無価値な俺の、価値のある人生

皐月 遊

第1話「使い魔として召喚されました」

俺は、無価値だ。


人は努力すれば変われると言うが、そんな事はない。


俺は昔から底辺だった。

実家はそこそこのお金持ちで、生活に不自由はしなかった。

親は共働きの所謂エリートで、会社でも上の地位にいたらしい。


そんな親だから、子供に対する期待が凄かったんだ。

幼い頃から沢山習い事をした。

ピアノ、バイオリン、習字、水泳…もちろん塾にも通わされた。


だが…俺は全てうまく出来なかった。

学校でのテストはいつも平均より低く、家に帰る度に親に叱られた。


親は次第に俺に期待する事をやめ、高校入学を機に俺に関わるのをやめた。

俺は東京から1人地方の高校に入学し、一人暮らしを始めた。


俺には弟がいる。 一つ下の弟だ。

弟は、俺とは違い、なんでも出来た。

習い事では先生から高評価、幾つもの賞を取り様々な人から褒め称えられた。

エリートの息子として恥じない成績を収めていた。


俺はいつも、弟と比べられた。

何でも出来る弟と、何も出来ない兄。

両親は同じなのに、兄弟でこうも違う。


両親からの失望の眼差しと、世間からの比較に耐えられなくなった俺は、とある休日、自宅で首を吊ろうとしていた。


「施錠オッケー、スマホの電源は切った、縄の強度、高さは十分。

…よし。 いける」


いままでは、どんなに比較されようとも頑張って耐えてきた。

…いままでは。


きっかけは、父親からのメールだ。

父からのメールには、こう書いてあった。


『高校を卒業したら、お前との縁は切らせてもらう事にした。

卒業までは金銭面の面倒は見るが、卒業したら1人で生きなさい』


別に、両親に対する怒りはない。

もし怒るとするならば、対象は俺自身だ。


なぜ、俺は何も出来ないんだ。

なぜ、俺は期待に応えられないんだ。

なぜ、俺は弟とは違うんだ。


全部、考えないようにしてきた。

いつか、両親と弟と一緒に笑える日が来ると信じていた。


…だが、両親は俺の事が本当に邪魔だったらしい。


俺の17年間は何だったんだろう。

両親の期待に応える為、寝る間も惜しんで努力した日々も、

世間からの眼差しに耐えた日々も、

全部、無駄だったのだろうか。


俺は、俺の人生は…無価値なのだろうか?

きっとそうなんだろう。

俺は今までも、これからもきっと、誰からも期待されない。

分かり切ってるんだ。


ならば、生きる意味はあるのか?

茨の道をあえて進む勇気は、俺にはもうない。


俺は、縄に首を通した。

そして、思い切り椅子を蹴る。


身体が重力に従い下に行く、だが、強く固定した縄がそれを拒む。

縄が俺の首に食い込む。


苦しい。 苦しい。 苦しい。


だが、こんな苦しみ、今までの事に比べればどうと言う事はない。


たった数分の苦しみで、これから何十年も続くだろう苦しみを経験しなくて済むんだ。


段々意識が遠のいていく。

頭をよぎるのは、幼い頃に見た両親の笑顔。

まだ習い事をする前に見た、両親の笑顔だ。

弟と遊んだ事も思い出してきた。

よく2人で鬼ごっこして遊んだんだよな…

その様子を両親は笑顔で見るんだ。


…あぁ…これだけだ。 

俺の幸せな記憶は、幼い頃の物しかない。


幸せの少なさに涙を流しながら、俺…日川陽太ひかわようたは目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「アリア・アイネス。 16歳にして国内に数十人しかいない一級魔法使いとして認められたあなたを、我が校の最優秀生徒とする」


