第29話Ⅰ-29 朝飯前
■バーン南東の第一迷宮
迷宮前夜の宴を早めに切り上げた俺は一人でストレージに戻った。
サリナはミーシャとすっかり仲良くなったようだ。
高級キャンピングカーの大きなベッドに二人で寝ることにあっさり同意した。
一人になって登別の温泉旅館の湯にゆっくり浸かった俺は、魔獣解説書をスマホへ取り込んでいた。
今まで見たこの世界の魔獣は地球にいる獣や虫に似た物が多かったが、解説書ではそれ以外の魔獣、いや魔物も沢山いることを教えてくれた。
鬼やトロールといった種類、恐竜みたいな種類・・・だが、生物学的に無さそうな岩のゴーレムや骨の怪物などは存在していない。
半分見た中で一番やばそうなのは鬼か翼竜だと思った。
鬼はでかいようだ、身長が5メートルを超えるらしい。
金棒を持っているわけではないが、走る速度も人より速く岩を投げてくると書いてある。
飛び道具は非常に危険だ、注意しておかないと。
翼竜もでかいようだ、見るからに危険な口と爪を持ち翼長が4メートルぐらいある。
高い位置から獲物を見つけて、急降下してくるので気がついたときには逃げられない。それでも、未開地周辺が縄張りなので、未開地に行かなければリスクは無いようだ。
100枚近く取り込んだが解説書のまだ半分だ。
それでも目が疲れてきたので、あきらめて寝ることにした。
ストレージから見えるキャンピングカーの中は間接照明だけがついて薄暗い、音がしないので二人とも寝たのだろう。
アラームは日の出前の5時にセットしておく。
§
翌朝、今日もキャンピングカーが日の出前から騒々しくて目が覚めた。
サリナが叫びまくっているようだ。
「イヤ、イヤー!!」
スウェットのままストレージからキャンピングカーを覗くと、ミーシャが破れた窓ガラスに向かって剣を突き出している。
キャンピングカーの床には・・・、ムカデ!?
1メートル以上はあるが、緑色の液体にまみれたムカデが横たわっている。
ミーシャが剣でしとめたのだろうか?
俺はサブマシンガンを持ってストレージから出た。
フロントガラスの向こうに見えるのは、地獄絵図の一つだろう。
虫だ・・・
車の周り50メートルぐらいを虫が埋め尽くしている。
黒、赤、砂色・・・ムカデ、サソリ、蟻・・・地球サイズではない虫たちが蠢いていた。
ミーシャが剣で押し戻そうとしているムカデは、何匹ものムカデが重なり合った上を登ってきている。
破れたガラスの窓枠は小さくて高さも1.5メートルぐらいだったから、獣は入れないと判断して開けっ放しにしていた俺の判断ミスだろう。
ムカデの頭は幅30cmも無い。楽勝で入れそうだ。
「ミーシャ、一旦下がって!」
すぐにバックステップしたミーシャのいた空間にサブマシンガンを短く連射する。
車内に乾いた発射音が連続し、空薬きょうが落ちる音が広がる。
入ろうとしているやつは見えなくなったので、窓の下に向けてサブマシンガンを連射した。
虫たちの背中から緑色の液体が飛び散り、虫が作ったピラミッドは一気に低くなった。
反対側の閉まった窓にも虫の顔がみえるが、入って来られる隙間は無い。
当面の危険は無さそうだが、いずれにせよ駆逐する必要はある。
「サリナ、こっちに来て」
枕を抱いてベッドの上に座っていたサリナは、びくびくしながらも俺のほうにやってきた。
「前に荒地で練習した、緑色のレバーを右から順番に握ってよ。昨日セットした地雷が爆発するから」
「大きな音の?」
「そう、ここならそんなに大きな音はしないと思うけどね」
クレイモア地雷のケーブルには一つずつ発火装置を接続してあり、いつでも爆破可能なはずだ。
虫が設置した地雷を倒しているかもしれないが、その時はその時だ。
頷いたサリナは躊躇せずにレバーを握った。
未明の荒野に爆発する轟音がひろがった、車の右後ろだ。
ガラス窓越しに爆破したところを見たが、予定通り半円形に虫が消し飛んでいるのでセットした地雷は倒れていなかったようだ。
爆発音が右側で3回続く。
サリナは忠実にレバーを押し続けている。
今度は車の左から4回爆発音が響きわたった。
車の窓ガラスが爆発音で震え続け、周囲は砂埃で覆われている。
俺は破れた窓からサブマシンガンで砂埃の中で蠢いている虫どもへフルオートで弾丸をばら撒いた。
虫の甲殻は柔らかい、サブマシンガンの銃弾で引き裂かれて、緑や様々な色の液体が飛び散って行く。
砂埃が落ち着いてきたころに、車の左前方へ虫たちがぞろぞろ移動していることに気がついた。
何故あっちに?・・・ ヤバイ! あっちは迷宮の入り口だ!
こんな気持ち悪い奴らとは出来るだけ狭い場所では会いたくない。
暗い中で虫に囲まれていることを想像するだけでゾっとする。
車の近くに動く虫が居ないことを確認して車の外へ出る。
ストレージに用意してあった回転式グレネードランチャー(擲弾発射器)を行軍する虫の先頭に向けて発射する。
軽く弾けるような音と共に40mmの擲弾-手榴弾のような物-が放物線を描いて虫の行軍へ飛んでいく。
100メートル前方の行列の真ん中に落下して、爆音と共に辺りの虫を弾き飛ばした。
少し狙いが近すぎた、もう少し筒先を上に向けて撃つ・・・、さらにもう一発を撃つ。
さっきより高い放物線を描いた擲弾の爆風が先頭集団を吹っ飛ばす。
6発全て発射すると行列の大部分がバラバラになっていた。
既にどの胴体にどの足がついていたかは永遠にわからない状態だ。
もっとも、それは足が多すぎるせいなのかもしれないが。
念のため、サブマシンガンを構えて車の周辺と下を確認する。
何匹か動いているヤツがいたので止めを刺した。
どうやら朝飯前の仕事が終ったようだが、気持ち悪さだけが残って爽快感は全く無い。
それに迷宮が蟻塚ならぬ虫塚であることがわかり気分がブルーだ。
やはり、銃はもっと広いところで使うべきだと思う。
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