第120話Ⅰ-120 エルフの狩り

■エルフの里


 ミーシャの母は、俺達よりも先に家にたどり着いていた。お酒を飲んで頬がピンク色に染まっている。緑色の切れ長の目も少し垂れている感じで可愛さ抜群だ。


 -それでも、母親なんだよな・・・


「良かったら、食後のデザートでも食べますか?」

「デザート?」


 聞き返すしぐさも、小首を傾げて・・・、お母さん!タマリません!


「え、ええ、ミーシャもアイス食べるよね?」

「ああ、食べて良いなら是非。サトルのアイスは凄いからな、母も気を付けてほしい」


 ミーシャの説明だと爆弾のようだが、バニラを二つと抹茶のアイスクリームをストレージから取り出す。抹茶はミーシャ用だ、バニラ、チョコ、ストロベリーなどを制覇して、今は抹茶が気に入っている。


 ハルはミーシャのやり方を眺めていたが、同じように蓋を開けてアイスクリームスプーンでバニラアイスを口に運んだ。


「ンン!? ン!? 溶けていく? 甘い? 凄い、気を失いそうです。これはいったい何なの?」

「サトルの説明だと、牛の乳に砂糖のようなものを混ぜて冷やしてあるらしい」

「冷たいのね? 最初は痛いのかと思ったわ」


 そういえば、サリナも同じようなことを言っていったな。サリナ・・・大丈夫だろうか?まあ、イースタンの所で美味いものでも食ってるだろう。アイスは無いけどね。


 §


 翌朝は日の出と共に始まった。俺の希望で若いエルフ達に森へ狩りに連れて行ってもらう約束をミーシャがしてくれたのだ。若いと言っても、エルフ達の年齢は3桁を超えているそうだ。素敵なハルも当然のように3桁越えだった。ミーシャや俺と同じぐらいのエルフは里に二人しかいない。ここのエルフは長寿の代わりに、子供があまり生まれないのだろう。確かに、自然の摂理でそうなるかもしれないと思った。 長寿で子だくさん・・・、人口爆発で生きていけないからな。


 狩りに連れて行ってくれる美形エルフ達は俺を案内できることで張り切っている。ミーシャが頼みに行ったときは、小躍りしそうなテンションだった。おかげで俺はゼエゼエ言いながら、森を小走りで付いて行く羽目になっている。これでも、少しはゆっくりと移動してくれているとは思うが、太陽の上っている方向に向かってかれこれ30分は休まずに移動した。さすがに限界だ・・・。


「ミーシャ、もう・・・」

「シッ! 近くまで来たからここからはゆっくりだ」


 振り返って言ったミーシャの言う通りに、先頭のエルフは姿勢を低くして右側にゆっくりと移動し始めた。俺も真似をして、足元注意でゆっくりとついて行く。このぐらいならついて行くことが出来る。


 森の中は光が差し込むところと影になっている場所がモザイクのようになっている。時折、鳥のさえずりが聞こえてくるが、それ以外は静かだ。湿気のある空気がゆっくりと後ろから流れてくる。


 5分ほどゆっくりと移動した場所で前に居るエルフ二人が背中の弓矢を下した。二人が使っている弓はミーシャの物よりも少し小ぶりだ。ミーシャが俺に獲物の場所を教えるために指さしてくれた・・・、見つけられない。双眼鏡をのぞき込むと、泥遊びをしている猪が3頭見えた。魔獣ではない、普通サイズ?の猪が背中を水たまりの中でこすりつけている。距離は130メートルと表示されているが、エルフ達はもう少し近づきたいようだ。矢を地面に向けたまま、中腰で静かに進んで行く。俺の裸眼でも動きが捕らえられるようになったところで、相手も気付いたようだ。起き上がって、あたりを見回した。


 -ビュン! -ビュン!


 エルフ達が二本の矢を放った。放物線を描いて一本が猪の肩口に刺さったが、もう一本は外れてしまった。ミーシャは結果を見る前に次の矢を放って、飛んでいる間にもう一本を放っていた。吸い込まれるように猪の顔に矢が刺さり、二頭ともその場で倒れた。


「やっぱり、ミーシャは凄いねぇ!」

「いや、お前たちも腕を上げたのではないか?」


 100歳以上も年上の人をミーシャがお前呼ばわりするのにも慣れてきた。エルフの世界では年齢自体は重みをもたないようだ。基本はタメ口で問題ないらしい。


「やっぱり、ミーシャの弓はエルフの中でも凄いのかな?」

「当たり前だよ、ミーシャはエルフの戦士なんだから、弓はこの里では一番に決まってる」


 そうだったのか、初エルフがミーシャだったから。全てのエルフが同じぐらい出来ると勘違いしていたようだ。


「勇者は狩りはやらないの?」


 -勇者ちゃうって!


「ああ、やるけどね・・・」

「サトルは魔法の道具で狩りをするのだ」

「魔法の道具? 見たい! 今度は鹿を狩りに行こうよ!」

「鹿か・・・、確かに離れたところからやるにはちょうどいいな。サトル、どうだ?」


 背中のリュックから道具を出すことは簡単だ、エルフとの思い出作りに狩りも良いだろう。


「良いよ、やろうか? 猪はどうするの?」

「ああ、あれは男たちがもうすぐ取りに来るはずだから一人を残せば良い」


 だが、残る一人を誰にするかで、エルフ美少女の間で議論が始まり喧嘩になりそうだった。みんな俺の魔法が見たくて仕方ないらしい。何らかの理由で一人になった何百歳かの美少女が可哀想だったので、俺はリュックからエクレアとカフェオレを渡してやった。ミーシャが食べ方を教えてやったので、これでチャラにしてもらおう。


 更に30分歩いて鹿のいる場所までたどり着いた時には太ももがパンパンになっていた。先頭のエルフに呼ばれて指さす方向を見ると、動く影が見えたが、はっきりとしない。周りの木は少し背が高くなっていて、下草が無く見通しは良くなったが、日陰になっている場所が多い。


 双眼鏡でのぞくと、レンズの向こうには角の無い雌の鹿が2頭居た。足元の木の実か何かを食べているようだ。距離は370メートル、もちろん届く距離だが・・・、打率は4割ぐらいだろう。


「矢が届く場所まで、右側から近づこう」

「いや、サトルの魔法ならここから届く」

「うそ! まだ、矢が届く距離の倍ぐらいあるよ!?」

「問題ない。大丈夫だな?」


 なぜか、ハードルを上げるミーシャを恨めしそうに見ながら答えた。


「任せとけ!」


 リュックの狙撃銃を取り出してサプレッサーを装着する。レバーを引いて5.56mm弾を薬室に装てんしてから、片膝をついて発射できるように構えた。スコープの中で獲物を探すと、まだ足元を鼻先でつついて、お食事を探しているところだった。


「尻のあたりを狙ってみろ」


 ミーシャ先生のアドバイスに従って、十字線が後ろ足の付け根ぐらいになったところでトリガーを絞った。


 サプレッサーから吐き出される低い空気音と同時にスコープの中で鹿の胴体から血が噴き出して、獲物は飛び跳ねながら向こうへ倒れた。


「「「当たった! 凄い! こんなに遠いのに! それも、矢が深く入ってるね。やっぱり、勇者の魔法は凄いんだ!」」」


 見ていたエルフ達は大騒ぎを始めている。


「そうだ、サトルの魔法は凄いのだ。私の弓矢などでは太刀打ちできない」


 いや、ミーシャが銃を持てばこっちが太刀打ちできないでしょ!

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