第113話Ⅰ-113 油断!?
■森の国 北の山地
大きな狼をストレージに入れてすぐに森の中へ走り出した。よく考えれば、ミーシャがあいつを見逃すはずはないだろう。単に銃弾が通らなかっただけなら良いのだが、万一の事があると・・・。
森の中に入ると、たくさんの狼が倒れている。ほとんどミーシャが倒したものだろう。アサルトライフルを抱えて、ひたすら
「ミーシャ!!いたら、返事をしてくれ!」
・・・返事は無い。さらに上を目指して速足で歩いて行く、冷や汗では無い汗が脇から、額からにじんでいく。森の中は木や下草で見通せない場所がたくさんある。
「ミーシャ! どこだ!!」
更に300メートルほど上ってきたが、・・・やはり返事が無い。ミーシャの事だから、俺が来たことが判らないはずがないし、そんなに奥までは行っていないはずだが・・・。
俺は歩きながら、サーモグラフィーカメラをストレージから取り出した。木の陰に居ても体温で動物などの形が判るものだ、カメラを左右に回しながら歩き続ける。小さな動物や、素早く走る動物の赤い影は映るがミーシャは見えない。
「ミーシャぁー!!」
もう一度叫ぶ・・・、返事は無い。カメラでもう一度周りを走査すると、もっと上の方に熱を発している大きな塊が写った。カメラをアサルトライフルに持ち替えて、息を切らせながら走っていくと、木の根元で倒れているミーシャを見つけた!
「おい、ミーシャ!大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると右足の太ももから大量に血が出ている。横向きの顔は死人のように真っ白だ。俺の呼びかけにも全く返事が無い。
俺は自分のベルトを外して、ミーシャの太ももの付け根を思いっきり絞り上げた。
-アシーネ様、ミーシャの足を元通りにして下さい。お願いします!!
「ヒール!!!」
出した事がないほどの大声で叫んだ!!
伸ばした手から暖かい空気がミーシャの太ももに流れて行く、真っ白な顔を見ていると頬に血の気が戻って来た。出血が止まり治療も出来たのだろう。だが、かなりの出血量だ。麻のズボンは太ももから下が真っ赤に染まっている。
首筋で脈をとると、しっかりとした脈拍を感じた。今のところは生きている・・・。
で、どうする?
ストレージには輸血パックもあるかもしれないが、高校生の俺には使い方が判らないし、ミーシャの血液型は?
ここから動かしていいのだろうか?
頭の中で『どうする?』が続いている。
そうだ、ベルトを緩めないと・・・、治療魔法で傷がふさがったと信じてベルトを外す。コンバットナイフで破れたズボンを切り裂いて、傷口を確認したが新たな出血は無いようだ。血だらけの太ももの内側に20㎝ぐらいの傷跡がついている。魔法の効果は絶大だが、傷跡はまだ直っていない。
「ミーシャ、おい、大丈夫か?」
髪をかき上げて、もう一度呼びかけてみるが返事が無い。触った頬は普段より冷たいような気がする。やはり、もっとゆっくりできる場所で寝かせて温かくするべきだろう。
毛布を取り出してミーシャにかけてやり、斜面を下っていけそうな場所に四輪バギーを呼び出した。ミーシャをお姫様抱っこで抱えて後部座席に座らせてシートベルトを締める。ミーシャの首や手足は力なく垂れ下がっていた。
ゆっくりと、できるだけ振動を与えないように、少しずつバギーで森の出口に向かっていく。平らな所までバギーを進めて、キャンピングカーの中にミーシャを抱きかかえて入り、大きなキングサイズのベッドの上にそっと寝かせた。
タブレットで出血時の対応を調べるが、血を止めろと言うものしか見つからない。その先は?やはり輸血なのか?だが、脈はあるし下手なことはしない方が良さそうだ。温かくするために羽毛布団を掛けて、土で汚れた顔をウェットティッシュで拭いてやる。
他にやることは?
着替えさせる必要は・・・、今は無いだろう。ベッドが汚れているが、どうでも良いことだ。
後は・・・、手を握って見守るぐらいか・・・。
握ったミーシャの手は冷たかったが、両手で握っているうちに温かくなってきた。体温も上昇してきたのかもしれない。額に手をやってみたが、熱があるわけでもなさそうだ。
しばらく、人形のように整った白い顔を見ていたが、ミーシャが眉をひそめて寝がえりを打った。
「ミーシャ、おい、ミーシャ」
「んん・・・」
呼びかけるとうっすらと目を開けたが、すぐに瞑ってしまった。反応があったのは良い兆候だが、無理に起こさないほうが良いのかもしれない。それとも起こした方が良いのか?
俺は全ての物を持っているが、全ての知識があるわけではない。
それでも、魔法の練習をしておいて本当に良かったと思う。あのままだと危なかっただろう。呼吸もゆっくりと眠っている感じなので、握っていた手を放してペットボトルの水を飲んだ。
「フゥー・・・」
飲んだ後に思わず吐息がでた。ミーシャを見つけてから緊張しっぱなしだった。自分の服も血だらけだ、目を覚ます前に着替えておいた方が良いだろう。
ミーシャが見える位置でストレージに入って、様子を見ながら汗を拭いて、シャツもパンツもすべて着替えた。シャワーを浴びたいが、浴びなくても死ぬわけではない。ミーシャの意識が戻ってからにしよう。
「んん、うん・・・」
目を開けた!
「ミーシャ! 大丈夫か?」
ストレージから飛び出してベッドサイドに座った。
「ああ・・・、お前が助けてくれたのだな・・・、面目ない・・・」
「良かった! 治療はしたからしばらく横になってろよ。かなり出血したから、起きない方が良い」
「そうさせてもらう・・・」
横向きになったまま目を閉じた。出血の影響だろう、いつもは強気のミーシャとは思えない。しかし、これで安心・・・なのか?
とりあえず、大きな危機は去ったのだろう。目が覚めたら、消化の良いものでも食べてもらうことにしよう。
森の中でミーシャがケガなんて全く予想していなかった。だが、バーンと違ってここには大した魔獣が居ないという油断があったのかもしれない。あんなに大きな、それも鉄板のような氷を身に着けた狼・・・、少しの油断が死を招く世界だ。
明日は我が身だ。
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