第4話 白い錠剤と天使の物語

 その小さい女の子はずっと泣いていた。


 僕が「どうしたの?」と声をかけても、その子は何も言わず首を左右に振るだけだ。「一人なの?」と声をかけても、首を左右に振り、「どこか痛いの?」と声をかけても同様に首を左右に振るだけ。


僕はいよいよ困ってしまった。


「ごめんね、僕はもう行かなくちゃならないんだ。僕にして欲しいことがあるなら、何か話してくれないかな?」


 僕は、できるだけ優しい声で語りかけた。すると女の子はすっと泣くのをやめ、顔をゆっくり上げ僕の顔をじっと見つめてこう言った。


「私も連れて行って」


 僕は戸惑った。僕がこれから行く所は、到底小さな女の子を連れて行けるような場所ではないし、なにより、僕がこの子を勝手に連れて行っていい訳がない。


 僕は女の子に、一緒には連れて行けないことを告げた。そして親はどこにいるのかを尋ねてみた。


 すると、女の子は僕の顔をじっと見つめ、ゆっくりと右手で僕の顔を指差した。次の瞬間、僕はハッとして目が覚めた。


 起き抜けで少し朦朧としていた。でも、女の子の顔は鮮明に覚えている。あの子の顔は妻によく似ていた。


 僕たち夫婦には子どもがいないが、もし二人の間に女の子が生まれたとしたら、あの子のような顔になるのかもしれない。


 思いがけず、すうっと涙がこぼれた。一滴、二滴とこぼれた涙は、とっくに乾いてしまっていた僕の涙道を充分に潤してしまい、しばらくの間、僕は涙を止めることが出来なかった。


 ひととおり涙が出つくした僕は、何だかすっきりしていた。そんな僕の様子を隣でじっと見ていた妻の目にも涙が溢れていた。


「もしかして、あなたも…、夢で?」


 僕がうなずくと、みるみるうちに妻の顔がパアッと明るくなった。妻は笑顔で、静かに、そしてしっかりとした口調で僕に語りかけた。


「一度死んだつもりで、もう一回生きてみようか…。もう一回…。わたし、あの子にもう一度会いたい」


 事業が失敗し、莫大な借金に追われて絶望していた僕たちは、今日、全てを終わらせるつもりでいた。でも、夢の中で会ったあの子は、僕らにちょっとだけ希望をくれたみたいだ。


 いつかは分からないが、おそらくあの子は、昨夜夢で会ったときよりも、もっと小さい姿で僕らの前に現れてくれるのだろう。もちろん、その確証は無いけれど、僕と妻はもうそれをすっかり信じてしまっている。


僕らは、もうあの子を泣かせる訳にはいかなかった。


 僕は、鞄から今日飲むつもりだった小さくて白い大量の錠剤を取り出し、それをすべてトイレに流した。


 窓のカーテンを開けると、昨日まではただ眩しいだけだった陽の光が、今日はとても穏やかに部屋中に差し込んできた。


僕らは多分、もう二度と間違った選択をすることはないだろう。

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