第75話Ⅰ-75 旅団のキャンプ地

■第4迷宮東の陸地


 休憩を終えてジェットボートで陸地に戻ってからは、サリナが運転するクロカン4WDに乗り換えて迷宮の入り口になっている穴を探し始めた。ワニやトカゲは全て無視してミーシャの言っていた丘の向こう側に回りこむと10匹ぐらい居たラプトルの群れに見つかった。だが、車に乗っている俺達を見ると向こうから逃げて行ってくれる。やはり、大きいことは良いことのようだ。


 探していた迷宮の入り口は丘そのものだった。おそらく土壁で作った入り口の反対側にに土砂がたまっていき、草などが生えて丘のようになったのだろう。入り口は3メートルぐらいの高さで分厚い土壁で作られていて、下に向かって降りていくようになっていた。車の中から写真だけを撮って、その場から立ち去ることにする。また来るとしても、第4迷宮を目印にすれば迷うことは無いはずだ。


 次の迷宮はこの場所から南東にある渓谷のエリアに存在しているが、縄張りの無い未開地の中だ。このまま行って野営するのはリスクがが高すぎる。サリナの魔法練習も必要だから北東の荒地へ移動して準備が整ったら未開地の偵察に行くことにしよう。


 固い地面の陸地は30分も走らないうちに終り、湿原を走るためのエアボートへ乗換えた。朝見かけた緑の旅団のヤツらが気になったが、あいつらは北西の橋に向かっているはずだから、北東を目指す俺達とバッティングすることは無いと信じて、エアボートのプロペラを回す。巨大な扇風機が耳元で回っているような音に乗って、ボートは狭い水路を北東に進み始めた。このボートが無ければ、こんなに簡単には迷宮にたどり着けなかったのは間違いない。湿地帯は水と陸が入り組んでいるから、船でも、車でも走れないエリアだった。このボートの仕組みを考えてくれた人に心の中で感謝しておこう。


 1時間程順調に進んでいると、ミーシャがインカムから話しかけてきた。戻っている最中はハンティングをしなくなっている。撃ち過ぎて飽きたのかもしれない。


「少しスピードを落としてくれ、左前方に緑の奴らのキャンプ地が見える」


 ミーシャの指示通りに止まらない程度のスピードになるまでスロットルレバーを戻して、双眼鏡で探すと2km程向こうの陸地に昨日見かけたのと同じ高床式の小屋があるのが見えた。


「人が居る気配がするのだがな」

「さっきの奴らは西に行ったはずだけど」

「ああ、そうだ。あんなに大勢ではない、一人か・・・二人?」


 何故そんなことが判るのかは疑問に思わなくなってきていた。ミーシャなら判るのだろう。留守番役みたいなものを残しているのだろうか?あまり意味があるように思えないが・・・。小屋を見ながら考えていると小屋の中から人が出てくるのが見えた。獣人の子供のようだが、鱗があるトカゲ系とは違うハンス達に近い種類のようだ。


「あれは置いていかれたのだろうな」

「置いていかれたって、旅団に置き去りにされたってこと?」

「理由は判らんが、世話をさせる目的で連れてきたが、帰りには邪魔になったか、迷宮へ向かった時に置いていかれたのか、どちらかだろう」


 相変らず酷い話だが、この世界ではあるあるのようだ。レンズ越しに見えている子供は棒を持って小屋の外を歩き出したが、すぐに小屋に登るはしごを伝って小屋に戻った。ワニか蛇でもいたのだろう。


「このまま、あそこに居るとどうなるかな?」

「次の遠征が来れば、ひょっとすると助かるかもしれないが、可能性はほとんど無いだろうな」

「誰も迎えに来たりはしないんだよな?」

「ああ、旅団には迎えに来る理由が無いからな」


 理由が無い?人道的見地とか、人命重視とか・・・、そう言う概念は獣人たちにはないのだろうか?だったら、放って置いても良い気がするが、やはり助けてやるべきなのだろう。俺もこの世界に来る前とは考え方が随分と変わった。銃の力を手にしたことも大きいし、サリナ達と一緒にいると自分が役に立っている事の心地よさを感じている。


