百か日:美香の一番長い日?

(週に一回来てくれたのが、月に一回になっちゃって、やっぱり寂しい)

(母ちゃんがいるだろうが)

(お母さんも、今までは週に一回休んでたのが、いろいろパートで働くようになったから、三週間に二日休む、みたいな感じになっちゃって……)

(なんか、過労死しちゃわねぇか?)

(前より顔が生き生きしてきてて)


 何とまぁ。

 元気になるのは何よりだ。


(その間、あたし、一人きりなのよね……)

(その休みの日以外は帰ってこないっつーこっちゃないだろ? 夜になったら帰ってくるだろ?)

(それは、そうなんだけど……)


 そんな状態でここにいるってのが異常なんだ。

 結局そんな感じで、百か日までの月命日も、無事に彼女の元気そうな姿を見ることはできたのだが……。


 ※※※※※ ※※※※※


「おはようございます。百か日のお勤めに参りましたー」


 三島家の玄関先で、家の中に呼びかける。

 相変わらず、玄関には靴がずらっと並んでいる。

 同期達が今回も弔問に来て、法要の時間を待っている。


「はいはい。あ、今日も若い和尚さんですね。ありがとうございます」

「あ、いえ。じゃあお邪魔します」


 ここまではいつもと同じだった。

 相も変わらず、居間と仏間が一つなぎになってる部屋に入ってからが違った。


「あ、ほんとだ。磯田君じゃない。久しぶりね」


 美香の葬儀関連の法事で、初めてやってきた同期から親し気に声をかけられたのは初めてだ。

 しかも、俺もそいつの名前を知っている。


「あ……う……、池田……陽子、だっけ……」

「うん、久しぶりね。って言うか、立派な格好でビックリしちゃった」


 美香と同級だったときの、女子のクラス委員長だった。

 しかしやることは、風紀委員みたいな感じで、特に俺に対しては、毎日のように宿題の確認や細かい服装の乱れをチェックしてきた。

 テストの成績も、人に口出しするだけあってクラスではずっとトップ。

 そんな彼女に、暇があれば美香は勉強を教わりにいってた、らしい。

 それほどまでに仲が良かった、らしい。

 同期達のお茶飲み話の中で、そんな話を聞いた。

 そんな二人の様子を見たことがあったような気がする。

 見た記憶はない。何となく気がするだけだから、彼らのそんな話は初耳だった。

 それはともかく。

 気になったのが、美香の不安そうな顔と、仏壇の手前の、部屋の奥側にふわふわと浮いてた彼女の位置の方に、ほぼ正確に池田が顔を向けていたこと。

 何でそっちの方を向いていたのか。

 それはまるで……。


「では、百か日のお勤め始めます」

「はい、よろしくお願いします」


 読経を始めた途端、いつものように美香が話しかけてきたのだが、その表情は変わらず、そしてその声も弱々しい。


(ねぇねぇ、昭司君)

(今日も早速かよ。何だよ)

(今もなんだけど、池田陽子さんって知ってる?)

(知ってるよ。俺が部屋に入ってきた時に話しかけてきた人。今回初めて来たみたいだな)

(うん。あたしと友達だったんだけど……怖い顔して睨んでくるの)

(幽霊を怖がらせる人間、って斬新だな)

(笑い事じゃないわよ。最初は気のせいと思って、あちこちに移動してみたら、陽子の視線があたしを追ってくるの)


 見えてる人、キターっ。

 確定だろ、それ。


(で、話しかけてみたわけだ)

(うん。そしたら)

(そしたら?)


 会話ができるなら、俺はお役目ご免ってとこだろうな。


(何にも言わず、ずっとあたしを睨んだままなの。あたし、怖くなっちゃって……)


 まさかの無言かよ。


(あいつの言うことは理解できたか?)


 俺以外の言葉は聞き取れない。

 だが彼女の言うことが、俺同様に聞くことができるなら……。


(昭司君だけだよ。言葉が聞き取れるの。他の友達と会話してたけど、何言ってるのか分かんなかった)


 はい、お役目継続決定。

 はぁ……。


(あ、そう言えば)

(な、何? 昭司君)

(指輪とか、ネックレスとか、ちょっと目立つアクセサリー、身に付けてるよな)

(えっと……それが?)


 宝石が目立つ。

 ひょっとして、そっち方面の人かな?


(宝石って、霊的な力がある、だなんて話は聞いたことがある。パワーストーンとか何とか)

(えっとつまり……あたし……)

(祓われたりしてな)

(え? あの子、そんなことができる子なの?!)

(さあ? 俺の頭には、学生時代は優等生っつーデータ以外は入ってない)

(適当言わないでよっ)


 あれ?

 待てよ?

 ちょっと待て。

 こいつ、俺に話しかける時は、いつも俺の方を見てるんだよな。

 てことは……。

 俺をしょっちゅう見てるこいつを、池田は見てる?

 ……俺、なんか、まずくないか?

 いや、まずくはないだろうが……。

 なんせ俺は霊感ゼロどころか、鈍感な方。

 おそらく後ろから俺の方も見てるに違いない。

 その睨む視線を……全く感じないっ。

 とりあえず、何だかんだは仕事をしっかり済ませてからだ。


 ※※※※※ ※※※※※


「百か日のお勤め、終わりました」

「ありがとうございました」


 美香からの労いの言葉はない。

 まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、仏壇の前で浮いたまま。

 いつもなら、母親の横に正座して、お疲れさまでしたの挨拶をしてた。

 それができないでいる。

 視界の隅に池田の姿が見える。

 しっかりと美香の方を向いていた。


(睨んでるな)

(友達からあんな風に睨まれるなんて怖いよ。何とかして)

(俺も怖いのでできません)

(そんなぁ。説得とかしてよぉ。あたしが話しかけても無反応のままなんだもん)


 涙声が脳内に響く。

 けど、ほんと、どうしていいか分からん。

 大体他の同期も数人並んでるんだから、下手に話しかけることも難しい。


「今日も前々から伝えてた通りお食事を用意してます。皆さんの分も用意してます。場所は、葬儀の催事所の部屋ですので。車の用意もできてます」


 今回は、ほかに葬儀などの予定は入ってない。

 何の予定もない、だなんて、なんて間の悪い……。


(で、美香さんはお留守番かな?)

(ううん。陽子さんにお話ししてみて? 傍にいて聞いてるか……ら……)


 美香が言葉を濁した。

 じっとこっちを睨んでる。

 他の同期にはバレてないっぽいが……お斎で一波乱とか、なきゃいいが……。

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