掌編小説・『コーヒー』

夢美瑠瑠

掌編小説・『コーヒー』


掌編小説・『コーヒー』



 女子大生の忍・都弥香(おし・とやか)は、少し、めまいがしたので、近くの喫茶店に入った。

 彼女は腺病質で、色が白く蚊の鳴くような声で喋るという深窓の令嬢?タイプだった。いつもは友人に寄り添うようにして行動していたが、今日は偶々一人で、少し人ごみに人酔いをして、しかも昨日は少しお酒を飲んだので、喫茶店に入って薬を飲もうと思ったのだ。


(この喫茶店に入るのは初めてだわ・・・コーヒーが美味しいって聞いたことがある。「コロンビア茶房」・・・由来は分からないけどコロンビアの豆?)


「ホットをください。」

「かしこまりました」

 

 お冷でめまいの薬と、安定剤を飲んだ。

 低血圧で、何もなくてもしばしばめまいがする傾向があった。

 喫茶店は空いていたが、斜め前のボックスに男女の三人連れが座っていた。

 ホットが届くと、ひどくそれは芳香がして、一口飲むとなるほど、噂にたがわぬ本格的な美味しいコーヒーだった。


(なかなか瀟洒な造り・・・いろんな時計が置いてある。鳩時計に砂時計・・・

アンティークの動かない時計もある。これは水時計?影絵時計もあるわ。プランターにはトケイソウか。凝ってるわねーでもなんで時計なんだろう?)


 マスターだかに訊いてみたい気もしたが、都弥香はだいたいそういう類のことが

できないタイプだった。


(昨日の飲み会は楽しかったなあ・・・ビールをジョッキに三倍半。酩酊して、陽気になって・・・やたらにけらけら笑った。両側は両方ともハンサム君で、柑橘系の香水をつけていて、喋るとガムの匂いがした。「星座は何?」「うお座」「じゃあ淫乱だな」ケラケラケラ。「彼氏は?」「いません」「バージン?」「秘密です」他愛もないことを1時間くらい喋っていたっけ。反芻するのも馬鹿らしい。せめてラインIDでも交換しておけば。酔っ払って失念。ビールはハイネケンだった。私はビール好きで味で銘柄が分かる。おつまみは焼き鳥で、・・・)


 突然、斜め前の席で爆笑が起きた。

「そいでさーヒガシの野郎は焼き鳥を頼んだんだよな。それが腐っていて・・・」

「翌日腹壊して寝込んだんだろ?あいつは大体そのパターンだよ。ついてないよなー」

「顔中に湿疹が出てお化けみたいになって、恋人に振られたんでしょ」

「恋人はおしとやかすぎるような神経質な娘で、びっくりして逃げたんだって」


 また爆笑が起こった。

 なんとなく都弥香は居心地が悪くなったが、黙って座っていた。

 まだ気分が悪かったし、美味しいコーヒーにも未練があった。

 公共の場でなんとなく攻撃を受けるようなことはよくあって、そういう場合には自然と様々な防衛機制の方略を使っていた。


(12かける46は・・・72の48で・・・552。クウネルトコロニスムトコロ・・・七福神は・・・大黒天、恵比寿、毘沙門天、布袋、福禄寿、寿老人、そして、弁財天・・・3.14159265358979・・・祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きアリ、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す、猛きものもついには滅びぬ・・・)


「ハハハハハ!」

「ハハハハハ!」

「コーヒーが美味しいぜ!ハハハハハ!」

「また来ようか!ハハハハハ!」

「カワイイ時計がいっぱいじゃない?ハハハハハ!」


 そうして都弥香は10分くらい頑張ったが、結局青い顔のまま喫茶店を出た。

 コーヒーは美味しかったが、やはりなんだかみじめな気分だった。

「笑い声って“敵を追っ払うサルの啼き声”が起源だったわね」と、「知性化」の防衛機制を使ってみたが、やはり少し、目尻には涙がにじんでいた・・・



<了>


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掌編小説・『コーヒー』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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