第125話Ⅰ-125 惨状

■王都ゲイル イースト商会前


 イースト商会の入り口前で座っているリンネの目には、砦以外の世界も200年前とそんなに変わっていないように思えた。服装は少し変わった気がするが、移動は馬車だし、食べ物もそんなに変わらない。でも、それはサトルと2日ほど一緒にいた所為なのかも。あの子の食事も馬車もこの国の物とは全く違う。あんな食事を食べた後だと、イースタンのご馳走も味がしないように思ってしまう。


 ゲイルの町にも来たことがあるはずだけど、200年以上前だから殆ど覚えていない。でも、黒い死人達のアジトは砦に居たやつらの話だと下町にあるはずだった。ここに来る前に、その辺りを歩いてみたけど、昼間でも目つきの良くないやつらがうろついている。探りに行くにしても作戦が必要なんだと思う。


 そろそろ、サリナがここに来ても良い頃のはず。でも、まだ姿が見えない。ここまでは御者が連れてきてくれたはずだから大丈夫なはずだけど。宿を探して迷子にでもなったんだろうか?あの子もハンスが居ないと何もできない子だからね。まあ、日暮れまではもう少しあるから、ここで待つことにしようかね・・・。


-ドッッゴーーン!!!


 何?今の大きな音は?建物が壊れたの? さっき見てきた下町の方からだったけど・・・


■ゲイルのギルド


 ハンスが予想したとおりに、日暮れ前から昨日の二人はギルドホールで飲んでいた。ハンスが渡した金で既に出来上がっているようだ。


「おお、早いね。でも、よかったぜ。お前さんの要望通りに、奴らと話が出来るヤツを見つけてきたぜ」

「そうか、何処に行けば会えるんだ?」

「先に出すものを出しなよ」


 ハンスは男たちから目を離さずに銀貨をテーブルの上に置いたが、銀貨の上には手を置いたままにしておいた。


「確かな情報だろうな?嘘だったら高くつくぞ」

「疑り深い奴だな・・・、まあ、相手が相手だしな。下町にある昇竜って酒場へ行け、そこのカウンターで茶色いマントの男が飲んでるから、そいつへ銀貨3枚を渡してこう言え。『昨日の続きだ』、それだけでわかるはずだ」

「男の名前は?」

「判らん、だが、額に小さな傷のある男だ」


 この酔っ払い達を信じるのは難しかったが、ハンスに他の当てがあるわけでもなかった。ハンスは膨らむ疑念を押し殺して、とりあえずその酒場に行くことにした。


 組合から通りにでて、下町へ向かって歩き出した時にその音は聞こえた。


 -ドッゴ――ーン!!!


 すさまじい音だ! 山崩れ? そんなはずは無い、ここは町の中だ。下町の方から聞こえたようだが・・・


■ゲイルの城門付近


 その大きな音は、俺達が入市税を支払って門の下を通過し途端に聞こえてきた。大きなものが爆発・・・、いや建物が壊される音だ。この世界では俺以外は火薬を持っていないから爆発は起こらない。巨大な何かを建物にぶつけたような轟音がしたということは・・・、サリナだろう。俺以外にそんな破壊力がある奴はサリナだけだ。


「ミーシャ! サリナだ! 音がした方に走るぞ!」

「判った!」


 ミーシャがさっそうと走り出し、俺は必死で追いかけた。大きな角を3回ぐらい曲がると、遠くで煙? 砂埃? 何かが立ち上っているのが見えてきた。そちらに近づくにつれ、逆方向へ逃げてくる人間とすれ違うようになってくる。1㎞も走ると、ミーシャは俺を置いてだいぶ先へ行ってしまったので、あきらめて早歩きで歩き始めた。方角は立ち上る煙が見えているから判っている。


 すれ違う人達は、-恐ろしい- -吹き飛んだ- 等と口々に話して、怯えた表情で足早に立ち去って行く。残り2ブロックぐらいになると、周りの建物が荒れてきた。空き家や、いかがわしそうな飲み屋等が増えてきている。外に立っている露出がある服を着た女性も何人か見かけた。もっとも、その人たちも怯えた表情で音がした方向を見ていたのだが。