パチパチと拍手が聞こえてくる。

生徒数3000を超える国内1番の魔法学校、マナリア魔法学校で私、アリア・アイネスは褒賞を受けた。


「ありがとうございまぁす♩」


私は、可愛らしく笑顔を作る。

私の笑顔に目の前の老人は顔を赤くする。


当然だ、私は可愛いから。

こうやってあざとく振る舞えば、皆私に優しくする。

簡単な事だ。


私の素は、親ですら知らない。


「お、おほん! 魔法使いには、使い魔の使役が許可されている。

本来なら卒業記念に支給されるものだが、君は特別だ。

こちらが、使い魔を呼び出す術式だ。

これは本人にしか読めない物になっている」


老人から一冊の本が渡された。


使い魔。

主人に仕え、共に戦い、共に生きる相棒。

名のある魔法使いは皆、使い魔を持っている。


ドラゴンだったり、オオカミだったり、騎士だったり…

使い魔の種類は様々だ。


使い魔は1人につき一体までが決まりで、使い魔の変更は出来ない。

どんな使い魔が出るかは、その魔法使い次第という事だ。


「これにて、褒賞の儀を閉会とする。

皆、もう一度アリア・アイネスに拍手を!」


盛大な拍手の後、私は1人山奥に来ていた。

上へ上へと続く階段を進むと、綺麗な花畑に出た。


様々な花が咲くこの場所は、私のお気に入りの場所だ。


「さ〜て、早速召喚しちゃおっかな」


どんな使い魔が出るんだろう?

どうせなら、可愛くて強いのがいいな。


そう思いながら本に書いてある通りに使い魔を呼び出す儀式を行う。


「我、アリア・アイネスに仕える使い魔よ。 我の召喚に応え、この場に姿を現せ…!!!」



魔法陣が光る。

成功だ!!


あまりの眩しさに私は思わず目を瞑ってしまう。

光が収まり、私はゆっくり目を開けた。


さて、私の可愛い使い魔ちゃんはどんな子かな…?


「……え?」


「ん?」


目の前には、黒髪の男の子が居た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目の前に、金髪の美少女がいた。


…あれ? おかしいな、俺は自室で首をつって死んだはず…って事はここはあの世!?


目の前の美少女は天使って事か!


「え、あれ…」


目の前の天使は俺を見てオドオドしている。

可愛いなぁ〜下手なアイドルよりも可愛いぞ。


「あ、あんた誰…? 私の使い魔は?」


「…はい?」


使い魔? 何の事だ?

天使の使い魔ってなると…妖精とかか?


「知らないけど?」


「あ、あんたもしかして踏んでるとか!? ちょっと退きなさいよ!」


そう言って天使は俺を思い切り押し、俺が居た場所の地面を見る。


「居ない…いない…なんで…?」


「あ、あの〜…天使さん? そろそろ説明してもらっても…」


「て、天使!?」


目の前の天使が顔を真っ赤にする。

これは見事な赤だ。


「な、なな何言ってんの!? 私が可愛いのは分かるけどナンパなら別な女にしなさいよ!」


えぇ…ナンパって何だよナンパって…


「大体あんたなんでここにいるの!? 

それより私の使い魔は!?

魔法陣はちゃんと発動したはずよね!?

ていうかあんた誰よ!!?」


「いっぺんに質問するな混乱するだろ!?」


目の前の天使がはあはあと息を切らす。

どうも話が噛み合ってない気がするなぁ…


「1個ずつ答えてくぞ? 

まず一つ目は、知らん。

二つ目も、知らん。

三つ目も、知らん。

四つ目は、俺の名前は日川陽太だ」


「分かったの名前だけじゃない!!」


「いやだって本当に分からねぇんだよ。 使い魔とか魔法陣とか…」


「はぁ…最悪…この私が失敗だなんて…きっとさっきは調子が悪かったのね。

そうに違いないわ。もう一回やってみよっと。

あんた邪魔よ!どっか行きなさい!」


しっしっと手でジェスチャーされ、俺は天使から距離を取る。

どうやらあいつは俺の担当の天使じゃなかったみたいだ。


どっか行けって言われてもなぁ…まぁ、適当に散歩するか。

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