あの紀行あの断章

三毛狐

第1話 みーちゃん1

 みーちゃんは猫である。


 塀に昇り、散歩道を今日もいく。



 日が昇り、我が家を出て、お隣さんに挨拶して、進んでいく。



 お隣さんは壁越しに「にゃあ」と鳴き、尻尾を揺らした。


 みーちゃんも壁越しに「にゃあ」と鳴き、揺れる尻尾を目視して通り過ぎていく。



 同居人は飼い猫が壁に向かって親しげな声を上げている様子に首を傾げ、汚れのない壁を視線でなぞり、すぐに気にするのを止めた。



 塀をまっすぐ進むと、左右の建築物が壁となり、谷間のような心地となる。


 みーちゃんは突き当りで塀を飛び降り、音もなく着地した。



 そこは公園だった。


 憩いの場。



 みーちゃんは猫手で、砂場に描く。


 割れた空からやってきた魔物の王様を討ちにいった人間が、もう帰って来ない事を大地に記していく。



 見下ろし近くの木陰でカラスが鳴いた。


 みーちゃんは顔を上げ、視線を向ける。


 カラスも静かに視線を合わせる。



 この公園で遊んでいたあの少年はもう帰って来ない。


 それが間違いのない事実なのだと、カラスは知った。



 カー、と感情の消えたひと声を残し、カラスは羽ばたく。


 視線を大地に戻したみーちゃんの頭上を越え、黒い飛翔体が空を流れた。



 描き切る。


 猫手を払い、砂を落とした。


 仕事が終わったのだ。



 みーちゃんは猫である。


 塀に昇り、帰り道を今日もいく。



 獣に堕ちたミカエルは、今日も自分に出来る精一杯をした。

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