 大勢のやじ馬が囲んでいる現場は倉庫街だった。逃げる奴もいれば、見に来る奴もいると言う事だろう。煙のように見えたのはやはり土埃だった、まだ辺りを漂っているようで、目がシバシバしてきた。


 人垣を縫って前のほうまで行くと惨状が見えた。大きな倉庫の並ぶ区画で、倉庫が何個か消し飛んでいる。壁の残骸だけになった倉庫は・・・4棟ぐらいあるはずだ。

 一か所から放物線状に吹き飛んだのがはっきりわかる。起点となった倉庫は反対側の壁が綺麗に残っているから、あの倉庫の中からちびっ娘が魔法を使ったのだろう。


 走って倉庫跡に入って行くと、壁に挟まれた狭い空間でうずくまるサリナの肩をミーシャが既に抱いていた。


「大丈夫か!」

「大丈夫だろう、土埃が目に入って何も見え無いようだ」


 サリナは埃で上から下まで真っ白になっていた、サリナの顔を自分の袖で拭いてやっている。


「サトル!? 来てくれたの? あのね、魔法を使ったらね・・・」

「話はあとで聞くから、ここから逃げるぞ」

「どうして・・・」

「良いから来い!」


 俺はサリナの脇に手を入れて強引に起こした。ミーシャも反対側から支えて、足早に倉庫跡を出る。やじ馬たちの視線を無視して、来た方向へ急いで戻った。何があったかは後で聞けばいいが、これだけの被害を出せば、のんきなこの世界の兵士たちも黙っていないかもしれない。できるだけ現場から離れるべきだろう。


 引きずるようにサリナを連れて、3ブロックほど移動した。誰も追い掛けていなかったようなので、狭い路地に入ってペットボトルの水でサリナの顔を洗ってやった。


「ウワーアア!!」


 顔を上に向けて目のあたりに何度も水をかけてから、指で目を開けてもう一度水をかけると変な声を出した。全身びしょぬれだが、服は新しいものにするしかない。


「見えるか?」


 タオルで顔を拭いてやって、サリナと目を合わせた。


「う、うん、目が痛いけど大丈夫!」

「そうか、良かった。それで、何があったんだ?」

「えっと、お兄ちゃんの知り合いがね・・・、あっ!リンネの所に行かなきゃ!」

「リンネは何処にいるんだ?」


 まさか、あの倉庫で巻き添えに・・・


「リンネはイースト商会で待っているはずなの」

「じゃあ、そっちに行きながら話そう」


 汚れた服を隠すために、ストレージからマントを取り出してサリナにかけてやる。歩き出しても、サリナの方を見てくるヤツはいなかった。


「それで、何が・・・」

「うん、お兄ちゃんが待ってるからって、親切なオジサンがさっきの所に連れて行ってくれたんだけど、狭い部屋で待ってろっていうから・・・、私はお願いしたの!リンネが待ってるから、外に行かせてくださいって!ちゃんとお願いしたんだけど、暗い、狭い部屋だったから、早く出たくて。魔法で・・・」

「わかった。その連れて行ったオジサンは自分の名前を言ってたか?」

「ううん、名前は言わなかった。もう一人の大きな人も名前は言わなかった」


 なるほど、ちびっ娘は親切な人さらいに連れて行かれたんだろう。おそらく、黒の死人達だ・・・。


「そのオジサン達は他に何か言っていたか?」

「えっと・・・、そうだ!サトル達の事も知ってたよ。今どこに居るのか聞かれたから」

「それで、お前は何て答えたんだ?」

「今は森の国に行ってるって・・・、だって、ここに居るなんて知らないんだもん!」

「ああ、それで良いよ。問題ない・・・」


 むしろ好都合だった。こいつもハンスも黒い死人達に見つかっているのだろう。それなら、こいつらとは一緒に動かない方が良いかもしれない。


 もし、あそこが奴らのアジトだったら、相手はかなり怒っているはずだ。怒りはこの娘に向けてもらうべきだろう。

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