第60話 君に幸あれ

カナは目の前の景色が変わった事に気付き、その場に泣き崩れた。


当然だが、そこにカナタの姿はない。





代わりにいるのは、先程までカナタの意識の中で一緒だった、アルファ達だ。





しかし彼女達も、今のカナに話し掛ける事がためらわれた。


何と声を掛ければ良いのか、その場にいる誰もが判断できなかったのだ。





カナタはたった五つの文字に、自分の想いを全て言葉に乗せて伝えた。





それは彼と彼女の思い出であり、記憶であり、歴史であり、彼の全てであった。





そこに込められた想いは余す事無く、カナへと伝わった。





カナは、これ程までに想いが込められた言葉を、今まで一度も聞いた事がなかった。





そして、これを見ていた全ての人間にも、言葉を超えて想いが伝わった。


言語の壁は意味を成さず、ただ想いだけがそこにはあった。





今カナタは世界と同調している。





奇しくも世界と同調したカナタの言葉は、思いが逆流する形で、強烈なメッセージとして世界へと伝わったのだ。





事の顛末を見ていた全ての人々が、どうかこの不器用な青年に幸あれと願った。








カナタ自身も、この舞台を用意したベータすらも想定していない、覚醒者の副産物である。





これは偶然だろうか。それとも必然なのだろうか。





運命の悪戯?





あるいは全てが何者かの企みなのか。











だが時に、一片の言葉が世界の理を動かす事がある。








この世界の人々はそれを魔法と呼び、あるいは祝福と呼んでいる。








カナタへと捧げられたこれまでの祝福が、言葉の魔法によって顕現しようとしている。











"世界"が、彼に祝福あれと何者かに祈る。








今、神のいない世界に奇跡が起きようとしていた。


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