第116話Ⅰ-116 エルフの里
■エルフの里の近く
ミーシャはエルフの里の手前から歩くと言い出した。体調が心配だったが、俺の馬車はエルフには刺激が強すぎるらしい。里までは3㎞ぐらいはあるようだが、本人が大丈夫と言うので、森の中を足元に注意しながらミーシャについて行った。
ここまでバギーで森の中をゆっくり走ってきたが、里に近づくにつれて森の様子が変わってきたのが判る。背の高い木が減ったせいか日の光が差し込むようになって、森の中が明るくなってきている。
気持ちい風が吹き抜けて、小鳥のさえずりも増えてきた気がする。その代わりに足元の下草も増えていて、よそ見をしていると転びそうになる。ミーシャは宣言通りに元気に歩いているから、ついて行くだけで汗ばんできた。
「サトルよ、悪いがここでしばらく待っていてくれ。先に里に行って、お前を連れてきたことを説明しておきたいのだ」
ミーシャのセリフは疲れていたサトルには好都合だった。
「良いよ、ここで休憩しているから、行って来てよ」
ミーシャは頷くと小走りに去って行った。後ろから見ていると道の無い森の中を滑らかに移動している。
-やっぱり、俺とは違うな・・・
キャンピングチェアーを取り出して、森の中を眺めながらスポーツドリンクを飲んで待つことにした。森の中は見ているとすぐに飽きたが、一人になると何か獣が居ないかが気になりだした。ミーシャと一緒ならお任せだが・・・、そうもいかない。暇つぶしに、前に使ったサーモグラフィーカメラを取り出して、森の中をカメラ越しに見てみる。近くに大きな獣はいないようだ。ウサギや野ネズミぐらいの小さな生き物だけが見つかった。カメラにも飽きて、タブレットで時間をつぶしていると、ミーシャは俺が置き去りにされたかと心配するぐらい待たせてから戻って来た。
「すまんな、少し話が長引いてしまった」
「ひょっとして、歓迎されていないとか?」
「いや、長老はお前に会うのを楽しみしている」
「そうか、それならよかった」
-何か土産が必要だな・・・
「長老って、何が好きなんだろう?甘いものとかで良いかな?」
「あ、ああ、女の長老はそれが良いだろう」
「男の長老もいるの?そっちは何が良いかな?」
「うん、そっちはだな・・・」
「どうかしたの?」
「希望しているものがあるのだ・・・」
「ひょっとして、ミーシャは俺の魔法の事とか話したの!?」
-今回念押しはしなかったが、最初に話さないように約束したはずなのに・・・
「違う!魔法の事は話していない! だが、お前が勇者だと・・・」
「ミーシャ! 何回も言ってるけど、俺は勇者じゃないからね!」
「そう言っているのは判っているが・・・、神の拳を見つけた話をすると、長老もお前が今度の勇者だと言い張ってだな・・・、できれば一緒に酒を飲みたいと・・・。お前が違うと言っていることや、酒を飲まないことを説明していると時間が経っていたのだ」
-エルフの里にも勇者信仰があるのか、そいつは面倒だな。
「わかったよ。俺は飲まないけど、お酒をお土産に持って行くよ」
俺はストレージから大きなリュックを取り出して背負った。中身は空だが、この中から土産を取り出すつもりだ。ワインとお土産ランキング上位のお菓子なら文句は無いだろう。だが、ミーシャはまだ俺の方を見て何かを言いたそうにしていた。
「他にも何かあったの?」
「いや、酒なんだが・・・」
「果実酒みたいなのを持って行くけど?」
「それが、ショーチュウと言うものが良いと、次の時に持ってきて欲しいと・・・」
-焼酎!? ってことは日本の酒を・・・
「ひょっとして! 長老って前の勇者に会ったことがあるの?」
「ああ、何度も飲んで楽しかったと言っていたぞ」
-マジっすか・・・
§
エルフの里は、森の中に不規則に木と土壁でできた家が並んでいた。木の上に家があるのを勝手にイメージしていたが、そんなものは無かった。少し小さめのような気がするが、この世界の普通の家と変わらない。里に入ると大勢の美人エルフと小さい男たちが俺達の周りに集まって、ぞろぞろとついて来だした。
エルフ女子はみんな綺麗だった。ミーシャよりも目つきが鋭い感じがしたが、俺は切れ長の目がタイプなので、チョット耳が大きめなところ以外は何の不満もない。体形は色々のようだ、細身のツルペッタンもいれば、グラマーなお姉さん(?)もたくさんいる。里の中心に向かう俺達を囲んで笑顔を向けてくれる。アイドルになったらこんな感じなのかもしれないと想像していた。
どんどん増える人だかりを引き連れて歩いて行くと、ミーシャは大きな建物の前で足を止めた。平屋だが屋根が高く窓にはガラスが入っている集会所のような感じだ。
「ここだ、お前は大事な客人だから、長老にも気を使う必要はないからな」
気を使えと言う催促のようなセリフを吐いてからミーシャが中に入って行った。開いているドアから続いて入ると、予想通り大きなテーブルの周りにたくさんの椅子が並べてあった。奥の方に二人のエルフ・・・、いや、エルフとドワーフが座っている。外に居た小さな男たちも俺の知識ではドワーフだった。座っていてもわかる低い身長に、丸い鼻、長いあごひげ、顔中が皺だらけだ。もう一人は細身のエルフが年を取った感じで、エルフの長老と言われて何の違和感もなかった。
-エルフとドワーフが共生している里だったのか・・・
「長老、この者が先ほど話をしたサトルです。神の拳はサトルの力が無ければ見つけることは出来ませんでした」
「そうですか、ミーシャから聞いています。私からも礼を言いましょう。ありがとうございました」
エルフの女長老は優しい声と優しい目でサトルにお礼を言ってくれた。
「サトルと言います。ミーシャには私もお世話になりました。良かったら、皆さんで食べて下さい」
リュックの中から、北海道の白いお菓子と博多の銘菓を取り出して、女長老の前に置いた。
「お気遣いありがとうございます。変わった・・・色ですね?」
-やはり、現世の包装はハードルが高いな。
「こうやって・・・」
博多銘菓の包装紙を外して中の小袋も破って、食べられるようにしてから手渡した。女長老は俺に笑顔を向けた後でパクリと口にした。
「ホウ! これは! 初めて食べる味ですが、とても甘くて美味しいです!」
-傑作饅頭を気に入ってもらえたようだ。
ドワーフの長老は黙ったまま俺を見つめていた。皺が多すぎて表情が全く分からない。
-焼酎は出せるが、今日持って来ているのは変だよな・・・
当初の予定通り、果実酒をリュックから取り出して長老の前においた。
「お酒がお好きだと聞いていたので、国のブドウ酒を持ってきました」
ドワーフの長老は机の上に置かれたワインの瓶をじっと見ているようだったが、俺から見えない足元に置いてあった大きな瓶をワインの瓶の横に並べて俺に笑みを向けた。
-なるほど、前回の勇者は焼酎・・・、それも一升瓶だったのか。
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