四十九日にして、他の檀家の大仕事が初めて入る

 四十九日ってば、まぁ一区切りにあたる。

 七日毎の供養の日がこれで終わるわけだから。

 この後は、ほぼ倍の日数を空けての百か日。

 だから、今度こそ、彼女はここから去ることになる……と思ってた。

 それがまさかの、お勤めが終わった後の、美香の母親からの挨拶で……。


「お疲れさまでした」

(お疲れさまでした)


 うわお。

 ハモリやがった。

 つか、お母さんからお疲れさまでしたって言われるのは分かる。

 でも美香のためのお勤めをしたから、その本人からお疲れさまでしたって言われたら、上から目線って感じがする。

 美香は「ありがとうございました」って言うのが筋なんじゃね?

 まぁ正しい挨拶は社会勉強の一つだろうし、その社会勉強の必要がないなら、挨拶してくれたその気持ちは有り難く受け取っとく方が礼儀だとは思うが。

 にしても、四十九日の法要が終わったというのに、美香はまだ白装束の姿のまま、母親の後ろでふわふわ浮いていた。

 なんか、すっかり見慣れてしまった。


「磯田、お疲れ」

「磯田君、毎週来てくれてんだよね。ありがとね」


 弔問に来る同期達の人数が、ぼちぼち減ってきている。

 今日は……八人くらいか。

 おそらくそれぞれ、社会的に責任を持たされてるんだろうな。

 自由に仕事を抜けたり休んだりできなくなってきてるんだろう。

 そして俺も……。


(で、さっきの続きなんだけど)

(悪い。今日はゆっくりできないんだ)

(え? どうして?)


 俺の、寺の仕事は、この家の法事だけじゃない。

 何の予定も入ってない日の方が多いが、忙しいときは忙しい。


「和尚さん、予定通りお昼ご飯を用意しました。どうぞゆっくりしてってください。みんなのぶんもあるからゆっくりしてってね?」

「はい、ありがとうございます」


 いわゆるお斎というやつだ。


(え? ゆっくりできないんじゃなかったの?)

(あぁ。ゆっくりできない)

(じゃあ何でお昼食べて行けるの?)

(その時間は予定に入れてあるから大丈夫)

(……言ってることが分からない)

(美香さんのゆっくりしていってって言うのと、お母さんのとじゃニュアンスが全然違う)

(どういうこと?)

(お前とのお喋りは、つい時間の経過を忘れがちになる。他の仕事もあるってのにな)

(午後からも法事があるの?)

(お葬式はこの家ばかりじゃないってことだよ)

(え? そっか。お葬式か……。大仕事、お疲れ様です)


 なんか、丁寧な挨拶してもらっちまった。


(それで、なるべくほかに気を取られたくない、ということね?)

(そういうこと。身内の死ってのは、遺された者は普通の心境でいられないからな。もちろんこの家もそうだったし)

(そうだね……)

(亡くなった人も、おそらく尋常な心境じゃないだろ。神妙になっておかないと、気に障るようなことを知らないうちにやっちまうかもしれないしな)

(勉強以上に大事なことだね、それって)

(けど、お前みたいに、亡くなった人の今がどんな状況かが分かれば、こっちの気も楽になるんだがな)

(ほんとに、なんで昭司君の話しか聞き取れないんだろうねぇ)


 俺が知るか。

 こっちが知りたい。


(そういうわけで、今日はごちそうになったらとっとと退散するわ)

(うん……お疲れ様)


 美香は寂しそうな顔をしてる。

 我慢しろよ。

 本来なら、死んだらこの世界には居続けられるもんじゃない、はずだ。

 何度も繰り返すが、友達はたくさんいたろ?

 その中に、俺は入ってなかったはずだぞ?

 その俺が、そんなに長居できないからっつってしょんぼりするのはどうかと思うぞ?


(……自ら鞭打ち、自ら励まして、変わらざるものを求めたまえ、か)

(何それ? 鞭打ち?)


 こらこら。

 そこだけに反応するな。


(自策自励つってな。周りの状況がどうあろうとも、気持ちを揺らがせないようにしなさいってこった)

(どうして?)

(喜びも生まれるが、悲しみも生まれるからな。辛い思いはなるべく減らしたいだろ? ……ということだと思う)

(そっか……。昭司君、結構物知りなのね。見直しちゃった)


 いやちょっと待て。

 物知りってお前……。


(経文の中の文句だからな? 一応勉強してきたんだからな? 高校までの科目にはなかった授業を受けてきたんだからな? 修行もしてきたんだからな?)

(あ、えーと、しっかり勉強してきたんだね。た、大変だったでしょ)

(別に無理して会話続けなくていいよ。俺の今の頭の中、そっちのほうでいっぱいいっぱいだし)

(そ、そっか……。あれ? それ、お母さんに言ってないよね?)

(それ?)

(お葬式が控えてるってこと)


 そこまで言う必要ないだろ。


(こことは無関係のこっちの事情を知ってもらってどうすんだよ。手伝ってもらうとかなら教えなきゃなんないけど。余計なことを言ったら、尚更気を遣わせちゃうだろ)


 気疲れを起こされても困る。

 原因は自分の娘の葬儀、って見られかねないし。

 人が亡くなるのは、あくまでも自然現象の一つで、そこにいいも悪いもない。

 悲しいかどうかは該当者一人一人の感性によるし、それとは別問題。


(そ、そっか。いろいろ考えてるんだね)

(とりあえず、お前のお母さんは一人暮らしだから、余計な気を遣わせて疲れさせらんないだろ。お前との思い出のない俺が、お母さんに何かをしてあげることはできないからな。弔問に来る美香さんの同期なら、そんなこともできるかもしれんけど)


 あくまでもうちとここの関係は、菩提寺と檀家という関係のみ。

 深入りすると、他の檀家にも同じような対応をする必要がある。

 でなきゃ、この家には何かをしてあげて、こっちの家には何にもやってくれない、などという差別に思うやつも現れそうだから。


(昭司君が来てくれる日に来れなかった人は、その前日担ぎの日に来てくれることが多いよ。みんなじゃないけどね)

(リア充爆発しろ)

(どういう意味よ)


 どういうも何もあったもんじゃない。

 だって俺は……。


「……十分ゆっくりさせていただきました。ご馳走にもなりましたし、そろそろこの辺で失礼します。次は百か日……の前に月命日が来ますね。その日が近づいたあたりに、また時間の連絡を頂けたらと思います」

「あら、そう? じゃ、また電話しますね。今日はありがとうございました」

「おう、磯田、またな」

「次は来月の命日の日ね? 今日はありがとうね、磯田君」


 俺の名前を知ってるこいつらの名前、知らないからな。

 ぼっちって自覚はないし、友人がいなくて卑屈になったつもりはないが……。

 むしろいない方がありがたい。

 遊ぶ約束をしても、ドタキャンする可能性が低くないから。

 申し訳ないと思う毎日になりかねないからな。


(まぁそういうわけで、来月にまた来ることになるか。またな、美香さん)

(うん。いつも来てくれてありがとね)


 さて、次の大仕事は……明後日か?

 気持ち、切り替えんとな。

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