして、全員を狩ってやる。


■娼館の前


 ハンスの宿には5人の見張りが居たが、そのうちの一人が見張りから離れて行ったので、俺一人でここまで後をつけてきた。この建物、おそらく売春宿に入るとしばらくして出てきたが、宿を見張っているミーシャの所には戻っていかなかったようだ。無線のおかげで離れても動きが判るのは非常に便利だ、張り込みをする刑事とかスパイとかがこんな感じかもしれない。


 だが、ここは奴らのアジトでは無かったのか?俺の予想では、一人が誰かの所に報告に行ったはずなんだが・・・、また戻って来た。人数が増えているから、やっぱりここがアジトのようだ。


 さて、待ち伏せが良いか?先手必勝か? どこまでやるべきか・・・。

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