三七日の仏送りが済んでも、やっぱり続くようです

(結局こうなっちゃったねぇ)


 美香がニコニコして、俺の真横でこっちを見てる。

 この日のこれまでの経過はこうだ。

 三七日の日、そして法要の時間がきて、三島家から迎えのタクシーが来た。

 祭壇前で三七日のお勤めをする。

 遺影の上には、不安そうな顔をした美香が浮いていた。

 これまでとは違い、彼女は俺に何の言葉もかけてこなかった。

 俺も彼女に、特に何も言うことはなかった。

 お勤めを終え、遺族親族はお骨と塔婆を持ち寺の境内に向かう。

 もちろん俺も、納骨のお勤めを墓前で行うため同行。

 二十人弱の彼女の同期達も一緒だった。

 美香はなぜか、わざわざ俺のために美香の母親が呼んだタクシーに、俺と一緒に乗り込んだ。

 お母さんと一緒に移動したら? と、俺はこの日初めて、彼女に声をかけた。

 美香は沈んだ表情で二、三度顔を横に振る。

 ひょっとして、これで永遠のお別れかもしれない、とか思ってたんだろう。

 そのお別れの時間が辛い。

 そんな感じだった。

 境内に到着。

 お墓の前に置かれている花立てだのの重そうな石をみんなで動かす。

 俺は「そっち、危ないですよ」とか「いきなり持ち上げると腰痛めますよ」などと注意を促す。

 埋骨を済ませ、お墓を元の状態に戻し、埋骨の読経を始めた。

 美香はその間、俺の肩の高さで浮いていて、斜め後ろにいてその様子をじっと見ていた。

 そしてお勤めは終わる。

 祭壇前のお勤めは約三十分。

 だが墓前のお勤めは十分もかかるかかからないか。

 屋外のお勤めは天候や足元に左右される。

 炎天下だと、脱水症状にならないか、と気になるし、雨降りだと着ている服や衣が濡れる。

 そこから風邪をひいてしまうこともあるから。

 いずれにせよ、何事もなく、そして滞りなくお勤めは終わった。


「……みなさん、お疲れさまでした。埋骨のご供養はこれで終わりで、本日一連の法要はこれにて締めとなります」


 振り向いてそう挨拶したのだが、真っ先に目に入ったのが、振り向いた時に俺のすぐ斜め前にいた美香の姿。

 静かな笑みを浮かべている。

 ただし顔色は青白い。

 そしてその後ろ、間を開けて美香の母親と兄、親戚に彼女の同期達。

 そこからは、お斎( とき )というのだが、やることを簡単に言えば食事会だ。

 俺は美香の家族達と一緒に移動。

 いわゆる正式なお斎の場に招かれたかたちだ。

 美香の同期達とはそこでお別れ。

 彼らは別の会場でお別れ会のようなことを催すらしい。

 そしてその会場に到着して、俺はその上座に案内された。

 着席したその後ろには、遺影を置く場所とお膳が用意されていた。

 それはまぁ普通なんだが、美香は微笑みながら俺の真横で浮いている。

 相変わらず普通じゃない状況だ。


(……極楽浄土に行くでもなく、お墓の中に入るでもなく、寺の本堂内に留まるでもなく、結局一緒に移動してるという、何この状況)

(でも、なんか落ち着くー)


 こっちは落ち着かないんですけど?

 ふわふわ浮いてるのが真横にいて、じっとこっちを見つめられて、とっても食事がとりづらいんですけど?

 初七日のお茶の時間とほぼ同じ。


(んー……んじゃこうしてみようかな?)


 上座に座ってるのは俺一人だけ。

 俺の前に並んでいる料理の数々。

 しかしテーブルの両脇は、もっとスペースが空いている。

 美香はそのスペースでうつ伏せに横たわり、上体をややそらし、両腕で頬杖をついて俺の方を向いている。

 微笑んでいる表情は変わらず。見た目かなりご機嫌な様子。


(……テーブルの上でそんなことしてたら、間違いなく良識……常識疑われるぞ普通)

(でも誰も見てないし、ちょっと離れてるからさっきよりは気まずくないでしょ?)


 おまけに両足を交互に曲げ伸ばししてる。

 寝そべってる場所が原っぱとかで、食う物が弁当だったら、すごく和むシチュエーションなんだが。

 ……でもそこまで親しい関係じゃなかったんだがなぁ。


(足パタパタさせるなよ。埃が……)

(問題ないと思うよ? お線香の周りうろうろしても、灰とか落ちなかったじゃない)


 ……舞わない。飛ばない。

 足を動かしても、体を動かしても、それにつられて周りの空気が動くってこともない。

 肉体はないから、どこに触っても汚れが付いたりすることもないし、触られた物にその跡がつくこともない。

 こちらの常識が通用しない、というのは、なかなかいろいろとやりづらいものだ。


(……そういや美香さんは……彼氏とかいたのか?)

