第8話Ⅰ-8 狼と治療魔法

■エドウィン近くの森


くくり罠は仕掛けを踏むとワイヤーが跳ね上がって、足を縛るつくりになっているようだ。

イノシシ用と書いてあったから狼もサイズ的に大丈夫だろう。

昨日しとめた狼は痩せていて、重さは20kgもなさそうだと思っている。


-ウゥォー!!-


俺達が近づくと吼えながら、必死で走り回り出した。

しかし、ワイヤーはがっちり食い込んでいるのですぐに限界点に達して動きが止まる。

動ける範囲を必死に走っているが、更にワイヤーが食い込むはずだ。

下手すると足が千切れるかもしれない。


俺はテイザー銃を持ち出して、狼が届かない距離から構えた。

動きがゆっくりになったタイミングを見て電極を発射する。


-ギュン!!-


5万ボルトの電圧が狼に流れ、小さな悲鳴を上げて横たわった。

フラッシュライト越しに体が痙攣しているのがわかる。


3秒ほど待ってから近づいたが、筋肉が麻痺して動けないようだ。

狼の周りにカンテラを4つ並べて全身が見えるようにしておいた。


「じゃあ、こいつの尻のほうに回ってよ」


「何するんですか? それと今の魔法は何ですか?」


状況が理解できずに怯えながらも、俺の言った通りに狼の尻のほうへ回った。

俺はサプレッサーをつけたグロックを取り出した。


-プシュッ!-


狼の尻に弾が当たったが、ピクっとしただけで動かない。

まだ麻痺が続いている。


「そいつのお尻から血が出ているところを魔法で直してよ」


「狼を治療するんですか? 殺すんじゃないんですか?」


サリナは「?」が一杯浮かんでいるようだが無視してやってもらう。

首をかしげながらも目を閉じて両手を狼にかざした。


「!」


呪文も魔法陣も出てこなかった、だが何かが起こっているのがわかる。

暖かい空気がサリナから流れ出しているような感覚だ。


「たぶん、出来たと思います」


サリナの言葉を裏付けるように狼が後ろ足を動かし出した、筋肉麻痺も解けてきたようだ。

テイザー銃はスタンガンの一種で電極を対象に刺して高圧電流を流している。

気絶したりはしないが筋肉が麻痺してしばらくは立てない状態になる。と書いてあったのだが、魔法で麻痺も解けたのかもしれない。


俺はもう一度グロックで狼の尻を撃った。


-ギャンッ!!-


さっきより鳴き声が大きい、やはり回復しているようだ。


「何するんですか! せっかく治療したのに!」


「もう一回治療してよ、これはサリナが魔法を練習するためだから」


「・・・!? スゴイ! でも、酷い! でも、魔法が何度も使える!?」


複雑な感情を持ちながらもサリナはもう一度手をかざす。

俺は次ぎのテイザー銃で狙いをつけている。


さっきと同じ暖かい風を感じていると、狼が顔を持ち上げ・・・ようとしたところにテイザー銃を打ち込む。

さっきと同じ痙攣をおこして狼は横たわった。


同じ事を20回繰り返した。


「サリナは魔法を使っても疲れないの?」


「私の魔法力は沢山あるはずなので大丈夫です。でも、こんなに魔法を使ったのは生まれて初めてです」


「それで、少しは上達したの?」


「何言ってるんですか! 凄く上達してるじゃないですか! もう骨折ぐらいならすぐに直せますよ!」


そう言って怒っているが、俺には違いが全然判らなかった。


「そう、じゃあ遅いしそろそろ終わりにするか」


俺は狼に永遠の安眠を与え、多少の罪悪感を抱えたままテントに戻ることにした。


「サリナは肉が好きなの?」


「はい、お肉は大好きです! さっきの狼を食べますか♪」


「いや、あれって食べられるの?」


「狼でもお肉はお肉ですから♪」


少し興味が沸いたが、時間が遅いので既に切ってある肉にすることにした。


テント前に戻った俺はストレージから、キャンプ用のテーブル、椅子、ガスコンロ等等と食材一式を取り出した。


「あ、あの、何をしているんですか?」


「え? お腹すいたでしょ?晩御飯にしようよ」


「い、いえ、そうでなくて! 宙から色んなものが飛んできます!」


そうか、俺にはストレージの入り口から中が見えるけど、こいつらには入り口さえ見えないから、いきなり物が浮かび出たように見えるってことか。


「魔法だね?」


「それは、どうすれば覚えられるのでしょうか? 教えてください!!」


真剣な目で俺を見ているが無理なものは無理。

死んで神に会えと言うわけにも行かないしね。


「これは無理だね、全ての世界で俺だけしかできない魔法だから」


「そうなんですね・・・」


カセットコンロに鉄板を乗せて、コンロに火をつけた


「炎の魔法も使えるなんて!」


-ちゃうって、・・・突っ込むのが面倒くさくなって来た。


俺は既に切ってタレに漬けてある肉のラップを外して、コンロの鉄板に伸せた

音と匂いが暗い森の中に広がる。

これだけ明るいと獣は寄ってこない・・・のか?

心配になったので、MP7を二丁手の届く場所に取り出しておく。


焼けた肉を、タレを入れた皿に載せてフォークと一緒にサリナに渡してやる。


「いただいて良いんですか?」


「遠慮は要らぬ。好きなだけ食うが良い」


女子に焼肉おごるのなんて初めてだな、いや焼肉以外も記憶に無いか。


「!! これ、何の味ですか? 少し甘くて少し辛くて、凄く美味しいです♪」


「気に入ったならどんどん自分で食べてよ、いくらでも肉はあるしね。野菜も食べないとダメだぞ」


「はい♪」


最初は俺の顔色を伺って食べていたが、そのうちガツガツ食い出した。

小さい割には大食いのようだ。


改めてみるとやはり15歳には見えない・・・胸以外は。

2次元に生きてきた俺からすると好みでは無いタイプだが、世間的には可愛いのだろう。

こぢんまりとした顔に大きな目が下からいつも見上げている。


妹が出来たような気分になってきた、もっと食わしてやりたいという保護欲求?

俺の期待にこたえて、置かれた肉は順調に胃袋に消えていった。


コーラを出して飲ませてやったら、一口目は顔をしかめていたが段々慣れてきたようだ。

500mlの2本目を飲んでいる。


この世界に来て、初めて他の人間と食事をした。

まあ、現世でもいつも一人だったような気がするが・・・

人が食べているのを見るだけでも幸せな気分になれるのは新鮮な驚きだ。


「ところで、サリナは魔法力が沢山あるっていってたけどどう言うことなの?」


「あれ? サトルさんも魔法力が沢山あるんでしょ?」


「そこそこはある方かな」


「そこそこ?」


いや、本当は魔法力がゼロっす。

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