「助けに行っても良いかな?」

「もちろんだ、私もそれが良いと思う」

「サリナも賛成!」

「じゃあ、人助けに行きますか!」


 エアボートで小屋のある場所まで行くと、入り口の扉の隙間から子供が覗いていたが、俺達が上陸すると扉を閉めてしまった。固い陸地の上にはワニや蛇が何匹かいたので、サリナとミーシャに周りを綺麗にしてもらう。小屋は地面の2メートルぐらい上まで床が持ち上げられていて、ハシゴでテラス状になっている部分まで上らないと入れない造りだ。中に入った子供は当然俺たちを警戒しているのだろう。あんな爆音を出す船で近づいてくるのだから、恐竜よりも怖いのかもしれない。出てくるか判らないが、まずは呼んでみることにしよう。小屋に入って襲われるのは馬鹿馬鹿しいからな。


「おーい、連れて帰ってやるから出て来いよ! 食べ物と飲み物も沢山有るぞ!」


 誰も出てこないが、こちらを壁の隙間から覗いているような気がする。ストレージからスポーツドリンクのペットボトルを出して美味そうに飲んで見せた。


「美味しい物もいろいろあるぞ、肉も食べ放題だから出て来いよ」

「サトルの食事は世界一だよ、痛いことはしないから出ておいで!」


 サリナも声を掛けてくれた。しばらく待つと、ドアが少し開いて小さい獣人の女の子の顔だけが出て来た。


「飲み物・・・本当にくれるの!?」

「ああ、君は一人でいるのか?」

「中にお姉ちゃんが居る・・・、ケガと病気で動けない・・・」


 病人か、それで置き去りにされたのか・・・。


「俺達が小屋に入って、見てやっても良いか?」


 女の子は黙って頷いたので、はしごを上って小屋の中に入った。小屋には窓が無く、中は扉からの光だけで薄暗かった。奥の床に薄い布を敷いて、人が横になっているのがかろうじて見えた。


「サリナ、治療してやってくれよ」

「わかった!」


 サリナは奥に進んで、寝ている人に向かって祈りを捧げ始めた。俺は電気カンテラをストレージから取り出して、スイッチを入れながら周りに並べていく。明かりに照らされた小屋の中は壁に取り付けられた棚以外には何一つ無かった。夜を安全に寝るためだけの小屋のようだ。


 妹が寄り添っている姉もまだ10歳ぐらいに見える、汚れた布の上で仰向けに寝ているが、ピクリとも動かない。サリナは姉に向かってまだ両手を伸ばしていた。


「サリナ、どうだ?治ったか?」

「足のケガは治ったけど、体がだいぶ弱ってるから・・・」


 サリナの治療魔法でも治せないぐらい衰弱しているのか。もっと魔法力を・・・。


「この間見つけた光のロッドを使ってみろ、それでこの子が元通りに成るようにアシーネ様にお祈りするんだ」

「わかった! やってみる!」


 すぐに腰のポーチから光のロッドを取り出して、少女の胸へ向けた。ロッドから温かい風が流れるとロッドの先に取り付けてある石が明るく輝き出した。


「うぅん・・・」


 寝ていた少女は呻き声をあげて目を開けた。


「おお、気がついたみたいだぞ!サリナ、凄いじゃないか!」

「そうでしょ、サリナは凄いの!」

「だ、誰なの?」


 目を開けた少女は驚いたように上体を起こして、壁際に身を引いた。


「説明は後だ、二人とも喉が渇いているだろう。これを飲むといい」


 スポーツドリンクを2本出して蓋を開けてから二人に渡してやった。妹は俺が飲んでいるの見ていたからか、両手でボトルを持って一口、そしてゴクゴクと飲み始めた。それを見た姉も同じように飲む。500mlを二人とも一気に飲み干した。


 もう少し、栄養補給をしてから移動したほうが良さそうだ、それに二人の身なりをみていると、この少女たちから話を聞く必要があるようだ。床に座っているのも疲れるので、ストレージからキャンプ道具の椅子やテーブルを取り出して、ゆっくり話ができる環境を整えた。だが、二人の少女には刺激が強すぎたようだ。


「お姉ちゃん、怖いよ!色んな物が飛んでくる!」

「どこから? 何が? 飛んでた来たの!?」

「大丈夫!サトルの魔法だよ。すぐに慣れるから!」


 サリナはそう言ってフォローしてくれたが、こいつは慣れすぎのような気がする。

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