(な、何よいきなりっ。……友達はたくさんいたけど、彼氏はいなかったな)

(確か美香さんも大学進学したんだよな。卒業して地元で就職、か)

(うん、そう。昭司君もよね? まぁ卒業して三年くらいで結婚ってのは……する人はしてるか)


 性格もいい。顔もいい。容姿もいい。

 なのに彼氏がいなかったのか。

 婚約者もいなかったか。

 もちろん、男をとっかえひっかえ、なんて話はまったくなかった。

 中身もだが、外見も羨ましい限りだ。

 そう思えるんだが、相手がいないってのが何となく……。

 いや、それは俺の理想の押し付けかもしれん。


(清楚、か)

(な、何よ、またいきなり突然っ)


 頬杖をついていた両手は、ときどき組まれてその上に顔を乗せたりしていた。

 その顔がはじけるように手から離れた。


(いや、俺の勝手なイメージ。見た目いつも清潔そうにしてたし、今も髪の毛の乱れとかないし……あぁ、学生時代から大人の振る舞いみたいな感じだったからかな)

(そりゃあ、いつまでも子供みたいにはしゃいだりはしないわよ)


 それもそうか。


(昭司君だって……こう言っちゃなんだけど、学生時代と比べて、こんなに立派なお坊さんになってるなんて想像できなかったわよ?)

(立派?)

(うん。背筋伸ばして、手を合わせる姿がほとんど乱れてないし、声は聞き惚れちゃうし、頭も足の裏も清潔感漂うし)


 おい待て最後。

 頭はただ剃ってるだけだし、足袋は外に出る時はいつも新品か洗濯し終わった物ばかりだから、それは努力とは無関係だろ。


(学校の成績、悪かったわよね。なのにまさか、こんなに立派な)

(美香さんの言う立派と、俺の考える立派って違うから……)

(あ、えっと。一応褒めてるつもりだから。貶してないから、ね?)


 生まれた時から、寺の跡継ぎ、と期待されていた。

 親父もそのつもりだったろう。

 祖父もそうだった。

 だから幼稚園や小学校で、将来何になりたい? と聞かれても、夢を語っても「なれるわけがない」と頭から自分の夢を否定してばかりだった。

 強く関心を持っていたことも、将来跡を継いだらそれどころじゃなくなるだろうな、とも思ってた。

 結果、無気力になる。

 何をするにしてもやる気がない。

 ただ、将来この仕事に就くだろうから、それに必要なことは身に付けなきゃな、とは思ってた。

 高校の授業の微分積分だの物理や生物だのの勉強、やるだけ無駄になるんじゃないか? とも思い、勉強をする気も失せた。

 結果、赤点の連続、となる。

 そんな高校生活と比べ、クラス……ひょっとしたら学年で人気がある彼女は、成績優秀とまでは言えないだろうが、テストの成績は常に一桁順位を狙えるくらいにはよかった。

 二回くらい一桁順位になったことはあったかもしれない。

 彼女から俺に話しかけることも、俺から彼女に話しかけることも一切なかった。

 なのに、彼女が亡くなった直後からこの会話の頻度だ。

 皮肉な話……とは言えないか?

 学生時代は、彼女と付き合いたいどころか、会話したいとも思わなかった。

 彼女と付き合ったところで、この仕事に就くことを目指さなければ……とも思ってたし。

 けど、そんなことはこいつに言うのはよろしくないだろ。

 俺の愚痴だし、俺が昇華しなきゃならん個人的な問題だ。


(昭司君……んと……食べづらい?)

(え?)


 美香はいつの間にか正座してた。

 ……テーブルの上で正座ってのもどうかと思うが。


(……お母さんとかお兄さんのそばにいたらどうか? とか思うんだが)

(……嫌)


 はい?

 何でよ?

 親戚の人達と思い出話に浸ってんぞ?

 時々俺のところに飲み物を注ぎに来てくれるけど、それ以外は身内で美香の話で盛り上がってるってのに。

 俺のところで長話しないのは、お盆のこと以外に話題はないからだ。

 お盆のことですら、話がない美香と俺の関係なのに、なんで嫌がって俺のところにいたがるんだ?


(無視されてるようで、辛くなるから)


 泣きそうになってる。


(あたし、昭司君以外とお話しできないし、昭司君以外の人同士の会話、聞き取れないから……)


 イジメを受けてるわけでもなく、わざとしてるわけでもないのは分かってるんだろう。

 けれど無視される苦しさってのは……辛いか。


(……なのに、今までは七日日のお勤めのとき、間の六日間は家でずっと待ってたんだよな)

(うん。……必ず来てくれるんでしょ? なら待てるから。終わった後も、毎月一回来てくれるんだよね? それなら待てるよ?)

(家から離れて、会話できる人を探すって手もなくはないんじゃない?)

(……なぜか外はよく分からないから……迷子になったら怖いし)

(俺には特に思うところはないんだが、それを前提でな)

(うん?)

(俺に付きまとう、という選択肢もあると思うんだが)

(あは、それはそれで楽しそう。だけど、あたしの家はやっぱりあの家だから……あたしは無視されても、家の中にいる方が、なぜか安心できるから)


 生まれ育った家。

 それだけで愛着があるんだろう。

 それに加えて、子供の頃からの思い出もあるだろうし。


(……そろそろ時間だな。お腹もいっぱいになったし)

(もう帰るの?)

(お前との会話も悪くはないが、周りからは、何もせずにずっとそこに居続けてるって変に思われる)


 美香との会話に夢中になって、言動がおかしいと思われちゃまずいしな。


(また来週来る予定だし、時間も決まったから。また来るよ)

(うん。待ってるね。……あ、あれやりたかったの、忘れてた!)


 何か心残りがあるのか?


(あれ? って何だよ)

(これ食べて? はい、あーんって)

(無理だろ)

(あぅ……)


 食器も持てないのに、どうやってやるつもりだったんだこいつ。

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