さよなら、秋。ありがとう、雨。

美海未海

さよなら、秋。ありがとう、雨。

 君といた秋の日の想い出。


 もう戻れない、すべてだったあの還らない日々。


 目の前にある一冊の白いアルバムを捲ると、はにかむ君がそこにいた。



 ―――

「紅葉狩りに行きませんか?」

「紅葉狩り?」


 朝食を終え、一段落着いたところで彼が切り出した。


「ちょうどシーズンですし、最近お互い忙しくて遠出できてなかったのでどうかなっと思いまして……」

「ふふっ」


 人差し指で頬を掻きながら恥ずかしそうに誘う彼が愛おしくて、微笑ましくてつい声が出てしまった。


「なんで笑うんですか?別にいいならいいんですけど……」

「ごめんごめん。あなたから誘ってくれるなんて珍しいなって思ってさ。いつも誘うのはわたしのほうからでしょ?」


「まぁ、そうですけど。たまにはいいじゃないですか……」と納得してしまう彼。可愛いなぁ。この捻デレさんめ!!


「で、どこ行くの?」

「栃木の日光にある竜頭ノ滝なんてどうですか?奥日光三名瀑って云われるくらいですし……」

「へぇ……意外とロマンチストなんだね」

「意外とは余計です!!意外とは!!」

「あははっ。いいんじゃない?行くならもう準備したほうがいいよね?」

「ですね。じゃ、早速支度しますかね……」


 背中を向け、支度をしに行く彼の背中がやけに眩しかった。





 お昼は駅弁を仲良く食べさせあって、電車などを乗り継ぎ目的地である竜頭ノ滝に着いた。


 彼の手をとり下流側正面の観瀑台を目指す。



「竜頭」の名前は諸説あるようだが、二枝に分かれた滝を正面から見た姿を龍の頭に見立てたものだとか、二手の流れを髭に見立てた、中央の岩を頭部に見立てたとも云われている。


「綺麗だね〜」

「そうですね……」


 彼の顔を見て話しかけると彼は私のことを見つめていた。


「どうしたの?」

「いや……その。本当に絵画のようだなと思いまして……」

「もしかしてわたしのこと?」


 確かに今日は久しぶりのデートだからと気合を入れて、デニムのガウンに、白のニット、黒のレギンスにワンポイントとして黒のベレー帽を被りカジュアルにならないような大人コーデにしてみた。だけど、別に過信しているわけではない。ちょっとからかってみたくなったのだ。


「はい」

「え……」


 からかったはずなのに、まっすぐただまっすぐ私と目を合わせる彼の瞳には私だけが映っていた。


「へぇ……ありきたり、陳腐極まりない模範解答ね」

「はい……まったくもってその通りです。情けない」


 がくりと肩を落とす彼。まぁでも、


「ありがとう。ちゃんと見てくれてたってことだもんね。えらいえらい。」


 と、彼の頭を撫で回す。


「ちょっ……やめてくださいよ。いつまでも弟扱いしないでください」


 紅葉のように頬を真っ赤に染めて照れる彼。


「別にもう弟扱いなんてしてないよ?」

「どうですかね……先行きますね」

「ちょっと待ちなさい。お姉さんを置いていくの〜?」

「ほら、お姉ちゃんしてるじゃないですか……」


「ふふっ。お姉さんに勝つには100年早いよ?」とほのかな笑みを浮かべながら呟いた。

 ―――

 紅葉の絨毯に刻まれた彼の足跡に追いつこうと、彼の背を一歩一歩追いながら歩いていると観瀑台が見えてきた。


「わぁ〜綺麗」


 黒々とした磐に、紅葉の緑・黄・赤のコントラスト、蛇行した滝の姿と清澄な空気が雅な美しさを際立てている。


「来て良かったです。久しぶりに心から綺麗だなって思うことができました」

「わたしが?」

「はいはいそうですね。キレイキレイ」

「そんな拗ねないでよ〜。ごめんごめん」


 同じことの繰り返し、何気ない、ありきたりなことなのに……ほっとする。あなたの温もりを感じられる。ただそれだけで満たされる。


「ねぇ、見て見て〜」


 絶景。その一言に尽きる美麗な景色を十分満喫してわたしは彼に一歩近づく。


「はい?……って何ですかそれ」

「えーお面だよー。お・め・ん。どう似合う?」


 落ち葉で作ったお面を顔にくっつけて彼に見せる。


「似合うって……いつも仮面被りまくってるあなたが何言ってんですか……」

「ええー。あなたの前で仮面なんか被ってないよー?」

「そうだといいんですけどね……そろそろ寒くなったので帰りません?」

「もーう。誘ってきたのはあなたからでしょー!!」


 ちょっと腹を立てるわたしを他所に彼は一人歩きだす。わたしの手には小さな小さな紅葉だけが残っている。


 紅葉の花言葉には、『大切な思い出』、『美しい変化』、『自制』、『遠慮』などがある。


 "過去"から"今"というこの大切なあなたとの想い出。

 仮面という名の鎖から私を解いてくれた彼。あなたの前だけではありのままのわたしでいられる、いてもいいんだとそう思えた。良いわたしも、悪いわたしも見てもらいたいと思えた嘘みたいな変化。



「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」


 これは歌集「蓮の露」に出てくる良寛が貞心尼に呟いた言葉だ。


 わたしは自分の悪い面も良い面も全てさらけ出した。そのうえであなたはそれを受け止めてくれた。そんなあなたに送るのに意味は違うかもしれないけど、わたしがあなたに伝えたい想いと感謝を込めるのにはピッタリな言葉だなって思う。


 でもね……わたしだけが舞い上がって、萌え始めたこの想いは線香花火のように最後に煌めいてやがて、散るんだよ。


「ねぇ……あなたはどこを見ているの?その目の先には誰が映っているの?」


 わたしの先を行く彼と、隣に浮かぶ彼女の面影を見つめながら問いかけた。

 





 秋の日差しがカーテンの隙間から入り込むこともなく、雨の音だけが響く朝。隣には、すやすやと心地良さそうに眠る彼の愛しい寝顔。微笑ましく思いながらベットから出ると肌寒い。冬の訪れが早まっているのが感じられる。

 支度を早々と済ませ、玄関を出る。そして、目的のものへと目を向ける。目を向けた先にあるのは──


 郵便受け。


 合鍵をポケットから取り出す。投函口に入れようと手を伸ばすと、ふと郵便受けが剥げてきているのが目に入った。手の震えが止まらない。見ているとあなたと過ごしたたくさんの大切で幸せな記憶を思い出してしまうから。喪うのが怖いから。


 でももう決めたのだ。私といるとあなたはダメになってしまうから、どんどんどんどんあなたがあなたじゃなくなっていくのが嫌だから。あなたはあなたのままでいて欲しいと強く思うから。


 たじろぐ指を必死に押さえて合鍵おもいでをそっと郵便受けにしまう。


 あなたに背を向けわたしは歩き始める。あなたの名前を呼ぶことはしない。あなたへの「ありがとう」と「ごめんね」だけを込めて……そして──


 さよなら。


 慰めるかのように、哀れむかのように降る秋の雨にただひたすら打たれ続けていた。


 ―――

 ふと、窓を見ると雨が降っていた。


 ──あぁ。あの日もこんな感じだったな。


 染められた純白のアルバムをそっと閉じ、あの日に似た雨空を見つめる。


 君は今どうしてる?


 君は君のままでいてくれてる?


 ねぇ……またもうすぐ、ずっとこれからも──






 君のいない冬が来るよ。




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さよなら、秋。ありがとう、雨。 美海未海 @miumi_miumi

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