夏が終わらなければよかった。

美海未海

side 女の子

眩しかったあの夏の日の想い出。


 月日が過ぎれば、この大切な記憶を忘れてしまうことが出来ると思っていたのに。


 目の前にある一冊のアルバムをそっと捲る。




 小さい頃から花火が大好きだった。




 鮮烈で心揺さぶられる、夜空に咲く打ち上げ花火が大好きだった。




 でも、線香花火だけは嫌いだった。





 ―――


 夏に始まった恋は線香花火のように短く、儚く、終わりを迎える━━ そんなことをこの季節が訪れる度につい思い出す。たぶん最初で最後だから。




 日が沈むのが早まり、風鈴の音も心持ち小さくなったような気がする今日は、夏の暑さが残る夏休み最終日。高三という高校生活最後の夏休みが終わろうとしている。


 そんな中朝早くに起きて、布団の上で脚を伸ばしながら、表紙にひまわりが描かれているアルバムのページを捲っていた。


 ほんと今思うと勉強漬けの長期休暇だったな……


 課題がまだ終わっていないというわけではない。それなら始まって直ぐに━━彼女の元、勉強会が行われた。夏期講習もあったのに。ほんと夏休みとは一体なんだったんだろう。


 そう思いつつ勉強会の時に撮った写真を眺めている。あぁ……やっぱりこうやって、みんなそろって夏に何かをするなんてこれが最後になるんじゃないかと思うと胸が苦しい。そんな最後は嫌だから。何かひとつでも想い出が欲しかったから。




 太陽みたいに眩しくてあたたかい想い出が欲しかったから。




 だから、私はあいつにメッセージを送った。





『今日暇?』




 そうメッセージを送ってもすぐに既読が付くことはない。やっぱりいつ既読が付くのだろうと脚をばたつかせてソワソワしてまう。変に意識する自分が嫌になってポイッとスマホを手放す。自分が送ったメッセージを見つめていてあいつが見た時に、すぐ既読が付いたら引かれると思うから。私だったら絶対に引く自信しかないし。




 ブーブー




 2、3分経ってからスマホのバイブ音が鳴った。すぐに画面を見ると"夏樹太陽"という名前が表示されていた。


 夏樹太陽なつきたいよう━━私の腐れ縁みたいな幼馴染。


 お母さんのお腹の中にいる頃からずっと一緒で。生まれた病院も、保育園も学校もずっと一緒で。笑顔も泣き顔も全部そばで見せ合った。喧嘩も数え切れないほどしてるし、仲直りも気づけばしていてお互いの良い所も悪い所も知っている。たぶん私の方があいつよりあいつの良い所言えるだろうけど、そんなこと言ってもあいつは「んなの?」と素っ気なくあしらうだけだと思う。




 そんなあいつの顔を思い浮かべて「よかった」って安堵している私がいる。つい最近まで喧嘩してて連絡すら取り合ってなかったから……


 返事は『おう』と一言だけ。ほんとあいつらしくて安心するけど今日くらい他に何かないんだろうか……すぐに私はメッセージを返す。




『ねぇ太陽』




 あえて要件を伝えず送った。




『ん?』




 数分してから返信が来た。さて、ここから本題。右手を自分の胸に当ててみるとドクドクドクと心拍数が上がっているのがわかった。ただ気分転換に誘うだけなのにいつもより胸の鼓動がうるさい。




『どした?』




 心の中で葛藤しているといつの間にかあいつからメッセージが来ていた。普段の私なら既読したらすぐに返信するから心配してくれているのだろう。たぶん。それか今頃頭抱えて悶えているかもしれない。「俺こいつのこと気にかけすぎじゃね?」って。そう思ってくれてるなら嬉しいけどね。っと、そろそろ返信しないと流石に怪しまれるか……深呼吸してからタッタッタといつものスピードでフリック入力する。





『受験勉強で忙しくて遊べてなかったからさ、皆でバーベーキューしない?』




 あー。とうとう誘ってしまった。二人きりでデー━━遊びに行こうって誘えれば良かったのに。出来なかった……なんでいつも大事な時に上手く出来ないんだろう。上手くやれないんだろう。


 既読は付いたがすぐに返信は来ない。焦らすのは好きだけど焦らされるのは好きじゃないので早く答えて欲しい。そうしないとこの胸の高鳴りが止みそうにないから。早く、早く━━




 ブーブー




 来た!バッとスマホを取り表示された文字を見る。




『おう。いいぞー』




 うわぁ。何?いつからあいつこんな余裕な態度とれるようになったの?女の子に免疫あんまりなかったはずなのに。絶対画面の向こうで眉間に皺寄せて考えてるでしょ。無理しなくていいのに……いや、ただ私の知らないことを知って、知らない景色をあいつは見て、それがあいつを変えたのかもしれない。だから、あいつが私の見えないところで変わっていてもおかしくなんかないか……





『よかった。それじゃ、きぃちゃんの分も予約してあるから一緒に来てねー。11時半にバス停集合ね。後は━━』





「ふぅー。よかった……治まった……」




 すっきりした。連絡事項を全部伝え終えた。やっと一息つけると思ってスマホの時計を見たら20分以上経っていた。約束するだけなのに今日の私は何かおかしい……




『おう。んじゃ後で』




 さっきの話はやっぱ訂正。あいつは前からこんなやつだった。





 ―――


 夏が終わる。最初で最後の夏が。


 どの服で行こうかなと普段ならあまり考えずにその日の気分でパパっと決めてしまえるのに、今日だけは……今日だからこそちゃんとあいつの前では私を見てもらいたい。


「いつも通りのお前でいいだろ」とあいつは言うかもしれない。でも、可愛い自分を見てもらいたい。だって私も──




 普通の女の子だから。


 


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